0082.よくない報せ
クルィーロが目を覚ますと、トタンの下には誰も居なかった。
リュックサックだけが、ぽつんと置いてある。
コンクリートの床に直接、毛布を敷いただけだったので、背中や腰が痛い。
トタンの下から這い出すと、西の空は黄昏色に染まっていた。
急拵えの竈の周りが、寝る前よりも片付けられ、妹のアマナは、レノの妹たちと一緒にその傍にいる。
クルィーロは、大きく伸びをして身体をほぐし、妹たちの傍へ行った。
「他のみんなは?」
「兄さんたちは、トタンか何かもっとないか探しに行ってます。薬師さんとラジオの人は、運河へ魚獲りに行きました」
ピナティフィダの答えに頷きかけ、クルィーロは聞き返した。
「ラジオの人?」
「リュック持ってた高校生くらいの……」
「あぁ、あの男の子か」
陸の民の少年の顔が思い浮かんだ。
クルィーロは社会人になってから急に、大して歳が違わない高校生が子供に見えるようになった。
「じゃ、そろそろ【炉】の用意しとこうか」
炭で範囲指定の円を描くだけなので、用意と言う程のことはない。
することがなくなると、クルィーロは妹の隣に腰を降ろした。
「何で外に出てるんだ? 中の方があったかいぞ?」
「見張りなの」
クルィーロは苦笑した。三人がみんな同じ方向を見たのではダメだろう。
ピナティフィダが、北東へ目を遣って続けた。
「今日、ラジオでネモラリス島が空襲を受けてるって……実際、あっちに爆撃機とか飛んでくの見た人も居て」
「さっき聞いたの」
アマナが兄の袖を握る。クルィーロは妹を抱きしめて背中を撫でた。
父は出張で、ネモラリス島にある首都クレーヴェルにいた筈だ。
……父さん……ッ!
目の前が真っ暗になった。
母は隣のマスリーナ市で勤務する。昨日の空襲で、クルィーロは母を半ば諦め、父に望みを懸けたのだ。
どこか安全な場所に避難してくれたのを祈る他、できることがない。
アマナに絶望を覚られないよう、努めて明るい声を出した。
「ここはもう何もないし、空襲はされないんじゃないか?」
警戒対象は爆撃機ではなく、火事場泥棒や地上部隊だ。言われて気付いたのか、エランティスが視線を下げた。
テロリストの隊長と少年兵がトタン板を運んで来る。顔はわからないが、身長差からそれとわかった。
「ありがとうございます。洗った方がよさそうだけど、まとめてやりたいんで、他のみんなが戻るまでその辺に置いててもらえますか?」
クルィーロが言うと二人は頷き、少し離れた場所にトタン板を立て掛けて竈の傍に来た。
「他の者はどうした? 中で休んでいるのか?」
「えっ? いいえ。まだ、戻ってませんよ?」
隊長の問いが、何故か棘を含む。不穏な気配に戸惑いながらも、クルィーロは正直に答えた。
東の空は濃紺に染まり、一番星が瞬く。
「魚、昼はすぐ、戻って来たよな」
少年兵がポツリと呟いた。
クルィーロは胸騒ぎを覚え、運河の方角に向き直った。北の空も暗く、ここからでは距離もあり、様子がわからない。
「レノたちは、どっちに行ったんだ?」
アマナは右手で兄の服を掴んだまま、左手で北を指差した。
「お、おい、見に行こう!」
もう日が沈む。
魔力はなるべく温存しておきたかったが、仕方がない。
「闇照らす 夜の主の眼差しの 淡き輝き 今灯す」
棒切れに【灯】を点し、竈に立て掛ける。
「これ、目印な」
流石に、女の子たちをテロリストと一緒には置いて行けない。
もう一本、焼け焦げた鉄筋の切れ端を拾う。【灯】を点し、三人を促した。
「行くぞ」
「あ、あの、私、持ちます」
「そっか、じゃ、頼む」
ピナティフィダに鉄筋を渡し、運河へ向かった。
☆トタンの下……「0077.寒さをしのぐ」参照
☆今日、ラジオでネモラリス島が空襲を受けてる……「0078.ラジオの報道」参照
☆爆撃機とか飛んでくの見た人……「0077.寒さをしのぐ」参照
☆母は隣のマスリーナ市で勤務……「0040.飯と危険情報」参照




