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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十章 離反

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807.諜報員の作戦

 葬儀屋アゴーニが無事に戻り、移動販売店プラエテルミッサの一行は、胸を撫で下ろした。

 両手と背中の大荷物を受け取り、アゴーニを焚火の傍に座らせる。アミトスチグマの難民キャンプから、首都の夏の都に行き、買出しもしてくれたのだ。


 「先に運び屋の姐ちゃんと会ってな。偶々、国会議員の先生方とスパイの兄ちゃんも居たから、作戦を立ててもらえたんだ」

 「どんな作戦を?」

 ソルニャーク隊長が身を乗り出すと、アゴーニは苦笑した。

 「気になんのはわかるが、話せば長くなる。お茶でも飲みながらにしようや。なっ」



 最初の臨時放送の後、場所を変えて二回、ギアツィント市に向けて再放送した。

 用心の為、一行はすぐに街を離れ、ネモラリス島西岸沿いを北上して、西グラナート市のずっと手前……森に近い丘陵地にトラックを停めている。


 葬儀屋アゴーニと薬師(くすし)アウェッラーナ、工員クルィーロ、国営放送のジョールチとFMクレーヴェルのレーフ、魔法使いが五人掛かりで施した【簡易結界】は、夜の森から滲み出す魔物や雑妖をしっかり防いでいた。


 焚火と紙コップに点した【灯】の外は冬の闇。

 冷たい夜に漂う実体のないモノたちは、不可視の壁に阻まれ、悔しそうに離れた。中には、結界の(ほころ)びを探して境をずっと嗅ぎ回るモノも居る。

 結界の境界線は、FMクレーヴェルのワゴンに積んであった関係者以外立入禁止のロープと、底部に水を入れて重しにするプラスチックの支柱だ。


 みんなは、結界の外で踊る混沌をなるべく視ないようにして、アゴーニの話を聞いた。



 諜報員ラゾールニクが中心になって立てたと言う作戦を聞き、ソルニャーク隊長が唸る。

 「成程(なるほど)な。警戒を促したことが広まれば、隠れキルクルス教徒は何らかの行動を起こすだろう」

 「あぁ。誰かが口滑らせてくれるだろうよ。それを見込んで、敢えて不意討ちで協力を頼んだんだ」

 「不意討ち……セプテントリオー呪医(せんせい)たちにも、内緒だったんですか?」

 薬師(くすし)アウェッラーナは意外だったが、葬儀屋アゴーニはニヤリと笑った。

 「呪医(せんせい)は忙しいし、俺らが会社の偉いさんちで作戦立てた時にゃ、難民キャンプに行ってたからな。いいリアクションもらえて助かったぞ」


 アウェッラーナは、何とも言えない思いで同族の葬儀屋をみつめる。アゴーニは眉を提げて苦笑した。

 「なんせ、あの呪医(せんせい)は正直モンだからな。先に教えてたら、あんな反応、演技でもできなかったろうよ」


 ……敵を騙すにはまず味方からってこと?


 アウェッラーナはどこか釈然としないものが残ったが、だまって頷いて先を促した。

 「アミトスチグマの協力者が、各集会所へ一斉に【跳躍】して、同時に広めてくれたんだ」

 「それって、ホントに大丈夫なんですか? クレーヴェルみたいに、力なき民が酷いことされたりとかって……」

 レノ店長の声は(かす)かに震えていた。


 アウェッラーナは緑色の髪を一目見ればそれとわかる。

 湖の民で、魔法使いで、女神派のフラクシヌス教徒だ。


 陸の民は、外見からは魔力の有無がわからない。

 その内なる信仰も姿を見ただけではわからない。


 魔法の刺繍や染めのある服を着ていれば誤魔化せそうだが、服に触れられれば、魔力の流れがないので力なき民だと気付かれてしまう。

 ロークの口ぶりでは、星の(しるべ)はともかく、隠れキルクルス教徒は、魔法の品の恩恵に(あずか)ることを大して気にしないらしい。


 ……難民キャンプの人たち、冷静に受け止められるのかな?


 湖の民であるが故に、レノ店長たちの不安に共感できず、難民たちの反応も上手く想像できないのが、もどかしかった。



 「じゃあ、シルヴァさんの件も同じ理由で……?」

 力ある民のクルィーロが聞くと、湖の民アゴーニは、首を横に振った。

 「婆さんの件はついでだ。ハナシの性質(タチ)が全然違うし、議員の先生方が先に手を打ってくれてる。まぁ、念押しだな」

 「念押し……」

 「それより、ネモラリス島の街の方がヤベェから、気ぃ付けろってスパイの兄ちゃんに言われたぞ」

 「首都から離れても……か?」

 ソルニャーク隊長が(いぶか)る。


 葬儀屋アゴーニは上着から手帳を取り出して言った。

 「クレーヴェル港は解放軍の手に落ちた。レーチカ港は、王都と往復する難民輸送船が三日に一回。ギアツィント港は封鎖範囲を迂回すっから遠回り……要するに、ウーガリ山脈より南じゃ、貿易が滞って色んなもんが足りてねぇんだ」

 「住民の不満と不安が募るのは、よくわかります。それで、力なき陸の民への風当たりが強くなることも……」

 国営放送アナウンサーのジョールチが目を伏せた。


 メドヴェージが、トラックの運転席から地図を取って広げる。

 挿絵(By みてみん)


