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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日
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0082.よくない報せ

 クルィーロが目を覚ますと、トタンの下には誰も居なかった。

 リュックサックだけが、ぽつんと置いてある。

 コンクリートの床に直接、毛布を敷いただけだったので、背中や腰が痛い。


 トタンの下から這い出すと、西の空は黄昏色に染まっていた。

 急拵(きゅうごしら)えの竈の周りが、寝る前よりも片付けられ、妹のアマナは、レノの妹たちと一緒にその傍にいる。

 クルィーロは、大きく伸びをして身体をほぐし、妹たちの傍へ行った。


 「他のみんなは?」

 「兄さんたちは、トタンか何かもっとないか探しに行ってます。薬師(くすし)さんとラジオの人は、運河へ魚獲りに行きました」

 ピナティフィダの答えに頷きかけ、クルィーロは聞き返した。

 「ラジオの人?」

 「リュック持ってた高校生くらいの……」

 「あぁ、あの男の子か」

 陸の民の少年の顔が思い浮かんだ。

 クルィーロは社会人になってから急に、大して歳が違わない高校生が子供に見えるようになった。

 「じゃ、そろそろ【炉】の用意しとこうか」

 炭で範囲指定の円を描くだけなので、用意と言う程のことはない。



 することがなくなると、クルィーロは妹の隣に腰を降ろした。

 「何で外に出てるんだ? 中の方があったかいぞ?」

 「見張りなの」

 クルィーロは苦笑した。三人がみんな同じ方向を見たのではダメだろう。


 ピナティフィダが、北東へ目を()って続けた。

 「今日、ラジオでネモラリス島が空襲を受けてるって……実際、あっちに爆撃機とか飛んでくの見た人も居て」

 「さっき聞いたの」

 アマナが兄の(そで)を握る。クルィーロは妹を抱きしめて背中を撫でた。

 父は出張で、ネモラリス島にある首都クレーヴェルにいた筈だ。


 ……父さん……ッ!


 目の前が真っ暗になった。

 母は隣のマスリーナ市で勤務する。昨日の空襲で、クルィーロは母を半ば諦め、父に望みを懸けたのだ。

 どこか安全な場所に避難してくれたのを祈る他、できることがない。

 アマナに絶望を(さと)られないよう、努めて明るい声を出した。

 「ここはもう何もないし、空襲はされないんじゃないか?」

 警戒対象は爆撃機ではなく、火事場泥棒や地上部隊だ。言われて気付いたのか、エランティスが視線を下げた。



 テロリストの隊長と少年兵がトタン板を運んで来る。顔はわからないが、身長差からそれとわかった。

 「ありがとうございます。洗った方がよさそうだけど、まとめてやりたいんで、他のみんなが戻るまでその辺に置いててもらえますか?」

 クルィーロが言うと二人は頷き、少し離れた場所にトタン板を立て掛けて(かまど)の傍に来た。


 「他の者はどうした? 中で休んでいるのか?」

 「えっ? いいえ。まだ、戻ってませんよ?」

 隊長の問いが、何故か(とげ)を含む。不穏な気配に戸惑いながらも、クルィーロは正直に答えた。

 東の空は濃紺に染まり、一番星が瞬く。



 「魚、昼はすぐ、戻って来たよな」

 少年兵がポツリと呟いた。

 クルィーロは胸騒ぎを覚え、運河の方角に向き直った。北の空も暗く、ここからでは距離もあり、様子がわからない。


 「レノたちは、どっちに行ったんだ?」

 アマナは右手で兄の服を(つか)んだまま、左手で北を指差した。

 「お、おい、見に行こう!」

 もう日が沈む。

 魔力はなるべく温存しておきたかったが、仕方がない。


 「闇照らす 夜の(あるじ)眼差(まなざ)しの 淡き輝き 今(とも)す」

 棒切れに【灯】を(とも)し、(かまど)に立て掛ける。

 「これ、目印な」


 流石に、女の子たちをテロリストと一緒には置いて行けない。

 もう一本、焼け焦げた鉄筋の切れ端を拾う。【灯】を点し、三人を(うなが)した。

 「行くぞ」

 「あ、あの、私、持ちます」

 「そっか、じゃ、頼む」

 ピナティフィダに鉄筋を渡し、運河へ向かった。

☆トタンの下……「0077.寒さをしのぐ」参照

☆今日、ラジオでネモラリス島が空襲を受けてる……「0078.ラジオの報道」参照

☆爆撃機とか飛んでくの見た人……「0077.寒さをしのぐ」参照

☆母は隣のマスリーナ市で勤務……「0040.飯と危険情報」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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