0080.針子の取り分
アミエーラは、ポケットの部品を組み立てて、補強材を縫いつけた。装飾も兼ねるのか、縁取りを終えたポケットは、地味な色ながらも可愛らしく見える。
リュックサック外側の右左にひとつずつ、背面に並んだふたつ、内側にひとつ。続いて蓋を作る。本体の大きい蓋と、外側のポケット四つ分だ。
それぞれにボタン穴を開け、ボタンをつける。
ズボンやスカート、上着などの内側につける薄いポケットなら、作った経験がある。それらは多少失敗しても誤魔化しがきくが、今回は外側のポケットだ。
アミエーラは普段以上に気を遣い、慎重にミシンのペダルを踏む。
閉店の札が掛かっているので、勿論、客は来ないが、店長を個人的に訪ねる人も来なかった。
アミエーラの父も来ない。
父を捜しに行きたくなったが、どこへ行けば会えるか見当もつかない。店長の言う通り、父が捜しに来てくれるまで、ここで待つしかないのだろう。
肩に掛けるベルトは二本。肩に当たる部分は、中に綿を詰める。
ふわふわした綿。
火事の煙。
避難の雑踏。
燃える街。
今、目の前で起きたかのように記憶が鮮明に駆け巡る。
目は、作業台の綿と肩ベルトの布を見ているのに、頭の中はあの禍の光景で埋め尽くされる。
悲しい訳でもないのに涙が溢れて止まらない。頬を伝い、胸を濡らす。
身体が硬直し、涙を拭うこともできなかった。
どのくらいそんな状態だったのか、不意に心が静かになった。
アミエーラは袖で顔を拭って作業を再開した。
細かい部品が全てでき上がり、足りない物がないか確認する。
本体にポケットなどを縫いつける最中に店長が戻って来た。
「ただいま。特に変わったことはなかった?」
「おかえりなさい。誰も来ませんでした」
店長は、立って出迎えるアミエーラに静かな微笑を返した。荷物を受け取ると、ずっしり重い。
「お台所へ運んでちょうだい」
店長が食卓で荷解きする。
大きな鞄の中身は、全て水と食糧だ。飲料水の小瓶が四本。缶詰十個、堅パン十パック、チーズ一塊、乾物の野菜一袋と、塩の小袋もある。
「初めてなのに、いい調子で進んでるわね。今日中にできそう?」
「多分、大丈夫です。お急ぎですか?」
「なるべく早い方がいいけれど、あんまり急いで怪我するといけないから、気持ちはゆっくりね」
アミエーラが了解すると、店長は鞄を畳みながら言った。
「これは戸棚に片付けなくていいから、このままにしてちょうだい」
二人で昼食の準備をし、保存食を積んだままの食卓で食べる。
食後のお茶を飲みながら、店長が何でもないことのように話を切り出した。
「アーテル軍が、空襲してるそうよ」
「……空襲……ですか?」
アミエーラは言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。
理解した瞬間、動悸が激しくなる。
どこが……と問いを発する前に、店長が説明した。
「昨日の午後から夕方は、このネーニア島の自治区以外の地域。今日はネモラリス島が攻撃されてるそうよ」
あまりにも事態が大きく、そして重い。
アミエーラは、話の大きさについて行けず、無言で店長を見た。
老いた店長がカップを置き、食卓に積んだ保存食に目を向ける。
「それでね、あなたにも一応、心づもりだけしてもらおうと思ってね」
アミエーラは機械的に頷いた。
店長の言葉が右から左へ抜けてゆく。心が理解を拒むのかもしれない。
「これ、あなたの分だから、遠慮なくとっといてね」
☆昨日の午後から夕方は、このネーニア島の自治区以外の地域……「0056.最終バスの客」~「0058.敵と味方の塊」参照
☆アーテル軍が、空襲してる/今日はネモラリス島が攻撃されてる……「077.寒さをしのぐ」「078.ラジオの報道」参照




