801.優等生の帰郷
首都ルフスと地方都市を結ぶ長距離バスに揺られ、ロークとスキーヌムは、イグニカーンス市の中心街に降り立った。
……冒険者カクタケアの出身地ってここだったよな。
ファンフォーラムで見たたくさんの写真を思い出し、微笑ましいような気になったが、スキーヌムの声で現実に引き戻された。
「この辺りは最近、ネモラリス憂撃隊のテロが増えているそうなんです。観光とか、気楽にできなくなってしまって……」
「そう……なんですか?」
ネモラリス憂撃隊の前身――ネモラリス人有志による名もなき武闘派ゲリラの頃を知るロークは、複雑な思いでバスターミナルを見回した。大きな旅行鞄やスーツケースなどを抱えた人々が、足早に離れて行く。
「父が車で迎えに来てくれますから、ご安心下さい」
「すっかりお世話になっちゃって……ありがとうございます」
ロークが笑顔を向けると、スキーヌムはホッとして表情を緩めた。
「観光って、どんなところが有名なんですか?」
「丘から見下ろす南ヴィエートフィ大橋の眺めと夜景、聖アストルム教会、イグニカーンス動物園、植物園、野外劇場……色々ありましたが、教会はテロで焼かれてしまいました。他も、人が集まるところは狙われるかもしれないので、開園日が少なくなりましたし、劇場もコンサートなどが減って……すみません」
「そんな! スキーヌム君のせいじゃないんですから、謝らないで下さい」
何気なく振った話題で肩を落とされ、ロークは慌てた。
……そっか、行けないもんな。……あれっ? でも、オリョールさんたちって基地と警察と教会は攻撃してたけど、他は、お店の倉庫でかっぱらいだけだったような……? 組織が大きくなって、方針が変わったのかな?
「実際、観光名所がテロに遭ったことってあるんですか?」
「教会は聖アストルム教会の他にもたくさん焼き打ちされました。他は、基地が襲撃を受けて武器が盗まれて、警察署もそうですね。お店の倉庫の中身が全部盗まれる事件も、テロリストの仕業だって言われていますが、それは、普通の泥棒の仕業かもしれないので、わかりません」
……倉庫もオリョールさんたちがやってるんだけどな。ニュースでどんな扱いになってるんだ?
ロークは少し考えて質問した。
「そんな大規模な泥棒って、あり得るんですか? それこそ、魔法でも使わないと……」
「ウェブカメラに不正アクセスして監視を切って、トラックを使って配送業者のフリをして堂々と盗み出す手口らしいんです」
「魔法使いのテロリストが、トラックで盗みに来るんですか?」
ロークは驚いた。
メドヴェージのような運転手が加わり、盗難車を使えば可能だろうが、それでは隠れ家の場所を知られてしまう。オリョールたちは既に大陸本土の隠れ家の大半を失い、残された拠点は細心の注意を払って隠していた。
……そんなやり方するとは思えないけど、【無尽袋】が手に入らなくなって、やり方変えたのかな?
スキーヌムは、ロークの驚きを別の意味に捉えた。
「僕も、そんなことないと思います。魔法使いの人たちが、ウェブカメラをハッキングするなんて、きっと無理ですよ」
「そうですよね。俺だって、アウグル司祭様にいただくまで、タブレット端末を見たこともありませんでしたから」
ロークが、端末をコートのポケットから引っ張り出して言うと、スキーヌムは頷いた。
「警察署が襲撃されて、留置場から逃げた犯罪者がまだ捕まっていないので、その人たちの可能性が高いと思います」
「ニュースでそう言ってるんですか?」
「直接ではありませんけど、ニュースを幾つか繋ぎ合せると、そうとしか思えないんですよ。それに、ニュースでも、民間の倉庫に関しては、テロリストの仕業だとは言っていません。街の噂でしかないんです」
「あぁ、何でもかんでもテロリストのせいにする便乗犯が居るかもしれないんですね」
「そうです。テロリストへの憎しみと言う闇で目を覆って、聖なる星の道から外れるようなことがあっては……あ、来ました」
スキーヌムが大きく手を振って、迎えの車に合図する。セダンタイプの立派な車で、流線型の車体はネモラリスの角張ったデザインよりずっと洗練されていた。
スキーヌムの父が降りて、息子に目尻を下げる。
