796.共通の話題で
休み時間、スキーヌムが席を外した。
ロークは急いでウルサ・マヨルの席へ行き、話の輪に加わった。
「この間教えていただいた小説、凄く面白いですね。サイトに載ってる分、一気読みしちゃって寝不足になりましたよ」
「そうでしょう! よかったら続きお貸ししますよ」
「いいんですか?」
思った通り、ウルサ・マヨルは、ロークの肯定的な反応に瞳を輝かせて食いついた。他の同級生も、ロークに対する評価を「つまらない優等生」から変更したらしく、表情を緩める。
「四巻と五巻、二冊買っちゃったんで、一冊ずつ差し上げますよ」
「ホントにいいんですか?」
他の同級生の申し出に喜んでみせると、彼はやさしい目をして微笑んだ。
「いいですよ。寄付みたいなものですから」
「あぁ、身寄りをなくした子供たちの……」
「フォーラムの方も見て下さったんですね」
ウルサ・マヨルが声を弾ませる。
ロークは頷いて、心底感じ入ったように言った。
「ストーリーが面白いだけじゃなくて、社会の深い所もさりげなく描かれているので、読者のみなさんの考察や議論も凄く深くて……単なる娯楽小説の枠を越えてるって言うか……上手く言えないんですけど、とにかく凄い作品ですよね」
「そうでしょう、そうでしょう」
「まさか、ロークさんに共感していただけるとは思いませんでした」
「ロークさん、アウルラのこと、どう思います?」
……そら来た。
「信仰の観点に立てば、カクタケアが自分の気持ちを抑えて、穢れた力を持っていると明かして身を引いたのは、誠実で正しい行いでしたし、彼女が救いを得られたのもよかったんで、すごく感動しました。でも、カクタケアの身になって、彼の気持ちを考えたら、切なくてやり切れませんね。彼には絶対幸せになって欲しいです」
予想していた問いに、用意していた答えを返す。
ヒロイン擁護とアンチ、どちらの立場も否定しなかったロークに、同級生たちは尊敬の眼差しを向けた。
ドアの近くの生徒が、大きく手を振る。
ウルサ・マヨルが小声で着席を促した。
「スキーヌム君、戻って来たみたいです」
「えっ? あ……は、はい」
ロークが席に戻って教科書を広げると、同級生たちは瞬く星っ娘の新曲について話し始めた。
……見張りの役割分担までされてるって……?
ロークは、彼らがそこまでしてスキーヌムを敬遠する理由がわからなかった。
……先生や司祭様に「あいつら不道徳な話してました」とか、告げ口する子じゃないと思うんだけどなぁ?
それとも、ロークが知らない間に同級生の様子を密告しているのだろうか。
読書を再開した横顔をこっそり窺ったが、スキーヌムの穏やかな表情からは何もわからなかった。
夕食中、スキーヌムに冬休みをどう過ごすか聞かれた。
「帰国は無理ですから、宿舎で本を読んで過ごそうと思っていますよ」
「もし、ロークさんさえ差支えなければ、冬休みの間ずっと僕の実家で過ごしませんか?」
「えっ? いくらなんでも、そんな厚かましいこと……」
「僕は全然、構いません。大丈夫、大歓迎です!」
いつになく強く言われ、ロークは少し怖くなったが、上手く断る口実を思いつかず、押し切られてしまった。
夕食後、タブレット端末を見ると、メールが来ていた。
星の標レーチカ支部長スーベルからだ。
ローク君へ。
日月星蒼穹巡り、虚ろなる闇の澱みも遍く照らす。
日月星、生けるもの皆、天仰ぎ、現世の理、汝を守る。
すっかり寒くなりましたが、風邪など引いていませんか?
