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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十九章 民衆

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790.放送への反応

 クルィーロは、トラックの荷台に上がって発電機を停止した。

 メドヴェージが運転席に回って操作し、荷台の側面を閉じる。父パドールリクがトラックの屋根から降り、DJレーフと協力して送信アンテナを手早く片付けた。


 「上手く行ったみてぇだな。ずらかるぞ!」

 葬儀屋アゴーニが、標識に貼った段ボール製の看板を回収して、無事に戻ってきた。


 DJレーフとアナウンサーのジョールチは、FMクレーヴェルのワゴン車、後のみんなはトラックの荷台に急いで乗り込む。アゴーニが荷台を閉めて助手席に飛び乗り、二台は農道を西へ走った。



 ギアツィント市の北門を横目に、そのずっと北の道を更に西へ。

 荒れ地に入り、丘の陰で車を停めた。



 念の為、見張りを立て、交代で休んだが、特に何事もなく朝を迎えた。

 もうすぐ冬至だ。

 最も日が短い時期だが、クルィーロはちゃんと明るくなった空にホッとした。


 「ポスターを回収するついでに調べたいことがある。今日は一日、ここに留まってくれないか?」

 ソルニャーク隊長が両手でマグカップを包んで言った。ジョールチとレーフが顔を見合わせ、アナウンサーが答える。

 「警察や政府軍が来ないなら、居られますよ」

 「あ、じゃあ、ちょっと王都に行ってきます」

 「王都?」

 アウェッラーナから声が上がり、クルィーロは思わず聞き返した。


 湖の民の薬師(くすし)が、クルィーロと父パドールリクを見て、アマナに目を向ける。アマナは、エランティスと一緒にコートの上から毛布を(かぶ)ってお茶を飲んでいた。マグカップに口をつけたまま動きを止め、大人たちを窺う。


 「初日に少し病院の様子も見て来たんですけど、ギアツィントでも、まだ空襲の影響が続いていて……」

 「あぁ、呪医(じゅい)が政府軍に徴用(ちょうよう)されて困ってるっつってたなぁ」

 葬儀屋アゴーニが言うと、薬師(くすし)アウェッラーナは緑の眉を下げてアマナを見た。

 「私が治してあげられればよかったんですけど……【青き片翼】の呪医(せんせい)だったらすぐ治せるんで、今日はずっとここに居るなら、今の内に王都の施療院へ……」

 「連れて行って下さるんですか?」

 父パドールリクが喜びと驚きに声を裏返らせ、アマナはエランティスと顔を見合わせる。


 クルィーロも胸が震えた。

 「ありがとうございます。でも、いいんですか?」

 「えぇ。朝の内に出れば……混み具合にもよりますけど、夕方には戻れると思います」

 「あ、あのっ、俺も連れてってもらっていいですか? 神殿で母のこと、聞きたいんで……」

 レノが、ポケットから【魔力の水晶】の小袋を引っ張り出し、半ば叫ぶように言った。


 ……そっか。おばさん、レーチカから王都に渡ったかもしれないんだよな。



 帰還難民センターの【()かし水鏡(みかがみ)】では、少なくとも生きているが、このネモラリス島には居ない……と言う中途半端なことしかわからなかった。


 椿屋のおかみさんは、レノたちと同じ力なき民だ。ゼルノー市でテロと空襲から逃れた後、自力でそう遠くへ行けるとは思えない。

 あの時点でも、ラジオではネーニア島北西部の空襲を報じていた。わざわざ危険な方へ行くとは考え(にく)い。トポリ市かどこか、ネーニア島北東部に行ったか、漁船に助けられて南部の王国領へ逃れたか。

 しかも、あれから状況は大きく変わった。

 難民輸送船で王都か、もっと遠くへ行った可能性も否定できない。



 アウェッラーナが快く引き受けると、葬儀屋アゴーニが言った。

 「よし! 兄ちゃんは俺が連れてってやろう。行き先が違うんだ。手は多い方がいい」

 「いいんですか?」

 意外な申し出にレノが恐縮する。ピナティフィダとエランティスも、喜びよりも遠慮が勝る顔で、湖の民の葬儀屋を見ていた。アゴーニが椿屋の兄姉妹(きょうだい)にニヤリと笑う。

