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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日

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0080.針子の取り分

 アミエーラは、ポケットの部品を組み立てて、補強材を縫いつけた。装飾も兼ねるのか、縁取りを終えたポケットは、地味な色ながらも可愛らしく見える。

 リュックサック外側の右左にひとつずつ、背面に並んだふたつ、内側にひとつ。続いて蓋を作る。本体の大きい蓋と、外側のポケット四つ分だ。

 それぞれにボタン穴を開け、ボタンをつける。

 ズボンやスカート、上着などの内側につける薄いポケットなら、作った経験がある。それらは多少失敗しても誤魔化しがきくが、今回は外側のポケットだ。

 アミエーラは普段以上に気を遣い、慎重にミシンのペダルを踏む。


 閉店の札が掛かっているので、勿論(もちろん)、客は来ないが、店長を個人的に訪ねる人も来なかった。

 アミエーラの父も来ない。

 父を捜しに行きたくなったが、どこへ行けば会えるか見当もつかない。店長の言う通り、父が捜しに来てくれるまで、ここで待つしかないのだろう。


 肩に掛けるベルトは二本。肩に当たる部分は、中に綿を詰める。

 ふわふわした綿。

 火事の煙。

 避難の雑踏。

 燃える街。

 今、目の前で起きたかのように記憶が鮮明に駆け巡る。


 目は、作業台の綿と肩ベルトの布を見ているのに、頭の中はあの(わざわい)の光景で埋め尽くされる。

 悲しい訳でもないのに涙が溢れて止まらない。頬を伝い、胸を濡らす。

 身体が硬直し、涙を(ぬぐ)うこともできなかった。



 どのくらいそんな状態だったのか、不意に心が静かになった。

 アミエーラは(そで)で顔を拭って作業を再開した。

 細かい部品が全てでき上がり、足りない物がないか確認する。



 本体にポケットなどを縫いつける最中に店長が戻って来た。

 「ただいま。特に変わったことはなかった?」

 「おかえりなさい。誰も来ませんでした」

 店長は、立って出迎えるアミエーラに静かな微笑を返した。荷物を受け取ると、ずっしり重い。

 「お台所へ運んでちょうだい」



 店長が食卓で荷解(にほど)きする。

 大きな鞄の中身は、全て水と食糧だ。飲料水の小瓶が四本。缶詰十個、堅パン十パック、チーズ一塊、乾物の野菜一袋と、塩の小袋もある。


 「初めてなのに、いい調子で進んでるわね。今日中にできそう?」

 「多分、大丈夫です。お急ぎですか?」

 「なるべく早い方がいいけれど、あんまり急いで怪我するといけないから、気持ちはゆっくりね」

 アミエーラが了解すると、店長は鞄を畳みながら言った。

 「これは戸棚に片付けなくていいから、このままにしてちょうだい」


 二人で昼食の準備をし、保存食を積んだままの食卓で食べる。


 食後のお茶を飲みながら、店長が何でもないことのように話を切り出した。

 「アーテル軍が、空襲してるそうよ」

 「……空襲……ですか?」

 アミエーラは言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。

 理解した瞬間、動悸が激しくなる。


 どこが……と問いを発する前に、店長が説明した。

 「昨日の午後から夕方は、このネーニア島の自治区以外の地域。今日はネモラリス島が攻撃されてるそうよ」

 あまりにも事態が大きく、そして重い。


 アミエーラは、話の大きさについて行けず、無言で店長を見た。

 老いた店長がカップを置き、食卓に積んだ保存食に目を向ける。


 「それでね、あなたにも一応、心づもりだけしてもらおうと思ってね」

 アミエーラは機械的に(うなず)いた。

 店長の言葉が右から左へ抜けてゆく。心が理解を拒むのかもしれない。

 「これ、あなたの分だから、遠慮なくとっといてね」

☆昨日の午後から夕方は、このネーニア島の自治区以外の地域……「0056.最終バスの客」~「0058.敵と味方の塊」参照

☆アーテル軍が、空襲してる/今日はネモラリス島が攻撃されてる……「077.寒さをしのぐ」「078.ラジオの報道」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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