「元気にしていたか?」
「はい。お陰さまで。こちらが、ロークさんです」
スキーヌムは父に素っ気なく返した。
「息子からお話はかねがねお伺いしています。大したおもてなしはできませんが、ご自分の家だと思って寛いで下さい」
「いえいえ、こちらこそ、いつもスキーヌム君にとてもお世話になっています。今回も厚かましくお邪魔して恐縮です」
型通りの挨拶を交わし、父がトランクを開けて二人の荷物を手際良く積み込む。
ロークの荷物は、リュックサックに詰めてあった。
この話がまとまってから、急いで買いに行ったものだ。
冬休みは日曜以外でも外出できるが、大半の神学生が帰省して、宿舎はがらんとしていた。十二月二十五日の聖夜を過ぎても残っていたのは、ロークたち二人とリストヴァー自治区からの留学生、星道クラスと一般クラスで帰省の旅費を工面できない貧しい子たちだけだった。
今朝、二人は留学生のことは心配いらない、とアウグル司祭に送り出された。
車は公営バスの真後ろについて、北へ向かって緩やかな坂を下る。
「実家は、アストルム教区なんです」
「えっ? さっき、焼き打ちに……」
「えぇ。残念ながら、今は再建工事中なので、新年のお祈りは近くの公立中学で行われることになったのですよ」
スキーヌムの父が前方を向いたまま、申し訳なさそうに言う。
……それは、確実にオリョールさんたちだよな。
実際、彼らのテロの影響を受けたアーテル人を前にして、何とも言えない気持ちになる。
「聖職者の皆様は、ご無事なんですか?」
「……命はどうにか助かったのですが、司祭様はまだ入院中です。侍祭様は先月退院なさってリハビリ中で、どうにか、まぁ……」
「そんな……」
……そんなコトになってるのに、他の教区から人を寄越さないものなのか?
「私たちの教区は、聖職者がほんの数人でも助かって、まだ恵まれている方です。あの襲撃で命を落とした一般信者は居ませんでしたし……」
スキーヌムの父が、感情を抑えた声で言いながら右折する。
バスの背を離れた一瞬、垣間見えた風景の美しさに思わず息を呑む。
まっすぐ北へ続くバス道の先で、南ヴィエートフィ大橋が白く輝く。
ゆるい下り坂に沿って赤茶色の屋根が、冬の薄日に照らされたラキュス湖まで続く。あちこちに工事の幕が見え、この何割がテロのせいだろう、と心が軋む。
湖を越えた南ヴィエートフィ大橋の先には、ランテルナ島が淡い影絵となって横わっていた。
……オリョールさんたち、どうしてるのかな?
車はバス道を逸れ、東の住宅街に入った。ルフス神学校の周辺程ではないが、ロークの実家周辺よりは大きな家が多い地区だ。
……バルバツム連邦とかの支援で、こんなに復興に差が出るもんなんだな。
ロークは遣る瀬ない思いで車を降りた。
スキーヌムの実家ファンドゥム家は、近所の家々より一回り大きい。車庫には既に二台停めてあり、スキーヌムの父はその間に停めた。
「祖父と母は家に居るみたいです」
スキーヌムが浮かない顔で呟く。
ウルサ・マヨルたちが、スキーヌムは祖父と継母と折り合いが悪いようなことを言っていたのを思い出したが、知らないフリで応じる。
「じゃあ、一度にご挨拶ができていいですね」
「そうですね」
スキーヌムが作り笑いを向け、ロークは胸の奥がチクリと痛んだ。
☆教会はテロで焼かれてしまいました/教会は聖アストルム教会の他にもたくさん焼き打ち……「265.伝えない政策」「313.南の門番たち」「317.淡く甘い期待」参照
☆オリョールさんたちって基地と警察と教会は攻撃してた/基地が襲撃を受けて武器が盗まれて、警察署もそう……「261.身を守る魔法」「285.諜報員の負傷」「344. ひとつの願い」参照
☆他は、お店の倉庫でかっぱらいだけ/お店の倉庫の中身が全部盗まれる事件……「261.身を守る魔法」「265.伝えない政策」参照
☆大陸本土の隠れ家の大半を失い……「269.失われた拠点」「279.悲しい誓いに」「285.諜報員の負傷」参照
☆ルフス神学校の周辺……「764.ルフスの街並」参照
☆ウルサ・マヨルたちが、スキーヌムは祖父と継母と折り合いが悪いようなことを言っていた……「796.共通の話題で」参照




