790.放送への反応
クルィーロは、トラックの荷台に上がって発電機を停止した。
メドヴェージが運転席に回って操作し、荷台の側面を閉じる。父パドールリクがトラックの屋根から降り、DJレーフと協力して送信アンテナを手早く片付けた。
「上手く行ったみてぇだな。ずらかるぞ!」
葬儀屋アゴーニが、標識に貼った段ボール製の看板を回収して、無事に戻ってきた。
DJレーフとアナウンサーのジョールチは、FMクレーヴェルのワゴン車、後のみんなはトラックの荷台に急いで乗り込む。アゴーニが荷台を閉めて助手席に飛び乗り、二台は農道を西へ走った。
ギアツィント市の北門を横目に、そのずっと北の道を更に西へ。
荒れ地に入り、丘の陰で車を停めた。
念の為、見張りを立て、交代で休んだが、特に何事もなく朝を迎えた。
もうすぐ冬至だ。
最も日が短い時期だが、クルィーロはちゃんと明るくなった空にホッとした。
「ポスターを回収するついでに調べたいことがある。今日は一日、ここに留まってくれないか?」
ソルニャーク隊長が両手でマグカップを包んで言った。ジョールチとレーフが顔を見合わせ、アナウンサーが答える。
「警察や政府軍が来ないなら、居られますよ」
「あ、じゃあ、ちょっと王都に行ってきます」
「王都?」
アウェッラーナから声が上がり、クルィーロは思わず聞き返した。
湖の民の薬師が、クルィーロと父パドールリクを見て、アマナに目を向ける。アマナは、エランティスと一緒にコートの上から毛布を被ってお茶を飲んでいた。マグカップに口をつけたまま動きを止め、大人たちを窺う。
「初日に少し病院の様子も見て来たんですけど、ギアツィントでも、まだ空襲の影響が続いていて……」
「あぁ、呪医が政府軍に徴用されて困ってるっつってたなぁ」
葬儀屋アゴーニが言うと、薬師アウェッラーナは緑の眉を下げてアマナを見た。
「私が治してあげられればよかったんですけど……【青き片翼】の呪医だったらすぐ治せるんで、今日はずっとここに居るなら、今の内に王都の施療院へ……」
「連れて行って下さるんですか?」
父パドールリクが喜びと驚きに声を裏返らせ、アマナはエランティスと顔を見合わせる。
クルィーロも胸が震えた。
「ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「えぇ。朝の内に出れば……混み具合にもよりますけど、夕方には戻れると思います」
「あ、あのっ、俺も連れてってもらっていいですか? 神殿で母のこと、聞きたいんで……」
レノが、ポケットから【魔力の水晶】の小袋を引っ張り出し、半ば叫ぶように言った。
……そっか。おばさん、レーチカから王都に渡ったかもしれないんだよな。
帰還難民センターの【明かし水鏡】では、少なくとも生きているが、このネモラリス島には居ない……と言う中途半端なことしかわからなかった。
椿屋のおかみさんは、レノたちと同じ力なき民だ。ゼルノー市でテロと空襲から逃れた後、自力でそう遠くへ行けるとは思えない。
あの時点でも、ラジオではネーニア島北西部の空襲を報じていた。わざわざ危険な方へ行くとは考え難い。トポリ市かどこか、ネーニア島北東部に行ったか、漁船に助けられて南部の王国領へ逃れたか。
しかも、あれから状況は大きく変わった。
難民輸送船で王都か、もっと遠くへ行った可能性も否定できない。
アウェッラーナが快く引き受けると、葬儀屋アゴーニが言った。
「よし! 兄ちゃんは俺が連れてってやろう。行き先が違うんだ。手は多い方がいい」
「いいんですか?」
意外な申し出にレノが恐縮する。ピナティフィダとエランティスも、喜びよりも遠慮が勝る顔で、湖の民の葬儀屋を見ていた。アゴーニが椿屋の兄姉妹にニヤリと笑う。
「あぁ。ついでだ。後で美味いパン焼いてくれよ」
「はい! 喜んで!」
アゴーニが同族に向き直る。
「薬師さんよぉ、こんなご時世だ。念の為に男手もあった方がいい。兄ちゃんの代わりに父ちゃん連れてってやんな」