君のご家族と婚約者のご一家は、パドスニェージニク先生のお宅で元気に過ごしていますよ。
母上とベリョーザちゃんは、ボランティア活動に参加して、仮設住宅の住民用に毛糸で肩掛けやマフラーを編んでいます。
君が教えてくれたルフスのショッピングモールの様子や、最新ファッションの件をお伝えしたところ、とても喜んでいらっしゃいました。
写真も忘れずに印刷してお渡ししましたので、ご安心ください。
お祖父様や父上だけでなく、パドスニェージニク先生と私も、君の親孝行なことに感心しました。
父上はお仕事の都合で、先日からリャビーナ市に単身赴任しています。
君を船に乗せて下さったあの社長のお宅でお世話になりながら、ディケアやアミトスチグマとの貿易を頑張っておられますよ。
お陰様で、物資が行き渡っているので安心して下さい。
それからもうひとつ重要な話です。
明日から冬休みですが、リストヴァー自治区の子たちがアーテルに到着しています。
初等部と中等部の子が二人ずつ、ルフス神学校の試験に合格しました。
残りの五人と高等部の七人は、試験が上手くゆかなかったので、ルフスの一般校とイグニカーンス市の一般校に分かれて留学します。
神学校の下級生四人をよろしくお願いします。
彼らは将来、君の部下になる子たちです。
ルフスは賑やかな場所なので、幼い彼らには誘惑が多いと思いますが、聖なる星の道を踏み外さないよう、しっかり見守ってあげて下さい。
次の連絡は年明けになりそうですが、緊急の件がありましたら、いつでも連絡して下さい。
それでは、闇を拓く光の下、良いお年をお迎え下さい。
メールには、編み上がった肩掛けを手に微笑む母とベリョーザの写真が添付されていた。
肩掛けの図柄は、ロークが送ったショッピングモールの写真から、ポスターのデザインをそのまま流用している。聖なる星の道をシンプルにデザイン化して、星の代わりに花をちりばめたものだ。キルクルス教徒なら、一目で聖印のアレンジだとわかる。
……丸パクリじゃないか。これを仮設の入居者に配るって?
恩を売りつつ、無意識に聖印のデザインを刷り込み、それと気付かれぬよう、密かに布教するつもりなのだろう。
ある程度まで浸透し、情勢が有利に傾いてから明かす作戦なのが見て取れる。
効果の程はわからないが、ロークにはそれを止める手段がなかった。
連絡時の話のネタとして、無害な情報を送ったつもりが、こんなものまで利用されるとは思わず、背筋が寒くなる。
当たり障りのない返事をして電源を切った。
ロークはいつもの時間に風呂の用意をして廊下に出たが、スキーヌムは手ぶらだった。
「舎監の先生に呼ばれたので、お風呂、お先にどうぞ」
「えっ? そんなに時間が掛かる用事なんですか?」
少し言い難そうにしていたが、スキーヌムは先に歩きながら答えた。
「……毎年、そうですから」
ロークはそれ以上聞けず、一人で浴場へ向かった。
「あれっ? ロークさんお一人ですか?」
「えぇ、スキーヌム君は舎監さんに呼ばれて……」
「あー……そう言えば、明日から冬休みですからね」
「帰省の件で、舎監の先生がおうちの方を説得なさってらっしゃるんでしょう」
ウルサ・マヨルたちが、身体を洗う手を止めて、気の毒そうに声を潜める。
「説得? あっ……! スキーヌム君、ご実家に招待して下さったんですけど、その件なんでしょうね。悪いことしちゃったな」
「えっ? スキーヌム君がそんなことを?」
同級生たちの驚きの意味がわからず、ロークは曖昧な顔で頷いた。
「お父様以外のご家族が、スキーヌム君の帰省に反対してるらしくて、毎年、舎監の先生がお電話で説得なさってるんですよ」
「えっ?」
「彼が小さい頃、お母様が亡くなられたそうで……」
「継母が……あっ、僕たちがこんなコト喋ったの、内緒にして下さいね」
「は、はい。それは勿論……」
……こんなプライバシーに踏み込んだ話、できるワケないじゃないか。
初等部からずっと一緒の彼らの間では、あまり親しい付き合いをしていなくても、お互いの事情がある程度、伝わっているらしい。
ウルサ・マヨルが話題を変えて、重くなった空気を変えた。
「私たちは毎年、長期休暇中に待ち合わせして、カクタケア縁の地を訪問してるんですけどね、今年はどうしようかって相談していた所なんですよ」
「旅行のお写真も拝見しましたよ。楽しそうで羨ましいです」
「僕が撮ったんですけど、下手だったでしょう?」
撮影者の少年が頬を染めて顔を洗う。ロークはありきたりな慰めを言って先を促した。
「戦争が始まったから、基地の近くの街には行けなくなってしまったんです」
「他も、ネモラリス憂撃隊のテロとかあって……」
「今年は無理かもしれません」
「カクタケアがホントに居てくれたらいいのになぁ……」
オリョールたちを知るロークは、複雑な思いで少年たちの暢気なボヤキを聞いた。
☆アウルラのこと……「794.異端の冒険者」参照 「冒険者カクタケア」シリーズ第二巻のヒロイン。
☆星の標レーチカ支部長スーベル……「696.情報を集める」「721.リャビーナ市」参照
☆ルフスのショッピングモールの様子……「764.ルフスの街並」~「766.熱狂する民衆」参照
☆君を船に乗せて下さったあの社長のお宅……「722.社長宅の教会」「727.ディケアの港」参照
☆リストヴァー自治区の子たちがアーテルに到着……「786.束の間の幸せ」参照
☆オリョールたち……「618.捕獲任務失敗」「770.惜しくない命」参照




