794.異端の冒険者
明日は冬至だ。
ネモラリス共和国では祝日だが、ここでは平日だった。アーテルには祭と言う程の行事はない。日没後、闇を払い光を求める聖歌を歌うだけだ。
ロークはそれでも、タブレット端末のページを送る手を止められなかった。
入浴後、宿舎の自室でベッドに寝転び、ウルサ・マヨルに教えてもらった「冒険者カクタケア」シリーズを読んでいる。
教えてもらった日曜の夜、ファンが作った非公式のまとめサイトで、シリーズの概要とファンフォーラムの感想や考察などを確認した。
元は無料の小説サイトに投稿された話だ。
そこで人気が出て出版され、更に人気が出た。シリーズ三作目まではそのサイトで読めるが、四作目からは書き下ろしで出版されている。
スキーヌム以外の同級生との接点と共通の話題作りの為だが、まとめや感想などだけでは話について行けないと気付き、無料で公開されている部分を読み始めた。
小説をキリのいい所まで読み進めては、ファンフォーラムを覗いて、同級生のウルサ・マヨル・セプテムが、「オクトー」と言うハンドルネームで書き込んだ感想や、登場人物への思い入れなどを頭に入れた。
お陰で連日、睡眠不足だ。
……これ、よくアーテルで出版できたなぁ。
やっと無料公開の部分を読み終え、端末を充電器に挿して布団を被った。
主人公の冒険者カクタケアは、アーテル共和国のイグニカーンス市で生まれ育った敬虔なキルクルス教徒だ。
幼い頃は聖職者に憧れていたが、運動神経の良さと腕っ節の強さを活かし、アーテル軍に就職した。対魔獣特殊作戦群の特殊部隊に配属され、星道の職人の手による聖別された武器や、バルバツム連邦製の科学の最新装備などで、魔物や魔獣に立ち向かう。
ここまではいい。
ミリタリーマニアは勿論、そうでない男子中高生も、派手なアクションと熱いバトル、部隊の仲間との友情やヒロインとの恋の行方に心魅かれるだろうと想像がつくし、納得もできる。
問題は、お色気系のサービスシーンではなく、主人公の能力だ。
カクタケアたちの部隊は、ラキュス湖西地方に派遣された。
任務の内容は、アーテル本土で発見された「休眠状態で封印された魔法生物」を遺跡の地下に廃棄することだ。
力なき民のキルクルス教徒しか居ないアーテル軍の部隊が、強い魔物や魔獣が多く、何千年も人が住めなくなっている湖西地方に派遣され、三界の魔物に滅ぼされた古代王国の遺跡に立ち入る。
設定と状況はツッコミ所満載だが、それはいい。
ファンフォーラムでは荒れるネタでも、アーテル社会全体からは、「所詮は中高生向けの他愛ない娯楽小説だ」と歯牙にも掛けられない些末事だ。
ロークが危ういと思い、ファンフォーラムでも荒らしが叩き、アーテルの「良識ある大人」が眉を顰めるのは、主人公のカクタケアが、その遺跡でうっかり魔法の道具に触れ、魔力があると判明した点だった。
案の定、魔物や魔獣に襲われ、負傷者を出しながらも、カクタケアがその魔法の道具でどうにか撃退する。部隊は任務を果たし、一人も欠けることなく帰投した。
主人公が力ある民で、しかも、魔法の道具の“穢れた力”で魔獣などを倒し、任務を果たしたストーリーは物議を醸した。
アーテル共和国などのキルクルス教社会では、魔力を持つ「力ある民」は“悪しき業”を用いる穢れた存在として扱われる。
ファンフォーラムには騒動の経緯がまとめられ、ニュースサイトの記事や、キルクルス教団の公式見解、個人が書いた考察などへのリンクが貼られていた。
元々人気作だったが、その騒動で注目が集まり、一層拍車が掛かった。
投稿サイトの運営会社は、「規約違反ではないから」と「不信心な小説を削除せよ」との苦情に応じなかった。
まとめサイトには、アクセスが増えて広告収入が増えたからだろう、と穿ったコメントが書き込まれている。
作者がインターネット専門ニュースのインタビューに応じ、「これは、信仰と主人公カクタケアの存在との葛藤、心の成長がテーマです」と発表したことと、キルクルス教団の「子供向けの娯楽小説に目くじらを立てず、架空の物語と現実の信仰を区別して考えられるよう、知識を蓄え、理性に基づく思考を行う練習をしましょう」とのコメントで、騒動は終息に向かった。
出版社は、騒動が落ち着き、注目が逸れた頃合いを見計らって、シリーズ一作目の書籍を発売した。
