0081.製品引き渡し
「えっ? でも……」
「いいから。お給料、今なら現金よりこっちの方が確かだから」
そう言われ、アミエーラはこくりと頷いた。
店長は、完成した部品を念入りに調べ、満足げに微笑んだ。
「よくできてるわ。流石ね」
「ありがとうございます」
店長は、自分の作業台から布を二枚取り、リュック本体の布地に重ねた。どちらも掌大で、文字のような刺繍がある。
「赤いのは、背中に当たる所の内側に縫い付けて、青いのは底の内側よ。どちらも外から見えないようにしてね」
「……はい?」
「底は布を二重にして、縫い目が外から見えないように、背中は綿を入れて同じようにね」
「……はい」
アミエーラは、キレイな刺繍の飾りをわざわざ見えない位置に付ける意味がわからなかった。
店長は理由を教えてくれないが、雇われの針子はそうするしかない。
店長が居るからか、香草茶の効力なのか、今度は綿を見ても火災を連想せずに済んだ。指示通り、刺繍の布を見えない位置に縫い付けて綿を詰める。
戦争が始まったと告げられても、アミエーラには実感が湧かなかった。
ここは静かで、お客こそ来ないが、いつも通りに仕事ができる。
これからどうなるのか。
戦争はいつ終わるのか。
店長の自宅にいつまで居候させてもらえるのか。
父とはいつ再会できるのか。
アミエーラには、わからないことだらけだ。
そんなことを考えながらでも、リュックサックは無事に完成した。
いつも通り、店長がじっくり検品する。しばらくして、アミエーラに満面の笑みを向け、合格を言い渡した。
ホッとして、アミエーラの頬も緩む。
「初めてなのに、しっかりした仕上がりだわ。上出来よ」
店長の高評価に礼を言い、アミエーラは聞いてみた。
「引き渡しはいつですか? って言うか、お客さん……お店に来られるんでしょうか?」
「発注者は私。使うのはあなたよ」
「えっ?」
意外な言葉に思考停止する。
店長はそんなアミエーラを促し、台所へ連れて行った。
「さ、詰めてちょうだい」
完成したばかりのリュックを手渡され、アミエーラが困惑すると、店長は更に促した。
「最初に缶詰を入れて底を平らにして、それから、四隅にお水の瓶を柱みたいに立てて入れて、チーズ、堅パン、乾物とお塩よ。いい?」
詰め方がわからなくて困ったのではないが、言われた通りの順で詰め込んだ。リュックの容量には、まだ余裕がある。
店長は奥の部屋へ引っ込み、すぐに戻った。その手には、コートと油紙の包みがある。
「これも持ってお行きなさい」
「あの……」
「肌着とタオルと、コート」
「えっ……あの……」
「肌着は、自治区の誰にも見られちゃダメよ」
「えっ?」
「さっきのもだけど、魔法の刺繍があるから」
「えぇッ?」
思わず大きな声が出てしまった。
店長が唇に人差し指を当て、シーッと黙らせる。アミエーラは自分の口を押さえて頷いた。
店長が吊り戸棚から小さな片手鍋を外し、アミエーラに手渡す。マグカップ二杯分くらいの小さな鍋だ。
「これも持ってお行きなさい」
アミエーラの実家には、鍋も食器もなかった。
「あ、あの、こんな高価なもの……」
「いいから、これも」
店長は言いながら、リュックに銅のマグカップを入れ、外ポケットにマッチ箱と電池、懐中電灯を詰め、ボタンを留めた。
「明日は、夜が明けたらすぐ出発するから、今夜は早く寝なさい」
☆戦争が始まったと告げられ……「0031.自治区民の朝」参照
☆父とはいつ再会できるのか……「0054.自治区の災厄」「0059.仕立屋の店長」参照




