793.信仰を明かす
国営放送のジョールチが、お茶のお代わりを淹れる薬師に向き直り、改まった口調で声を掛けた。
「話は変わりますが……アウェッラーナさん」
「はい? 何でしょう?」
「隠れキルクルス教徒の国会議員の情報を手帳に控えていらっしゃる……と、お伺いしたのですが、拝見させていただいてよろしいでしょうか?」
レノたちが戻って、有耶無耶になったと思ったが、ジョールチは忘れていなかった。
……うわっ、俺、余計なコト言った?
アウェッラーナは怪訝な顔をしながらも、コートのポケットから手帳を出し、そのページを開いて見せる。ジョールチは黙読して、顔色を変えた。
「パドスニェージニク議員以外のことは、聞いていませんか?」
「えっと、名簿を預かって、王都でフィアールカさんにお渡ししましたけど……それ、ラジオで言うんですか?」
「現時点で報道すれば、大変なことになります」
ジョールチは、とんでもないと首を振った。
「パドスニェージニク議員は、秦皮の枝党の重鎮……党内最大派閥の幹部なんですよ」
「えぇッ?」
クルィーロには、どこにポイントを置いて驚けばいいかわからなかった。
ローク一家を匿うのが、超大物だったこと。
その彼が、隠れキルクルス教徒であること。
信仰を偽り主神派の秦皮の枝党に居ること。
そして、政権の中枢に身を置いていること。
つまり彼が、魔哮砲の使用を肯定したこと。
他のみんなも、呆然としてジョールチを見る。国営放送のアナウンサーは、ソルニャーク隊長の厳しい目に視線を合わせて聞いた。
「彼の指示で……レーチカでも布教活動を……?」
「調べてみなければわからん。あなたは、報道できない“危険な情報”を集めてどうするつもりだ?」
「今は無理でも、状況が変われば、可能になるかもしれません」
「我々だけで行うのは危険だ」
「では、どうすれば……」
頭を抱えたアナウンサーに、葬儀屋が軽い調子で言った。
「外の奴に頼もう」
「外?」
ジョールチが顔を上げ、ずり下がった眼鏡を押さえた。
「外国で活動してる連中に頼むんだ。あの運び屋の姐ちゃんの仲間にゃ、情報収集が得意な奴が居る」
「フィアールカさんに名簿を渡しましたから、もしかしたら、もう動いてるかもしれませんよ」
ジョールチはアウェッラーナの言葉に頷き、ソルニャーク隊長に視線を戻した。
「情報提供者が今、どこに居るかわかりませんか?」
「わからん」
隊長は即答した。
クルィーロは迷ったが、ぐるぐる考える内に、言っても言わなくても、これ以上悪くはならないような気がしてきた。
思い切って説明する。
「俺たちと首都で別れた後、レーチカに行きました。隠れキルクルス教徒の情報を集めるって言って、家族と合流して、その議員の家に……」
「何だってッ?」
ジョールチだけでなく、星の道義勇軍とアゴーニも目を見開いた。
「アウェッラーナさんに預けた名簿、そうやって集めた情報ですよ」
「では、その人は、まだ、パドスニェージニク議員の屋敷に居るんだね?」
「居候なんで、住むとこみつけて、もう他所へ行ってるかもしれませんよ」
「ジョールチさん、下手に接触したら、その人ヤバくなるかも……」
DJに言われ、アナウンサーは溜め息を吐いて隊長に向き直った。
「ソルニャークさん、あなたも隠れキルクルス教徒……なのですね?」
「違う。私はリストヴァー自治区の者だ」
ソルニャーク隊長が言い切った。
メドヴェージとモーフが固まる。
ジョールチも驚きのあまり言葉が出ないようだ。
DJレーフが、ソルニャーク隊長と葬儀屋アゴーニ、薬師アウェッラーナの間で忙しなく視線を巡らせる。
「えっ、あ、あれっ? 湖の民……魔法使い……俺もですけど、魔法使いと一緒に……あれっ? なんで自治区の外に……?」
少年兵モーフが、ソルニャーク隊長の後ろに立って声を張り上げた。
「隊長とメドヴェージのおっさんと、俺は、星の道義勇軍だ!」
