表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十九章 民衆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

815/3513

796.共通の話題で

 休み時間、スキーヌムが席を外した。

 ロークは急いでウルサ・マヨルの席へ行き、話の輪に加わった。


 「この間教えていただいた小説、凄く面白いですね。サイトに載ってる分、一気読みしちゃって寝不足になりましたよ」

 「そうでしょう! よかったら続きお貸ししますよ」

 「いいんですか?」

 思った通り、ウルサ・マヨルは、ロークの肯定的な反応に瞳を輝かせて食いついた。他の同級生も、ロークに対する評価を「つまらない優等生」から変更したらしく、表情を緩める。


 「四巻と五巻、二冊買っちゃったんで、一冊ずつ差し上げますよ」

 「ホントにいいんですか?」

 他の同級生の申し出に喜んでみせると、彼はやさしい目をして微笑んだ。

 「いいですよ。寄付みたいなものですから」

 「あぁ、身寄りをなくした子供たちの……」

 「フォーラムの方も見て下さったんですね」

 ウルサ・マヨルが声を弾ませる。


 ロークは頷いて、心底感じ入ったように言った。

 「ストーリーが面白いだけじゃなくて、社会の深い所もさりげなく描かれているので、読者のみなさんの考察や議論も凄く深くて……単なる娯楽小説の枠を越えてるって言うか……上手く言えないんですけど、とにかく凄い作品ですよね」

 「そうでしょう、そうでしょう」

 「まさか、ロークさんに共感していただけるとは思いませんでした」

 「ロークさん、アウルラのこと、どう思います?」


 ……そら来た。


 「信仰の観点に立てば、カクタケアが自分の気持ちを抑えて、穢れた力を持っていると明かして身を引いたのは、誠実で正しい行いでしたし、彼女が救いを得られたのもよかったんで、すごく感動しました。でも、カクタケアの身になって、彼の気持ちを考えたら、切なくてやり切れませんね。彼には絶対幸せになって欲しいです」

 予想していた問いに、用意していた答えを返す。

 ヒロイン擁護とアンチ、どちらの立場も否定しなかったロークに、同級生たちは尊敬の眼差しを向けた。


 ドアの近くの生徒が、大きく手を振る。

 ウルサ・マヨルが小声で着席を促した。

 「スキーヌム君、戻って来たみたいです」

 「えっ? あ……は、はい」

 ロークが席に戻って教科書を広げると、同級生たちは瞬く星っ()の新曲について話し始めた。


 ……見張りの役割分担までされてるって……?


 ロークは、彼らがそこまでしてスキーヌムを敬遠する理由がわからなかった。


 ……先生や司祭様に「あいつら不道徳な話してました」とか、告げ口する子じゃないと思うんだけどなぁ?


 それとも、ロークが知らない間に同級生の様子を密告しているのだろうか。

 読書を再開した横顔をこっそり窺ったが、スキーヌムの穏やかな表情からは何もわからなかった。



 夕食中、スキーヌムに冬休みをどう過ごすか聞かれた。

 「帰国は無理ですから、宿舎で本を読んで過ごそうと思っていますよ」

 「もし、ロークさんさえ差支えなければ、冬休みの間ずっと僕の実家で過ごしませんか?」

 「えっ? いくらなんでも、そんな厚かましいこと……」

 「僕は全然、構いません。大丈夫、大歓迎です!」

 いつになく強く言われ、ロークは少し怖くなったが、上手く断る口実を思いつかず、押し切られてしまった。



 夕食後、タブレット端末を見ると、メールが来ていた。

 星の(しるべ)レーチカ支部長スーベルからだ。



 ローク君へ。


 日月星(ひつきほし)蒼穹(そうきゅう)巡り、虚ろなる闇の(よど)みも(あまね)く照らす。

 日月星、生けるもの皆、天仰ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る。


 すっかり寒くなりましたが、風邪など引いていませんか?


