784.レコード二枚
みっつ目の避難所も収穫なしだった。
アウェッラーナは、公園の隅の植え込みに囲まれた【跳躍】許可地点に入り、何も言わずにモーフの手を握る。
何と声を掛けたものかわからず、少年兵モーフは黙って握り返した。
……薬師のねーちゃんは、あの【水晶】がなくても、ヒト一人くらい連れて跳べるんだな。
改めて、クルィーロとの力の差を思う。
葬儀屋のおっさんも、モーフを無理矢理連れて跳んだ。
運び屋フィアールカは、それが商売になるくらい魔力が強く、移動販売店プラエテルミッサのみんなを連れて一度に跳んだ。
……あの運び屋には、逆らっちゃダメだ。
わかりやすいモノサシに気付いて、モーフは身震いした。
「この辺りは、仮設住宅を建ててる最中で、まだ入居してないの」
アウェッラーナは、東地区の【跳躍】許可地点に移動するなり、独り言のように言った。
「どこに貼りゃいいんだ?」
「許可がもらえたら、神殿の掲示板と、お店の入口と、町内会の掲示板」
「ムリだったら?」
「その時は電柱ね」
ポスターを貼るついでに、ピナたちの母とアウェッラーナの身内のことを聞いて回る。
こちらの神殿は、掲示板がいっぱいで聞くのを諦め、何軒かの店に貼らせてもらえた。町内会の掲示板には空きがあったが、管理者がわからなかったので、これも諦める。
「首都のFM局が、こっちに引越してくるのかい?」
「移動放送車で臨時放送するだけで、ずっと居るワケじゃないそうなんです」
本屋のおじさんに聞かれ、アウェッラーナが、お駄賃目当てで手伝う中学生のフリをした。半世紀の内乱中に生まれた薬師は、ソルニャーク隊長より年上だが、長命人種なので中学生のピナと同じくらいに見える。
「ふうん。これもお嬢ちゃんが書いたのかい?」
「他の子が、FMクレーヴェルの人と一緒に書きました」
喋り方の雰囲気を変えるだけで、子供になれる。その方が怪しまれず、子供に甘い大人が頼みを聞いてくれるからだろうが、モーフは関心すると同時にこの魔女が空恐ろしくもなった。
残ったポスターは門の近くの電柱に貼る。
ガムテープでもコンクリートに貼れるのを知り、モーフはひとつ賢くなった気分でウーガリ古道の休憩所に引き揚げた。
夕飯を食べながら、それぞれの首尾を報告する。
「ポスター貼りながら、パン屋さんと漁師さんのことも聞いてみたけど、知ってる人、みつからなかったよ……力になれなくてゴメンな」
「い、いえ、手伝って下さって、ありがとうございます」
「この辺、食べ物全然足りてないっぽいんで、ひょっとしたらもっと東……リャビーナの方まで行ってるかもしれませんし……」
DJレーフの申し訳なさそうな声に、薬師のねーちゃんは泣きそうな顔で礼を言い、ピナの兄は自分に言い聞かせるように言った。
明日の昼十二時の放送までにどのくらいの人が、ピナのポスターを見て、ラジオを聞いてくれるかわからない。
着の身着のままで逃げてきた人たちは、ラジオを持っていないだろう。誰か近所の人が聞かせてくれるだろうか。何軒かの店は、ラジオを点けっぱなしにしていた。少なくとも、客は聞くだろう。
「みなさん、ご協力ありがとうございます」
国営放送アナウンサーのジョールチが、深々と頭を下げる。
FMクレーヴェルのDJレーフがみんなを見回して聞いた。
「レコードがあるって言ってたよね? 放送に使わせてもらえないかな?」
「元々俺たちのじゃなくて、国営放送の支局のなんで、どうぞどうぞ」
レコードがぎっしり詰まった部屋から持ち出してきたクルィーロが、少しバツの悪そうな顔で答えた。
「レコードは二枚あります。国民健康体操と、天気予報の曲」
「体操と『この大空をみつめて』……? どっちもちょっと使い難い曲だな」
DJレーフが渋い顔をする。
少年兵モーフは思わず言った。