これも、まとめサイトには「最初から計算ずくの炎上商法ではないか」との黒い意見が多数書き込まれているが、事実かどうか、確認する手段はない。
書籍の出版までに、サイトでは続編が立て続けに無料公開された。それが二作目と三作目だ。
二作目では、主人公カクタケアが、自身の魔力と信仰の間で苦悩した末に軍を辞め、ランテルナ島へ渡って家族や恋人、友人たちと訣別する。
不道徳なランテルナ島民にキルクルス教の信仰を説き、ランテルナ島唯一の教会で信頼を得る。
島内の魔物や魔獣を倒して、島生まれの「無原罪の民」を守るエピソードだ。
ヒロインは、主人公とは逆に、力ある民の両親から産まれた力なき民だ。ランテルナ島の人々から蔑まれ、魔物に襲われた際に「弱肉強食だ」と見捨てられたところをカクタケアに助けられ、恋に落ちる。
ヒロインのアウルラは、カクタケアに聖者の教えを説かれ、教会へ足を運ぶようになった。穢れた存在である家族と別れ、アーテル本土へ渡る。
カクタケアが、自身に魔力があることを明かして身を引いたところで、物語は幕を下ろした。
カクタケアが可哀想だとヒロインを叩く派閥と、ヒロインが救われてカクタケアの魂も救われたのだと擁護する派閥に分かれ、今もファンフォーラムでは不毛な議論が続いている。
……キルクルス教の信仰としては、ヒロイン擁護派が「正しい」解釈なんだろうな。
その解釈なら、このシリーズ全体も「不信心な俗悪小説」の謗りを免れられる。
このエピソードで離れる読者も居るだろうが、どうやらそれは少数派らしい。アイドルの派閥同様、意見を割ってちょっとした対立を生むことで、複数の考え、立場からファンを得て、その心をガッチリ掴んで離さないことに成功していた。
三作目では、カクタケアはその経歴と腕を買われ、ランテルナ島内で魔物の駆除業者に雇われる。
久し振りに故郷イグニカーンス市の地を踏み、新たに得た業者仲間と共に、夜の街で魔物と死闘を繰り広げ、辛くも勝利を得る。
依頼人は、そこそこ大きな企業の社長で、カネで安全を買って何が悪いと言う態度。社長の本心は、前半のヒロインである社長令嬢から語られる。
無原罪の清き民は、邪悪な魔物と戦う力を持たぬが故に、カネの力で穢れた力を買ってでも妻と娘を守りたい、と言う父の愛なのだ、と。
……これも何か、揉めそうなエピソードだよなぁ。
実際、魔獣駆除業者とその力を買うアーテル人は、アクイロー基地襲撃作戦後に知った。
恐らく、アーテル社会では、どちらも「必要悪」として蔑まれつつ、見て見ぬフリをされている暗部なのだろう。読者の大多数は思春期の少年で、社会の闇にも興味を持ち始める微妙なお年頃だ。
これも、読者を惹きつけるネタとしては成功しているが、良識ある大人から嫌がられる原因にもなっていた。
カクタケアは偶然、旧友と再会したが、互いに「別世界の住人」との認識を深め、「もう二度と会うことはないだろう」と別れるシーンで物語の前半は終わった。
後半はランテルナ島に戻り、遺跡荒らしの仲間に加わるところから始まる。
行き先は、第一話で赴いた古代遺跡だ。
後半のヒロインは、古代に失われた術の復活を目指す学者肌の美しい魔女だ。カクタケアたちは、彼女のワガママに振り回される。
魔物や魔獣との激しい戦闘は刺激的で、ワガママな美女はある種の男子にとっては魅力的なヒロインだ。
古代人が仕掛けた防犯用の罠を掻い潜り、スリリングな冒険の末、カクタケアの一行は術で守れらた石板を手にする。
この古代都市が滅亡した年代は不明だが、石板に刻まれていたのは遺失した呪文ではなく、聖者キルクルスの言葉だった。
……なんだそりゃ?
まとめサイトによると、その謎は書き下ろしで出版された第四巻で解明されるとのことだった。
☆ウルサ・マヨルに教えてもらった「冒険者カクタケア」シリーズ……「764.ルフスの街並」参照
☆強い魔物や魔獣が多く、何千年も人が住めなくなっている湖西地方……「301.橋の上の一日」参照
☆キルクルス教社会では、魔力を持つ「力ある民」は“悪しき業”を用いる穢れた存在……「182.ザカート隧道」「183.ただ真実の為」参照
☆魔獣駆除業者とその力を買うアーテル人は、アクイロー基地襲撃作戦後に知った……「519.呪符屋の来客」「520.事情通の情報」参照 ロークはクルィーロから話を聞いた。




