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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日
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0079.仲間たり得る

 レノは無意識に、ティスの背中を撫でた。

 妹の顔には、何の表情もない。

 ほんの数日ですっかりやつれ、無口になってしまった。どこを見ているかわからない目で、終日ぼんやり過ごす。ずっと兄のレノか、姉のピナにしがみついて離れなかった。


 ……なんでこんなことに……父さん、母さん……


 意識のない父をあんな所で置き去りにしてしまった。そうしなければ、間違いなく、一家は全滅しただろう。

 それでも、レノの胸に罪悪感が重くのしかかる。

 母とは店を出てすぐ、はぐれてしまった。

 薬師(くすし)の気休めに(すが)りつきたい気持ちと、そんな奇跡が起こる訳がないと言う冷めた考えが、レノの心をざわつかせる。



 ほんの数日前まで、こんなことになるとは夢にも思わなかった。

 ティスは小学校から帰ると、父とレノが焼いた菓子パンをおやつに食べながら、今日一日、学校であったことや、友達のアマナと遊んだことなどを楽しげに語る。

 おやつが終われば、母のお手伝いをしては、得意げな顔をしてみせた。


 ピナも、中学校から帰ると、母に必要なものを聞いて、ティスと共に近所へ買物に出掛けた。

 買物から帰ると、母と二人で楽しくお喋りしながら、夕飯の支度をする。

 ピナが語る中学の話は、どれも他愛ない、ありふれた日常のひとコマだった。


 何事もなければ、日々は穏やかに過ぎ、特に問題もなく卒業しただろう。


 レノは、同級生がピナを()け者にするとは思わなかった。

 彼ら彼女らにとって、家族と共に居ることで、ピナは「異物」となった。

 レノの目には、あの少年少女こそが、自分たちとは別の生き物に見えた。人間の形はしているが、どちらかと言えば、雑妖に近い存在。


 ……雑妖……南側に集まってたよな。


 あれは、少女の遺体があったからではなく、中学生たちが呼び寄せたのではないか。改めて考えると、そうとしか思えなくなってきた。



 三十人以上居た内、ここに居るのはテロリストも含めて十人。

 他の人々がどうなったのか、確めに行く気にもなれない。


 中学生の(いさか)いに巻き込まれた中には、魔法使いの警官が居た。大人たちも多かった。生存の望みが、全くない訳ではない。

 少なくとも、レノたちの母より、可能性はあるだろう。

 父を置き去りにしてしまったことだけが心残りだった。



 レノは、三人のテロリストを見た。

 彼らが何もしなければ……とは思うが、恨む気持ちにはなれなかった。


 クルィーロは時々、会社の人から聞いた自治区の話を教えてくれる。

 その話を聞いた時は、ふーんとしか思わなかった。


 今、その話と眼の前のテロリストが繋がった。

 もし、レノが彼らと同じ境遇なら、彼らと同じことをしないとは言い切れない。


 話してみれば、隊長も年配のテロリストも、少年兵も、割と常識的で誠実な人物に思えた。

 特に少年兵は、ピナが除け者にされたことに気付き、同級生たちに()(ただ)してくれた。

 結果は彼の望んだ物ではなさそうだが、レノは、自分の考えが間違っていなかったことに安堵した。

 それに、この三人は、キルクルス教の聖印を外すことに難色を示さなかった。


 少なくともここに居るテロリスト三人は、レノが漠然と思うような「信仰に傾倒し過ぎた狂信者」ではなかった。

 彼らの目的は、異教徒であるフラクシヌス教徒の排除ではなく、リストヴァー自治区の生活の向上だった。

 それが本心か、生存の為の方便(ほうべん)なのか、レノには確める(すべ)がない。


 少なくともレノの目には、妹の同級生より、このテロリストたちの方が、人間として信用できそうな気がした。

☆意識のない父……「0056.最終バスの客」「0061.仲間内の縛鎖」参照

☆置き去りにしてしまった……「0071.夜に属すモノ◇」参照

☆母とは店を出てすぐ、はぐれてしまった……「0021.パン屋の息子」参照

☆薬師の気休め……「0056.最終バスの客」参照

☆三人は、キルクルス教の聖印を外すことに難色を示さなかった……「0076.星の道の腕章」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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