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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十九章 民衆

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784.レコード二枚

 みっつ目の避難所も収穫なしだった。

 アウェッラーナは、公園の隅の植え込みに囲まれた【跳躍】許可地点に入り、何も言わずにモーフの手を握る。

 何と声を掛けたものかわからず、少年兵モーフは黙って握り返した。


 ……薬師(くすし)のねーちゃんは、あの【水晶】がなくても、ヒト一人くらい連れて跳べるんだな。


 改めて、クルィーロとの力の差を思う。

 葬儀屋のおっさんも、モーフを無理矢理連れて跳んだ。

 運び屋フィアールカは、それが商売になるくらい魔力が強く、移動販売店プラエテルミッサのみんなを連れて一度に跳んだ。


 ……あの運び屋には、逆らっちゃダメだ。


 わかりやすいモノサシに気付いて、モーフは身震いした。



 「この辺りは、仮設住宅を建ててる最中で、まだ入居してないの」

 アウェッラーナは、東地区の【跳躍】許可地点に移動するなり、独り言のように言った。


 「どこに貼りゃいいんだ?」

 「許可がもらえたら、神殿の掲示板と、お店の入口と、町内会の掲示板」

 「ムリだったら?」

 「その時は電柱ね」


 ポスターを貼るついでに、ピナたちの母とアウェッラーナの身内のことを聞いて回る。

 こちらの神殿は、掲示板がいっぱいで聞くのを諦め、何軒かの店に貼らせてもらえた。町内会の掲示板には空きがあったが、管理者がわからなかったので、これも諦める。


 「首都のFM局が、こっちに引越してくるのかい?」

 「移動放送車で臨時放送するだけで、ずっと居るワケじゃないそうなんです」


 本屋のおじさんに聞かれ、アウェッラーナが、お駄賃目当てで手伝う中学生のフリをした。半世紀の内乱中に生まれた薬師(くすし)は、ソルニャーク隊長より年上だが、長命人種なので中学生のピナと同じくらいに見える。


 「ふうん。これもお嬢ちゃんが書いたのかい?」

 「他の子が、FMクレーヴェルの人と一緒に書きました」


 喋り方の雰囲気を変えるだけで、子供になれる。その方が怪しまれず、子供に甘い大人が頼みを聞いてくれるからだろうが、モーフは関心すると同時にこの魔女が空恐ろしくもなった。



 残ったポスターは門の近くの電柱に貼る。

 ガムテープでもコンクリートに貼れるのを知り、モーフはひとつ賢くなった気分でウーガリ古道の休憩所に引き揚げた。



 夕飯を食べながら、それぞれの首尾を報告する。

 「ポスター貼りながら、パン屋さんと漁師さんのことも聞いてみたけど、知ってる人、みつからなかったよ……力になれなくてゴメンな」

 「い、いえ、手伝って下さって、ありがとうございます」

 「この辺、食べ物全然足りてないっぽいんで、ひょっとしたらもっと東……リャビーナの方まで行ってるかもしれませんし……」

 DJレーフの申し訳なさそうな声に、薬師(くすし)のねーちゃんは泣きそうな顔で礼を言い、ピナの兄は自分に言い聞かせるように言った。


 明日の昼十二時の放送までにどのくらいの人が、ピナのポスターを見て、ラジオを聞いてくれるかわからない。

 着の身着のままで逃げてきた人たちは、ラジオを持っていないだろう。誰か近所の人が聞かせてくれるだろうか。何軒かの店は、ラジオを点けっぱなしにしていた。少なくとも、客は聞くだろう。


 「みなさん、ご協力ありがとうございます」

 国営放送アナウンサーのジョールチが、深々と頭を下げる。


 FMクレーヴェルのDJレーフがみんなを見回して聞いた。

 「レコードがあるって言ってたよね? 放送に使わせてもらえないかな?」

 「元々俺たちのじゃなくて、国営放送の支局のなんで、どうぞどうぞ」

 レコードがぎっしり詰まった部屋から持ち出してきたクルィーロが、少しバツの悪そうな顔で答えた。

 「レコードは二枚あります。国民健康体操と、天気予報の曲」

 「体操と『この大空をみつめて』……? どっちもちょっと使い難い曲だな」

 DJレーフが渋い顔をする。


 少年兵モーフは思わず言った。

 「天気予報の裏は、別のが入ってるぞ」

 「ん? あぁ、そう言えば、何か言ってたね」

 クルィーロが表情を引き締め、国営放送のジョールチに聞く。

 「ラキュス・ラクリマリス共和制移行百周年記念の歌『すべて ひとしい ひとつ花』です。ニプトラ・ネウマエさんが歌う予定だったんですけど、半世紀の内乱が起きて、作詞が途中になって未完の曲……ご存知ありませんか?」