 「レーチカも遠回りすりゃ、アミトスチグマと取引できるけどよ、俺らが見た限り、タンカーは長いこと停まったまんまだったぞ」

 「そいつぁ簡単なハナシだ。湖上封鎖で【無尽袋】だけじゃなくって【無尽の瓶】も品薄だ。燃料用の奴は特に【耐火】を追加してある特別仕様だし、口のとこにゃ【火除け】の呪符を貼らにゃならん」

 「袋は使い捨てだけどよ、瓶は使い減りしねぇんじゃなかったのか?」

 メドヴェージが首を傾げた。


 葬儀屋アゴーニが、魔術に(うと)いキルクルス教徒の運転手に、もどかしそうに説明する。

 「瓶本体はともかく、注ぎ口に貼る呪符は使い捨てなんだよ。職人連中は、袋と瓶作んのに忙しくて、目ぇ回してる。難しい呪符だから、難民の(にわ)か内職じゃ無理だ」

 「そう言うモンなのか……」

 「それによ、魔道機船のタンカー動かそうったって、船に巡らせた【耐火】を働かせるのに人手が足りねぇ」


 船員たちも他の国民と同じで、空襲で命を失い、或いは国外へ逃れた。


 「燃料を瓶に詰めて呪符まで貼るんなら、普通の船でいいんじゃねぇのか?」

 少年兵モーフが口を挟む。

 薬師(くすし)アウェッラーナも同感だ。


 ……トラックの予備燃料は【耐火】のポリタンクだけで何とかなってるのにね。


 「そう言うワケにゃいかねぇんだよ。万一のことがあってみろ。湖がどえらいことになるからな。魔法使いの船乗りは、難民輸送船にも手ぇ取られたりなんかして、とにかく足んねぇんだ」

 アゴーニは、坊主、お前もか、と言いたげに説明した。


 「魔力がありゃ、色んなコトが何とかなるから、カネ掛かる燃料の(たぐい)は二の次、三の次ってか?」

 トラック運転手のメドヴェージが天を仰ぐ。

 工員クルィーロが顔を(しか)めた。

 「でも、それじゃあ工場が動かなくて、量産品が作れなくなりますよ。日用雑貨とか、何かの部品とか、国内の分も、輸出する分も……」

 「国内で物資が不足し、輸入しようにも外貨を稼げなければ、それもままならなくなります。物々交換でも、取引用の品が不足します。原油や燃料は社会の潤滑油なのに……」

 パドールリクも息子と一緒に顔を曇らせる。アマナがそんな兄と父を見て、泣きそうな顔をアゴーニに向けた。



 湖の民の葬儀屋は、手帳を(めく)って話を続ける。

 「国の偉いさんや貿易会社の連中も、その辺はよくわかってるよ。リャビーナからアミトスチグマや他んとこへ船を出して、原油やなんかも輸入してる。人手と呪符が足んねぇ分、一カ所に集中して効率化してるらしい」

 「効率化……か。リャビーナを星の(しるべ)かネミュス解放軍に制圧されれば、終わりだ。この状況下では得策とは言えんな」

 ソルニャーク隊長が、険しい目で地図を睨む。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、難民輸送船で首都に戻った時のことを思い出した。

 「クーデターの前なんですけど、私たちが王都から帰った便で、救援物資や輸入品も一緒に運んでましたよ」

 「まぁ、ないよりゃマシだが、ありゃ客船だからな。量は知れてる。王国が【無尽袋】に詰めてくれりゃいいんだが、流石にそこまではしてねぇからな」


 ……そっか。パドールリクさんの言う通り、モノもおカネもないんじゃ、いっぱい輸入できないものね。


 アウェッラーナは溜め息を吐いた。

 たったの一年足らずで、ネモラリスの国中がこんなに困窮している。

 政府軍の徴用(ちょうよう)や解放軍の強要が怖くて、魔法使いの医療者であることも明かせなくなった。【思考する(フクロウ)】の徽章(きしょう)は一応、首から()げているが、服の中に隠している。


 ……こっちが戦争を仕掛けたワケじゃないのに。


 もし、ネモラリス共和国がこの戦争に勝ったとしても、得られるものは何もない。

 政府は、講和条約でランテルナ島の譲渡を求めるだろうか。

 だが、そんなものをもらったからと言って、何になるのか。


 そもそも、どうなれば、ネモラリス側が「勝った」ことになるのだろう。

 敗戦すればどうなるのか、考えたくもなかった。


 ……半世紀の内乱は、誰が勝ったとか負けたとか、そう言うんじゃなくって……みんな疲れたから、もうやめようってなったのよね。


 今回の戦争も、また、そうなるまで続くのだとしたら、常命人種は、終戦を迎える前に寿命が尽きるかもしれず、アウェッラーナは気が遠くなりそうになった。

☆魔法の刺繍や染めのある服を着ていれば誤魔化せそうだ……「708.臨時ニュース」参照

☆星の標はともかく、隠れキルクルス教徒は、魔法の品の恩恵に与ることを大して気にしない……「637.俺の最終目標」「691.議員のお屋敷」「721.リャビーナ市」参照

☆俺らが見た限り、タンカーは長いこと停まったまんまだった……「606.人影のない港」参照

☆難民輸送船で首都に戻った時のこと……「576.最後の荷造り」参照

☆こっちが戦争を仕掛けたワケじゃない……「078.ラジオの報道」参照 ついでに言うと、このニュースを読み上げたのはジョールチです。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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