表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十九章 民衆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

792/3505

773.活動の合言葉

 「難民キャンプでも、似たようなものだ。後から逃れてきた者たちや、ニュースなどでネミュス解放軍を知って、そちらに望みを懸ける者が増えておる」

 「そちらはどんな雰囲気ですか?」

 「スニェーグ君が今言ったものに加えて、早く魔哮砲を処分して国際社会の信用を取り戻して欲しい、と言うのも多い」

 「成程(なるほど)……支援を打ち切られたら、大変ですからね」

 「左様。今のところ、アミトスチグマ政府も、断片を捕えたラクリマリス政府も、支援を打ち切るような動きはないが、難民の急増に対応しきれず、キャンプには不安が広がっておる」


 スニェーグは、窓の外へ目を遣った。

 のっぺりした雲が広がる空は、薄暗い白一色がどこまでも続く。雪を降らせる厚い雲が涌くまで、まだ少し時間はあるのかもしれないが、急変もあり得る。


 「冬仕度の方はいかがですか?」

 「丸木小屋の建築と、薪の調達を同時進行しておるが……慣れぬ作業で怪我人が多いな」

 「呪医は……足りないんですよね?」

 スニェーグは、途中で気付いたらしく、明らかに質問を変えた。


 ラクエウス議員が肯定して付け加える。

 「科学の医療者も薬も足りん。まだ、インフルエンザなどの(やまい)は流行っておらんが、それより悪質な噂が広まっておる」

 「どんな噂ですか?」


 ラクエウス議員が、老婦人シルヴァとネモラリス憂撃隊の活動を説明すると、スニェーグは雪のように白い(こうべ)を垂れた。


 「従妹(いとこ)が、そんなことを……」

 「君のせいではないよ」

 「しかし……そうだ、別荘へ彼らの様子を見に行きます」

 「よした方がいい。彼らは以前のゲリラから様変わりしておる」

 「そうでしょうか?」

 「元のメンバーは、シルヴァさんを含めて八人……その内、呪医と葬儀屋が抜けたそうだ。“ネモラリス憂撃隊”と名乗り、前にも増して積極的に勧誘し、マスコミに声明を出した」


 スニェーグも、ラジオを聞いていたのか、沈痛な面持ちで頷く。


 「ファーキル君の話では、銃火器と魔法を組合せて、組織的な戦闘ができる武装集団になっておるらしいぞ」

 「こんなことなら、もっと彼らと話し合って、復讐をやめさせるべきでした。まさか、シルヴァがそんな……」


 スニェーグが呻く。ラクエウス議員は、紅茶から立ち昇る湯気が消えるまで黙っていた。



 ようやく顔を上げたスニェーグの目が、ラクエウス議員に(すが)る。

 「……私には、シルヴァが今、どこでどうしているのかわかりません。どうすれば、従妹(いとこ)を止められるんでしょう?」

 「ファーキル君の話では、シルヴァさんは絶望した人々に死に場所を与えておるらしい」

 「死に場所……ですか」

 スニェーグの声が揺れる。


 「シルヴァさんを直接止めるより、人々の絶望を払拭するのが近道だと思うが、どうだね?」

 「では……私にできることは……」

 白髪のピアニストが、(しわ)深い手を見詰める。鍵盤を叩く長い指が(かす)かに震えていた。



 長い沈黙の後、スニェーグがようやく言葉を絞り出した。

 「……これまでと同じ、罹災者(りさいしゃ)の支援しかない……と言うことですか?」

 沈んだ声が、床に落ちる。


 東神殿の集会棟は静かだ。

 会議室は今日、この部屋しか使われていない。もうひとつの集会棟は、ネモラリス難民に解放され、アミトスチグマ行き難民船の待機所になっていた。



 「その為に、もう少しネモラリス島の様子を教えてくれんかね?」

 「リャビーナでも罹災者が増えましたが、同時に支援者も増えました。みなさん、『今は幸せへの道が暗くても、希望の星を見失わなければ、一条の光により闇を拓き、必ず朝の光を迎えられる』を合言葉に頑張っておいでです」


 リストヴァー自治区出身の老議員は、魔法使いのピアニストの言葉にひっかかりを覚えた。


 「(もっと)も、できることは限られていますが、そのお陰か、仮設住宅の入居者の方々は、比較的落ち着いていますね」

 「スニェーグ君、今の合言葉は……?」

 ピアニストは表情を和らげ、再びボランティアのスローガンを口にした。

 老議員の記憶が、星座を形作るように繋がり、口の中がカラカラに乾く。


 「どなたが考えたのか知りませんが、『すべて ひとしい ひとつの花』の元の歌詞にも似ていますし、いい言葉ですよね」

 スニェーグは微笑を浮かべたが、ラクエウス議員は顎が強張り、言葉が出ない。老ピアニストが長いスローガンを空で言える程、何度も耳にするリャビーナ市の状況が恐ろしかった。



 冷めきった紅茶を啜り、僅かに落ち着きを取り戻したが、声の震えを抑えられない。

 「キルクルス教の……祈りの言葉だ」

 「何ですって?」

 スニェーグの顔色が変わった。


 「ボランティアに、隠れキルクルス教徒が紛れ込んでいる……と?」

 「聖典の一節だ。偶然、そんなスローガンができ上がるとは思えん」

 「聖句そのままなら、旧王国時代から居る長命人種の方々が気付きそうですが……」

 老ピアニストは、信じたくないと言いたげだ。


 「その用心だろうな。ふたつの聖句を繋ぎ合せて、改変してあるよ」

 老議員は、元の聖句を(そら)んじてみせた。




 (さいわ)いへ至る道は遠くとも、日輪(ひのわ)が明るく照らし、道を外れぬ者を(わざわい)より守る。

 道がひととき闇にあろうとも、月と星々の導きを見失わずば、夜明けに至る。



 聖者キルクルス・ラクテウス様。

 闇に呑まれ塞がれた目に知の灯点(あかりとも)し、一条の光により闇を拓き、我らと彼らを(きよ)き星の道へお導き下さい。




 スニェーグが、ボランティアのスローガンを口の中で噛み潰す。

 「今は幸せへの道が暗くても、希望の星を見失わなければ、一条の光により闇を拓き、必ず朝の光を迎えられる……」


 二人は大きく息を吐き、目を閉じた。

 ラキュス湖の岸辺で、足下の砂が(さら)われるような感覚に背筋が寒くなる。



 「わかりました。今後は、それを口にする人たちを注意して見てゆきます」

 スニェーグは、険しい顔で席を立った。

☆老婦人シルヴァとネモラリス憂撃隊の活動……「580.王国側の報道」「644.葬儀屋の道程」「737.キャンプの噂」、ネモラリス憂撃隊の声明「618.捕獲任務失敗」参照

☆断片を捕えたラクリマリス政府……「726.増殖したモノ」参照

☆マスコミに声明を出した……「618.捕獲任務失敗」参照

☆『すべて ひとしい ひとつの花』の元の歌詞……「275.みつかった歌」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