「あの……テロ組織の?」
「……そうだ。ゼルノー市での作戦後、空襲に遭い、成り行きで彼らと行動を共にしている」
隊長が静かな声で答えると、ジョールチとレーフはぎこちない動きで他のみんなに首を巡らせた。
「みなさんも……?」
「俺たちはゼルノー市民で、フラクシヌス教徒です」
「隊長さんたちが何者か、最初から知ってます」
レノが言うと、ピナティフィダもしっかりした声で続いた。
他のみんなも頷いてみせる。
……みんなにとっても、この三人は「キルクルス教徒のテロリスト」なんかじゃなくて、「仲間」なんだな。
パドールリクだけが、困った顔でテロリストと行動を共にする我が子を見た。
「三人とも、いい人だよ。自治区が復興から取り残されてなきゃ、あんなコトしなくて済んだと思う」
クルィーロが言うと、メドヴェージが微かな笑みを浮かべて会釈した。
「真意を伏せ、密かに広められた信仰は、遅効性の毒と同じだ。戦争とクーデターで揺れる心にどれ程の害を及ぼすか、計り知れん」
ソルニャーク隊長が、いつもと同じ静かな声で言う。
アーテル共和国は、リストヴァー自治区の救済を掲げて開戦したが、その真意は、三界の魔物の再来になり兼ねない兵器化された魔法生物「魔哮砲」の存在を全世界に知らしめ、信仰の名の許に破壊することだ。
ネミュス解放軍も、魔哮砲の使用に反対を唱え、現政権を武力で倒そうとしている。
それだけではない。
星の標のテロが、ネモラリス各地で人々の心に恐怖を植え付け、力なき民に疑いの目が向けられている。既に首都では、あやふやな情報で力なき民への私刑が行われ、便乗した略奪も横行していた。
湖の民や力ある陸の民は、魔力を持つと言うだけで、その疑いを向けられることがない。
言われなき咎で迫害を受けた力なき陸の民が、思わぬところから「救い」の手を差し伸べられれば、どうなるか。
「魔力を持たないと言うだけで迫害を受けた者たちは、魔術を“悪しき業”と呼び、力ある民を穢れた存在として断罪する教えに縋るだろう」
「ホントは、そんな、魔法使いを皆殺しにしろって教えじゃなくて、三界の魔物みてぇなもんを作らねぇように賢く生きようってな教えなんだけどよ」
メドヴェージの説明は、フラクシヌス教徒の魔法使いであるクルィーロには、意外に思えた。
地下街チェルノクニージニクで【無尽袋】の完成を待つ間、ファーキルが端末でインターネットのニュースを見せてくれたが、アーテルの世論は、「魔法使いを根絶やしにせよ」と言う趣旨が目についた。
「正しい信仰を知ることは、相互理解に繋がる。半世紀の内乱前は、それで人種や信仰の異なる者同士が、隣人として上手くやって行けたのだろう」
隊長の言葉に、この場で唯一、旧ラキュス・ラクリマリス王国時代を知る長命人種のアゴーニが頷いた。
「まぁ、つかず離れず……回覧板は回すけど、相手の信仰には踏み込まねぇ……そんな距離感だったな」
「それでは、今の私たちにできることは、何でしょう?」
ジョールチの目から警戒が消え、アゴーニとソルニャーク隊長を交互に見た。
☆そのページ……「654.父からの情報」「655.仲間との別れ」参照
☆名簿を預かって、フィアールカさんにお渡ししました……「696.情報を集める」「698.手掛かりの人」「699.交換する情報」参照
☆家族と合流して、その議員の家に……「637.俺の最終目標」「657.ウーガリ古道」「658.情報を交わす」参照
☆あやふやな情報で力なき民への私刑が行われ、便乗した略奪も横行……「746.古道の尋ね人」参照
☆魔法使いを皆殺しにしろって教えじゃなくて……「554.信仰への疑問」「628.獅子身中の虫」参照
☆アーテルの世論……「363.敵国の背後に」「433.知れ渡る矛盾」、クルィーロは見ていないが「587.ハンパな情報」にニュースサイト閲覧者の過激な書き込み。参照