「……そうですね。来ていただけたら、私、順番待ちの間、別の用事をしに行けるんで、助かります」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「アウェッラーナさん、アマナと父をお願いします」
話がまとまり、急いで朝食の後片付けをした。
父とアマナは薬師アウェッラーナ、レノは葬儀屋アゴーニに連れられて、王都ラクリマリスへ【跳躍】した。
ポスターの回収は、DJレーフ、ソルニャーク隊長、少年兵モーフの三人と、クルィーロが単独で行く。メドヴェージ、ピナティフィダ、エランティス、ジョールチは留守番だ。
クルィーロは、ズボンのポケットに【魔力の水晶】の小袋を詰めて【跳躍】した。
回数を重ねる内に呪文を唱えるのには慣れてきたが、まだ、見えないくらい遠い所へは跳べそうもない。湖を越え、遙か王都ラクリマリスまで「ちょっと行ってきます」などと、気軽に一跳びできる彼らを改めて尊敬した。
「ご協力、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ、お陰で色々わかってよかったよ。局員さんにもよろしく言っといてくれ」
クルィーロが、乾物屋の店主に声を掛けてポスターを剥がしていると、客のおばさんが話に入ってきた。
「次はいつ放送すんの? 病院の情報はないの?」
「えっ? さぁ……? 俺、ポスター貼るの手伝っただけなんで、ちょっと……あ、でも、移動放送って言ってたから、場所変えて、どっか他所でやるかもしれませんけど……」
「そう、わからないの……」
肩を落とすおばさんに、さっき聞いた病院の件を言うと、更に暗い顔になった。
「知ってるわ。だから他に【白き片翼】か【飛翔する梟】の呪医が居るとこ、教えて欲しいのよ」
「すみません。俺も知らないんです」
「あぁ、別にあんたを責めてるワケじゃないのよ。戦争がいつ終わるかわかんないなら、せめて、暮らしの役に立つことをもっと流して欲しいじゃない。局員さんに伝えてくれない?」
「一応、お伝えしますけど……地元のラジオでやってないんですか?」
クルィーロは意外に思った。
それこそ、地元の報道機関の方が、日頃の付き合いもあり、きめ細かく情報収集した上で報道できそうなものだ。
「それがねぇ……スポンサーが減ったとかで、番組が減って、放送の時間が短くなっちゃって」
「民放だけじゃなくって、国営も、職員が避難して人手不足だからって、似たようなモンでな」
他の客たちも食いついて来た。
乾物屋の店内に残る商品は、アウェッラーナが言った通り、油と調味料の類しかない。それでも、生鮮食品の店程ではないにせよ、ここも客が多かった。
……放送局は調査報道できる人材が足りなくなってんのか。でも、病院から直接、情報提供してくれ…………ないな。ダメだ。やべぇ。
こんな状況で「呪医が居る病院」を放送で紹介すれば、ドーシチ市で薬師アウェッラーナの存在を知られた時のような大混乱が起きるかもしれない。
アウェッラーナ自身、用心して徽章を隠しているくらいだ。迂闊なことは報道できないだろう。
「新聞は新聞で、紙が足りなくてページが減ってるからなぁ」
クルィーロは、客たちの溜め息に送り出され、乾物屋を後にした。
服屋でも似たようなぼやきを聞かされた。
「でも、久し振りに体操のあれ聞けて、よかったわぁ」
手編みの手袋やマフラーを売りに来た老婆が、遠い昔を見るような眼差しで懐かしむ。店主も編み物の手を止め、口許を綻ばせた。
「そうそう。私もあれで思い出して、店が終わってから体操したのよ。やっぱり身体動かすといいわね。肩凝りが楽になったわ」
「あの歌みたいに、早く平和になってくれりゃ、言うコトないんだけどねぇ」
クルィーロは、剥がしたポスターと一緒に臨時放送の感想や要望も持ち帰った。
ソルニャーク隊長たちは先に戻っていたが、アマナたちはまだだ。
……日暮れまで、まだもうちょっと時間あるけど、今日中に戻って来れるのかな?
「クルィーロ君の方は、どうでした?」
国営放送のジョールチアナウンサーに促され、街の反応を語った。




