779.ギアツィント
ギアツィント行きの初日、魔法使い三人は疲れ切って帰ってきた。
夕飯の少し前だが、三人共、お昼を食べ損なったと言う。
「いやもう、どこもいっぱいでさ。お惣菜屋さんでコロッケでも買おうと思ったんだけど、品薄だし無茶苦茶高いしで、ダメだったよ」
DJレーフがドライフルーツを齧りながら肩を竦める。
葬儀屋アゴーニが頷いて、口の中身を飲み下した。
「塩で食わせてくれる店は一軒もなかった」
「びっくりするくらい物価が上がってて、特にガソリンと食べ物とお薬……咳止めを三包みだけ持って行ったんですけど、二包みでオリーブ油の大瓶一本、一包みで鎮花茶がこんなに……」
「お姉ちゃん、ご飯は?」
アマナが首を傾げる。
アウェッラーナは、ふたつ目のドライフルーツを手に取って答えた。用心の為、薬師の証【思考する梟】の徽章を襟の中に隠している。
「私が行った地区は、ご飯屋さんが売切れで閉まってて、やっと開いてるとこ見つけたけど、乾物屋さんだったのよ」
「堅パンとか、なかったの?」
「すぐ食べられるのはみんな売切れで、取敢えず、傷薬の材料とお茶だけ買ってきたの」
「そんな大変なの……お父さん、明日はお弁当忘れないで持ってかないとね」
アマナとクルィーロが父を心配そうに見る。
パドールリクは眉を下げて言った。
「堅パンを一食分と水、それと、情報料として何か手土産を持って行きたいのですが……」
「じゃあ、芋、持ってけ」
アゴーニの申し出に恐縮すると、葬儀屋は笑った。
「今の時期は食える草もねぇしな。遠慮しねぇで持ってけ」
「途中の村で、塩か何かと食糧を交換してもらえないものでしょうか?」
それには、DJレーフが首を振った。
「街の近所の村は、大勢が食べ物を分けてもらいに行ってましたよ。足下見られんのがオチですよ」
「こんな状態ですし、村の食べ物だって足りてるかどうか……」
薬師アウェッラーナも顔を曇らせる。
パドールリクが申し出を有難く受け、クルィーロとジョールチがホッとした。
レノも、母の行方を尋ね歩くのに情報料を持って行った方がよさそうな気もしたが、行く先々で配り歩くワケにはゆかないことに気付き、何も言わないでおいた。
二日目の朝食後、レノは薬師アウェッラーナに連れて行ってもらった。ギアツィント市の東門までは、葬儀屋アゴーニとパドールリク、DJレーフとソルニャーク隊長も一緒だ。
アウェッラーナは昨日と同じ用心をして、徽章を服の中に隠している。
レーチカ方面からギアツィント市に繋がる四車線の国道は上下線とも下り……西行きの車でいっぱいだった。
市内から東へ出られないが、車はどんどん西へ流れる。
「レーチカで王都行きの船に乗るんじゃないのか?」
DJレーフが一方向に流れる車に首を傾げる。
「昨日はこうじゃなかったんですか?」
「いや、昨日もそうだったぞ」
レノが聞くと、葬儀屋アゴーニが答え、レーフが赤くなった。
「昨日は場所覚えんのに必死で、ヘンに思うヒマもなかったんだ」
ソルニャーク隊長が市内へ歩きながら言う。
「通行規制で……例えば、東門は西行きの受け入れ専用、他の門が東行き専用なのかもしれん」
「あぁ、それはありそうですね。出口は岸沿いの南門の可能性が高そうです。徒歩の人も途中の村で休ませてもらえそうですし」
パドールリクが納得したので、レノもそう言うものかと思うと同時に不安が押し寄せた。
……母さんが避難するとしたら歩きだし、湖岸沿いの道を通ってレーチカに行ってるとか?
だが、今更レーチカまで捜しに戻れない。
ギアツィントだってゼルノー市よりずっと大きな街なのだ。巨大な門に飲み込まれる車列が尽きる様子はないが、どこへ行くのか、市内に入ってもゆっくりではあるが、順調に流れていた。
「きっと、首都から逃げてきた人たちなのね」
新聞にはレーチカ市でも星の標が爆弾テロを起こしたと書いてあった。アゴーニも爆発痕を確認している。
都民だけでなく、レーチカ市民も脱出しているのだろう。
東門を入ってすぐは長い商店街だが、どの店もシャッターを下ろし、道行く人は疎らだ。
「さぁて、どこ行く?」
アゴーニが振り返る。
「私は、会社の移転先……港の倉庫街へ行きます」
「私も、身内の船を捜しに港へ」
「俺も、母さんが来てるとしてら、港かその近くの避難所か神殿だと思うんで……」
パドールリク、アウェッラーナ、レノの行き先が一致する。
「ふーん、じゃあ、俺も港の方へ行くかな」
アゴーニもレノたちについてきた。
「私は市役所の方へ行こう」
「じゃあ、ついてくよ」
ソルニャーク隊長が、歩道脇の案内板の前で立ち止まると、DJレーフが同意した。
東門の商店街を抜け、タイル張りの低層ビルが並ぶ通りを過ぎて南西に進むと、程なく倉庫街に出た。倉庫の間の道路を南行きの車が一定の速度で流れて行く。
「レノさん、お母さんの避難先がラクリマリスかアミトスチグマだったら、すぐわかるかもしれませんよ」
「えっ? どうしてですか?」
アウェッラーナの急な言葉に足が止まる。
「インターネットでわかるそうです」
「えぇっ?」
「一般の人は見られないけど、ラクリマリスの大きい神殿や、アミトスチグマの役所で書類を書いたら、係の人が調べてくれるそうです」
葬儀屋アゴーニが呻る。
「インターネットって奴ぁそんなコトまでできんのかい。よかったな、兄ちゃん、こっちでじっくり捜せるぞ」
「あ、でも、全部わかるワケじゃなくって、大きい神殿か難民キャンプに避難して、登録されてる人だけで、知り合いのお家とかに居る人はわからないそうです」
「いえ、全く何もないよりずっといいです。もし、キャンプに居るんなら、すぐ会えそうですし」
……ラクリマリスに居る間に教えてくれたらよかったのに。
何故、今頃になってそんなことを言うのか、鬱々と考えながらパドールリクについて行く。
アミトスチグマに行けば、そう簡単には戻れなくなる。ネモラリスでしっかり捜して、それでもみつからない場合、最後の最後に捜すことに変わりはないと考え、レノは前を向いた。
レノたちがアウェッラーナに買ってもらったのは、道路地図で、国道と市道、目印になる大きな建物しか載っていない。幼馴染の父は、通りから見える倉庫の看板や時折現れる住所表示を見ながら、会社の移転先を捜していた。
燃料不足とは言いながら、大型トラックはひっきりなしに走り、時々タンクローリーも通る。排ガスの臭いが濃い風は埃っぽく、四人はタオルやマフラーで口許を覆って歩いた。
☆レーチカ市でも星の標が爆弾テロを起こした……「777.西端の休憩所」参照
☆会社の移転先……「687.都の疑心暗鬼」参照
☆レノたちがアウェッラーナに買ってもらったのは、道路地図……「641.地図を買いに」参照