 君のご家族と婚約者のご一家は、パドスニェージニク先生のお宅で元気に過ごしていますよ。

 母上とベリョーザちゃんは、ボランティア活動に参加して、仮設住宅の住民用に毛糸で肩掛けやマフラーを編んでいます。


 君が教えてくれたルフスのショッピングモールの様子や、最新ファッションの件をお伝えしたところ、とても喜んでいらっしゃいました。

 写真も忘れずに印刷してお渡ししましたので、ご安心ください。

 お祖父様や父上だけでなく、パドスニェージニク先生と私も、君の親孝行なことに感心しました。


 父上はお仕事の都合で、先日からリャビーナ市に単身赴任しています。

 君を船に乗せて下さったあの社長のお宅でお世話になりながら、ディケアやアミトスチグマとの貿易を頑張っておられますよ。

 お陰様で、物資が行き渡っているので安心して下さい。


 それからもうひとつ重要な話です。

 明日から冬休みですが、リストヴァー自治区の子たちがアーテルに到着しています。

 初等部と中等部の子が二人ずつ、ルフス神学校の試験に合格しました。

 残りの五人と高等部の七人は、試験が上手くゆかなかったので、ルフスの一般校とイグニカーンス市の一般校に分かれて留学します。


 神学校の下級生四人をよろしくお願いします。

 彼らは将来、君の部下になる子たちです。

 ルフスは賑やかな場所なので、幼い彼らには誘惑が多いと思いますが、聖なる星の道を踏み外さないよう、しっかり見守ってあげて下さい。


 次の連絡は年明けになりそうですが、緊急の件がありましたら、いつでも連絡して下さい。

 それでは、闇を(ひら)く光の(もと)、良いお年をお迎え下さい。



 メールには、編み上がった肩掛けを手に微笑む母とベリョーザの写真が添付されていた。

 肩掛けの図柄は、ロークが送ったショッピングモールの写真から、ポスターのデザインをそのまま流用している。聖なる星の道をシンプルにデザイン化して、星の代わりに花をちりばめたものだ。キルクルス教徒なら、一目で聖印のアレンジだとわかる。


 ……丸パクリじゃないか。これを仮設の入居者に配るって?


 恩を売りつつ、無意識に聖印のデザインを刷り込み、それと気付かれぬよう、密かに布教するつもりなのだろう。

 ある程度まで浸透し、情勢が有利に傾いてから明かす作戦なのが見て取れる。

 効果の程はわからないが、ロークにはそれを止める手段がなかった。


 連絡時の話のネタとして、無害な情報を送ったつもりが、こんなものまで利用されるとは思わず、背筋が寒くなる。

 当たり(さわ)りのない返事をして電源を切った。



 ロークはいつもの時間に風呂の用意をして廊下に出たが、スキーヌムは手ぶらだった。

 「舎監(しゃかん)の先生に呼ばれたので、お風呂、お先にどうぞ」

 「えっ? そんなに時間が掛かる用事なんですか?」


 少し言い難そうにしていたが、スキーヌムは先に歩きながら答えた。

 「……毎年、そうですから」



 ロークはそれ以上聞けず、一人で浴場へ向かった。


 「あれっ? ロークさんお一人ですか?」

 「えぇ、スキーヌム君は舎監さんに呼ばれて……」

 「あー……そう言えば、明日から冬休みですからね」

 「帰省の件で、舎監の先生がおうちの方を説得なさってらっしゃるんでしょう」

 ウルサ・マヨルたちが、身体を洗う手を止めて、気の毒そうに声を潜める。


 「説得? あっ……! スキーヌム君、ご実家に招待して下さったんですけど、その件なんでしょうね。悪いことしちゃったな」

 「えっ? スキーヌム君がそんなことを?」

 同級生たちの驚きの意味がわからず、ロークは曖昧な顔で頷いた。


 「お父様以外のご家族が、スキーヌム君の帰省に反対してるらしくて、毎年、舎監の先生がお電話で説得なさってるんですよ」

 「えっ?」

 「彼が小さい頃、お母様が亡くなられたそうで……」

 「継母が……あっ、僕たちがこんなコト喋ったの、内緒にして下さいね」

 「は、はい。それは勿論(もちろん)……」


 ……こんなプライバシーに踏み込んだ話、できるワケないじゃないか。


 初等部からずっと一緒の彼らの間では、あまり親しい付き合いをしていなくても、お互いの事情がある程度、伝わっているらしい。



 ウルサ・マヨルが話題を変えて、重くなった空気を変えた。

 「私たちは毎年、長期休暇中に待ち合わせして、カクタケア(ゆかり)の地を訪問してるんですけどね、今年はどうしようかって相談していた所なんですよ」

 「旅行のお写真も拝見しましたよ。楽しそうで羨ましいです」

 「僕が撮ったんですけど、下手だったでしょう?」

 撮影者の少年が頬を染めて顔を洗う。ロークはありきたりな慰めを言って先を促した。


 「戦争が始まったから、基地の近くの街には行けなくなってしまったんです」

 「他も、ネモラリス憂撃隊のテロとかあって……」

 「今年は無理かもしれません」

 「カクタケアがホントに居てくれたらいいのになぁ……」


 オリョールたちを知るロークは、複雑な思いで少年たちの暢気なボヤキを聞いた。


 挿絵(By みてみん)

☆アウルラのこと……「794.異端の冒険者」参照 「冒険者カクタケア」シリーズ第二巻のヒロイン。

☆星の標レーチカ支部長スーベル……「696.情報を集める」「721.リャビーナ市」参照

☆ルフスのショッピングモールの様子……「764.ルフスの街並」~「766.熱狂する民衆」参照

☆君を船に乗せて下さったあの社長のお宅……「722.社長宅の教会」「727.ディケアの港」参照

☆リストヴァー自治区の子たちがアーテルに到着……「786.束の間の幸せ」参照

☆オリョールたち……「618.捕獲任務失敗」「770.惜しくない命」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