 「いえ……そんな曲がゼルノー支局に保管されていたんですか?」

 「あの絵本で続き考えてくれっつってた奴だよ」


 逸早(いちはや)く食べ終えて、モーフはトラックの荷台に上がった。奥のドアノブに【灯】が灯され、薄明るい。ピナの声が聞こえる。


 「クーデターが起きて途中になっちゃったんですけど、アミエーラさん……ニプトラさんの親戚とニプトラさんと、リャビーナの歌手が、ラジオで一緒に歌ってました」

 「公園で会ったおっきいお兄さんが、山の村のお歌だって言ってたの」

 ピナの妹が言うと、アマナが「歌詞あるよ」と言って荷台に上がってきた。



 二人で降りて、絵本とレコード、歌詞を書いたノートを放送局の二人に渡す。

 「モーフ兄ちゃん、この絵本どうしたの?」

 「レーチカの本屋で買ってもらったんだ。中身はフラクシヌス教の神話だけど、題名が……」

 「あッ! ホント!」

 アマナが声を上げ、アナウンサーの手許に釘付けになる。


 パドールリクが苦笑した。

 「アマナ、見せてもらうのは、ご飯の後だぞ」

 「う……うん。公園のお兄さんが言ってた通りで、ちょっとびっくりしただけ」

 「公園のお兄さん?」


 アマナは首都クレーヴェルの港公園で、大男二人組と出会い、山奥の村に伝わる歌を教えてもらったと語った。


 ジョールチの隣でノートを覗くレーフが誰にともなく聞く。

 「これの元歌が、山奥の村に伝わる古い歌ってコト?」

 「そうみたいです。アミエーラさんたちに会えれば、歌詞全体が分かるかもしれませんけど、今は難民キャンプに居るそうなので……」

 アウェッラーナが言葉を濁す。


 「ニプトラさんも?」

 「ニプトラさんは……どうでしょう? 王都で難民支援の活動をなさってるかもしれませんけど、どこに居るかは……」

 「行ってみないとわかんないかー……この為だけにわざわざ行くのもなぁ」

 レーフが金髪の頭をくしゃくしゃ掻いた。


 アマナがジョールチの隣へ行き、レーフの反対側からノートをめくる。

 「私たち、体操の曲に詩を書いて、みんなで歌ってたの」

 「天気予報の曲にはパンの詩を付けて、このトラックで行商してた時の客寄せに歌ってたんです」

 ピナの兄が、移動販売店プラエテルミッサの店長として言うと、放送局の二人は聴きたがった。


 「じゃあ、ご飯終わったら、みんなで歌おうね」

 「父さん、知らないんだけどな……」

 「ラジオのおじさんたちと聴いててくれていいよ」

 クルィーロが、父と妹の遣り取りに苦笑いする。モーフはその横顔に街で気になったことを聞いてみた。

☆葬儀屋のおっさんも、モーフを無理矢理連れて跳んだ……「711.門外から窺う」参照

☆移動販売店プラエテルミッサのみんなを連れて一度に跳んだ……「534.女神のご加護」参照

☆レコードがぎっしり詰まった部屋から持ち出してきた……「114.ビルの探索へ」「115.昔の音の部屋」参照

☆あの絵本で続き考えてくれっつってた奴/レーチカの本屋で買ってもらった……「647.初めての本屋」「659.広場での昼食」「671.読み聞かせる」「672.南の国の古語」参照

☆クーデターが起きて途中になっちゃった……「599.政権奪取勃発」~「601.解放軍の声明」参照

☆公園で会ったおっきいお兄さんが、山の村のお歌だって言ってた/公園のお兄さんが言ってた……「577.別の詞で歌う」~「579.湖の女神の名」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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