「天気予報の裏は、別のが入ってるぞ」
「ん? あぁ、そう言えば、何か言ってたね」
クルィーロが表情を引き締め、国営放送のジョールチに聞く。
「ラキュス・ラクリマリス共和制移行百周年記念の歌『すべて ひとしい ひとつ花』です。ニプトラ・ネウマエさんが歌う予定だったんですけど、半世紀の内乱が起きて、作詞が途中になって未完の曲……ご存知ありませんか?」
「いえ……そんな曲がゼルノー支局に保管されていたんですか?」
「あの絵本で続き考えてくれっつってた奴だよ」
逸早く食べ終えて、モーフはトラックの荷台に上がった。奥のドアノブに【灯】が灯され、薄明るい。ピナの声が聞こえる。
「クーデターが起きて途中になっちゃったんですけど、アミエーラさん……ニプトラさんの親戚とニプトラさんと、リャビーナの歌手が、ラジオで一緒に歌ってました」
「公園で会ったおっきいお兄さんが、山の村のお歌だって言ってたの」
ピナの妹が言うと、アマナが「歌詞あるよ」と言って荷台に上がってきた。
二人で降りて、絵本とレコード、歌詞を書いたノートを放送局の二人に渡す。
「モーフ兄ちゃん、この絵本どうしたの?」
「レーチカの本屋で買ってもらったんだ。中身はフラクシヌス教の神話だけど、題名が……」
「あッ! ホント!」
アマナが声を上げ、アナウンサーの手許に釘付けになる。
パドールリクが苦笑した。
「アマナ、見せてもらうのは、ご飯の後だぞ」
「う……うん。公園のお兄さんが言ってた通りで、ちょっとびっくりしただけ」
「公園のお兄さん?」
アマナは首都クレーヴェルの港公園で、大男二人組と出会い、山奥の村に伝わる歌を教えてもらったと語った。
ジョールチの隣でノートを覗くレーフが誰にともなく聞く。
「これの元歌が、山奥の村に伝わる古い歌ってコト?」
「そうみたいです。アミエーラさんたちに会えれば、歌詞全体が分かるかもしれませんけど、今は難民キャンプに居るそうなので……」
アウェッラーナが言葉を濁す。
「ニプトラさんも?」
「ニプトラさんは……どうでしょう? 王都で難民支援の活動をなさってるかもしれませんけど、どこに居るかは……」
「行ってみないとわかんないかー……この為だけにわざわざ行くのもなぁ」
レーフが金髪の頭をくしゃくしゃ掻いた。
アマナがジョールチの隣へ行き、レーフの反対側からノートをめくる。
「私たち、体操の曲に詩を書いて、みんなで歌ってたの」
「天気予報の曲にはパンの詩を付けて、このトラックで行商してた時の客寄せに歌ってたんです」
ピナの兄が、移動販売店プラエテルミッサの店長として言うと、放送局の二人は聴きたがった。
「じゃあ、ご飯終わったら、みんなで歌おうね」
「父さん、知らないんだけどな……」
「ラジオのおじさんたちと聴いててくれていいよ」
クルィーロが、父と妹の遣り取りに苦笑いする。モーフはその横顔に街で気になったことを聞いてみた。
☆葬儀屋のおっさんも、モーフを無理矢理連れて跳んだ……「711.門外から窺う」参照
☆移動販売店プラエテルミッサのみんなを連れて一度に跳んだ……「534.女神のご加護」参照
☆レコードがぎっしり詰まった部屋から持ち出してきた……「114.ビルの探索へ」「115.昔の音の部屋」参照
☆あの絵本で続き考えてくれっつってた奴/レーチカの本屋で買ってもらった……「647.初めての本屋」「659.広場での昼食」「671.読み聞かせる」「672.南の国の古語」参照
☆クーデターが起きて途中になっちゃった……「599.政権奪取勃発」~「601.解放軍の声明」参照
☆公園で会ったおっきいお兄さんが、山の村のお歌だって言ってた/公園のお兄さんが言ってた……「577.別の詞で歌う」~「579.湖の女神の名」参照