 「あぁ。ついでだ。後で美味いパン焼いてくれよ」

 「はい! 喜んで!」


 アゴーニが同族に向き直る。

 「薬師(くすし)さんよぉ、こんなご時世だ。念の為に男手もあった方がいい。兄ちゃんの代わりに父ちゃん連れてってやんな」

 「……そうですね。来ていただけたら、私、順番待ちの間、別の用事をしに行けるんで、助かります」 

 「こちらこそ、ありがとうございます」

 「アウェッラーナさん、アマナと父をお願いします」

 話がまとまり、急いで朝食の後片付けをした。



 父とアマナは薬師アウェッラーナ、レノは葬儀屋アゴーニに連れられて、王都ラクリマリスへ【跳躍】した。

 ポスターの回収は、DJレーフ、ソルニャーク隊長、少年兵モーフの三人と、クルィーロが単独で行く。メドヴェージ、ピナティフィダ、エランティス、ジョールチは留守番だ。


 クルィーロは、ズボンのポケットに【魔力の水晶】の小袋を詰めて【跳躍】した。

 回数を重ねる内に呪文を唱えるのには慣れてきたが、まだ、見えないくらい遠い所へは跳べそうもない。湖を越え、遙か王都ラクリマリスまで「ちょっと行ってきます」などと、気軽に一跳びできる彼らを改めて尊敬した。



 「ご協力、ありがとうございました」

 「いやいや、こちらこそ、お陰で色々わかってよかったよ。局員さんにもよろしく言っといてくれ」

 クルィーロが、乾物屋の店主に声を掛けてポスターを剥がしていると、客のおばさんが話に入ってきた。

 「次はいつ放送すんの? 病院の情報はないの?」

 「えっ? さぁ……? 俺、ポスター貼るの手伝っただけなんで、ちょっと……あ、でも、移動放送って言ってたから、場所変えて、どっか他所でやるかもしれませんけど……」

 「そう、わからないの……」

 肩を落とすおばさんに、さっき聞いた病院の件を言うと、更に暗い顔になった。

 「知ってるわ。だから他に【白き片翼】か【飛翔する(フクロウ)】の呪医(せんせい)が居るとこ、教えて欲しいのよ」

 「すみません。俺も知らないんです」

 「あぁ、別にあんたを責めてるワケじゃないのよ。戦争がいつ終わるかわかんないなら、せめて、暮らしの役に立つことをもっと流して欲しいじゃない。局員さんに伝えてくれない?」

 「一応、お伝えしますけど……地元のラジオでやってないんですか?」

 クルィーロは意外に思った。

 それこそ、地元の報道機関の方が、日頃の付き合いもあり、きめ細かく情報収集した上で報道できそうなものだ。


 「それがねぇ……スポンサーが減ったとかで、番組が減って、放送の時間が短くなっちゃって」

 「民放だけじゃなくって、国営も、職員が避難して人手不足だからって、似たようなモンでな」

 他の客たちも食いついて来た。


 乾物屋の店内に残る商品は、アウェッラーナが言った通り、油と調味料の(たぐい)しかない。それでも、生鮮食品の店程ではないにせよ、ここも客が多かった。


 ……放送局は調査報道できる人材が足りなくなってんのか。でも、病院から直接、情報提供してくれ…………ないな。ダメだ。やべぇ。


 こんな状況で「呪医(じゅい)が居る病院」を放送で紹介すれば、ドーシチ市で薬師(くすし)アウェッラーナの存在を知られた時のような大混乱が起きるかもしれない。

 アウェッラーナ自身、用心して徽章(きしょう)を隠しているくらいだ。迂闊なことは報道できないだろう。


 「新聞は新聞で、紙が足りなくてページが減ってるからなぁ」

 クルィーロは、客たちの溜め息に送り出され、乾物屋を後にした。



 服屋でも似たようなぼやきを聞かされた。

 「でも、久し振りに体操のあれ聞けて、よかったわぁ」

 手編みの手袋やマフラーを売りに来た老婆が、遠い昔を見るような眼差しで懐かしむ。店主も編み物の手を止め、口許を(ほころ)ばせた。

 「そうそう。私もあれで思い出して、店が終わってから体操したのよ。やっぱり身体動かすといいわね。肩凝りが楽になったわ」

 「あの歌みたいに、早く平和になってくれりゃ、言うコトないんだけどねぇ」



 クルィーロは、剥がしたポスターと一緒に臨時放送の感想や要望も持ち帰った。

 ソルニャーク隊長たちは先に戻っていたが、アマナたちはまだだ。


 ……日暮れまで、まだもうちょっと時間あるけど、今日中に戻って来れるのかな?


 「クルィーロ君の方は、どうでした?」

 国営放送のジョールチアナウンサーに促され、街の反応を語った。



挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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