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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十九章 民衆

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787.情報機器訓練

 魔装兵ルベルは、トレンチコートを纏い、初めて袖を通した冬物の厚さに何とも言えない胸苦しさを覚えた。

 どの服も生地が二重になっており、外からは呪文や呪印が見えない。

 荷物は小さな背負い袋がひとつとウェストポーチ。他は全て現地調達を言い渡された。


 この作戦に同行する情報部少尉は、慣れた手つきで薄い板を撫でていた。

 ルベルにも、同じ物が支給されている。トレンチコートの内ポケットから取り出し、教えられた手順で起動した。間違いなく、小さな絵が幾つも並ぶ「ホーム画面」が現れる。


 「ラズートチク少尉、何を見てらっしゃるんですか?」

 少尉は、暗い金髪にも明るい茶髪にも見える前髪を掻き上げ、赤毛のルベルにタブレット端末の画面を向けた。


 「地図……ですか?」

 「あぁ。そこの、カルダフストヴォー市だ。潜伏先はその地下街チェルノクニージニク」

 「ラズートチク少尉、協力者は地下街の住人なんですね?」

 「地上と地下、両方だ。それよりルベル、ここで情報収集する間、これの使い方をしっかり身につけろよ」



 ラズートチク少尉は今朝、魔装兵ルベルを【跳躍】でランテルナ島南西部の廃港に運んだ。

 岸壁や荷揚げ施設は、半世紀の内乱中に破壊されたままだが、新しいコンクリ造りの小屋があり、屋根には見たことのない形のアンテナが立っていた。


 「近くにこの形のアンテナがあれば、インターネットに接続できる。建物の中や地下街でも、無線で繋がる所がある。接続時の注意点を言ってみろ」

 「はい。画面隅のアンテナ表示の本数を確認。無線LANは、暗号化の有無を確認し、暗号の鍵が掛かっているところでのみ接続する。えーっと、野良LANには触らないこと……です」


 ランテルナ島到着後、半日掛かりで教え込まれたことを復唱する。

 魔装兵ルベルとラズートチク少尉は、朝からずっと屋根が落ちた廃墟に居る。風化が進んだコンクリ塊に腰を下ろし、ルベルは小さな画面に悪戦苦闘していた。


 「よし。では、端末使用に於ける禁止事項と注意点は?」

 「電話、メール、その他の連絡機能は、通信傍受回避の為、絶対に使用しない。連絡は【花の耳】で行うこと。ブラウザ使用時は、広告の類に接触しないこと。いきなり表示される小さな窓は何もせずに閉じること。電力の残量に注意を払い、なくなる前に充電すること」

 「違う。充電できる状況下では、その都度、必ず充電する……だ」

 「すみません」

 ルベルが大きな身体を小さくして謝ると、魔装兵より一回り小さい情報部少尉は淡々と説明を続けた。

 「作戦行動中、いつでも充電できると思うな。飲食店などが解放しているコンセントは積極的に活用しろ」

 「は、はい!」


 魔装兵ルベルがラズートチク少尉の言葉を復唱し、(にわか)仕込みのインターネットリテラシー教育が進められる。



 昼食を挟んで更に数時間、みっちり教え込まれ、頭の中が飽和状態になる頃には、日が傾きつつあった。

 「この携帯用充電器付属の充電池は、【魔力の水晶】のようなものだ。空になっても繰り返し充電できる。端末だけでなく、これの充電も(おこた)るなよ」


 ラズートチク少尉がようやく腰を上げ、ルベルの手首を掴んで【跳躍】した。



 風景が一変し、目の前に古びた石畳に囲まれた畑が広がった。その向こうには、カルダフストヴォー市の巨大な防壁が(そび)える。ラキュス湖から吹きつける風に枯れ草がそよぎ、何も植わっていない(うね)の土が少し崩れた。


 「ルベル、市街地での注意事項は?」

 「アーテル本土の街は、到る所に機械の目があり、住民や通行人は常に監視されている。従って、市街地での魔法の使用は禁止。やむを得ない場合は、トイレの個室内など、監視が禁止されている場所へ移動すること」

 「お前が単独で市街地に侵入する事態にならぬよう、配慮はするが、不測の事態と言うこともある。くれぐれも、魔法使いであることが露見せぬようにな」

 「はい!」


 勿論(もちろん)、【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派の徽章(きしょう)は、服の中に隠してある。

 ラズートチク少尉は【(いつわ)郭公(カッコウ)】学派だそうだが、徽章は確認していない。本当にそうだとすれば、陸軍情報部少尉のこの顔は、素顔ではないのだろう。

 これと言って特徴のない中肉中背の中年男性は、顔の印象も薄い。ルベルは丸一日一緒に居たが、覚えられた気がしなかった。


 「カルダフストヴォーとチェルノクニージニクにも監視カメラはあるが、ここの住民が自らアーテル軍に情報提供することはない」

 「但し、通信傍受などで軍が無断で情報を得ることもある……ですね?」

 「そうだ。力ある民の自治区だからと言って、気を抜くなよ」



 二人は西門をくぐり、防壁内に足を踏み入れた。

 カルダフストヴォー市と地下街チェルノクニージニクは、大昔の腥風樹(せいふうじゅ)の繁殖と、半世紀の内乱から守り抜かれた古い街だ。ルベルには、ネモラリスの首都クレーヴェルよりも都会に見えた。

 地味で目立たない少尉を見失わないよう、夕暮れの雑踏を小走りについて行く。



 地下街チェルノクニージニクに降り、ラズートチク少尉は迷いのない足取りで、美味そうな匂いを漂わせる定食屋の扉をくぐった。

 中央に立派な獅子像が据えられ、その周囲にテーブルが配されている。壁際にはカウンター席もあり、ほぼ埋まっていた。品のいいエプロンドレス姿の給仕たちが、客席の間を忙しく行き交う。

 店の空気は、昼に堅パンを食べただけの身には刺激が強かった。二人掛けの席に着くなり、盛大に腹が鳴る。


 ルベルは恥ずかしさを誤魔化そうと、質問した。

 「ここが……?」

 「いや。オムレツが旨いと評判の店だ。どれ、旨いメシ屋のみつけ方を教えてやろう」

 小さく手招きされ、ルベルはテーブルに身を乗り出した。


 料理を待つ間、飲食店の口コミサイトを見せられ、今日習ったばかりのことを実地におさらいする。


 サイトのコンテンツと広告の見分け方、一般の客が好き勝手に提供した情報の信用度の測り方、写真が投稿者自身の撮影か、プロが撮影したものの無断借用なのかの見極め方、地図の表示方法、現在地の確認方法、情報の鮮度。

 魔装兵ルベルは、情報の洪水に目眩(めまい)がした。


 ……科学文明国じゃ、子供でもこんな膨大な情報を扱うのか。


 あの日、アル・ジャディ将軍が語った「情報戦の敗北」が意味することを改めて噛みしめた。


 挿絵(By みてみん)

☆大昔の腥風樹の繁殖……「382.腥風樹の被害」参照

☆あの日、アル・ジャディ将軍が語った「情報戦の敗北」……「410.ネットの普及」「411.情報戦の敗北」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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