0079.仲間たり得る
レノは無意識に、ティスの背中を撫でた。
妹の顔には、何の表情もない。
ほんの数日ですっかりやつれ、無口になってしまった。どこを見ているかわからない目で、終日ぼんやり過ごす。ずっと兄のレノか、姉のピナにしがみついて離れなかった。
……なんでこんなことに……父さん、母さん……
意識のない父をあんな所で置き去りにしてしまった。そうしなければ、間違いなく、一家は全滅しただろう。
それでも、レノの胸に罪悪感が重くのしかかる。
母とは店を出てすぐ、はぐれてしまった。
薬師の気休めに縋りつきたい気持ちと、そんな奇跡が起こる訳がないと言う冷めた考えが、レノの心をざわつかせる。
ほんの数日前まで、こんなことになるとは夢にも思わなかった。
ティスは小学校から帰ると、父とレノが焼いた菓子パンをおやつに食べながら、今日一日、学校であったことや、友達のアマナと遊んだことなどを楽しげに語る。
おやつが終われば、母のお手伝いをしては、得意げな顔をしてみせた。
ピナも、中学校から帰ると、母に必要なものを聞いて、ティスと共に近所へ買物に出掛けた。
買物から帰ると、母と二人で楽しくお喋りしながら、夕飯の支度をする。
ピナが語る中学の話は、どれも他愛ない、ありふれた日常のひとコマだった。
何事もなければ、日々は穏やかに過ぎ、特に問題もなく卒業しただろう。
レノは、同級生がピナを除け者にするとは思わなかった。
彼ら彼女らにとって、家族と共に居ることで、ピナは「異物」となった。
レノの目には、あの少年少女こそが、自分たちとは別の生き物に見えた。人間の形はしているが、どちらかと言えば、雑妖に近い存在。
……雑妖……南側に集まってたよな。
あれは、少女の遺体があったからではなく、中学生たちが呼び寄せたのではないか。改めて考えると、そうとしか思えなくなってきた。
三十人以上居た内、ここに居るのはテロリストも含めて十人。
他の人々がどうなったのか、確めに行く気にもなれない。
中学生の諍いに巻き込まれた中には、魔法使いの警官が居た。大人たちも多かった。生存の望みが、全くない訳ではない。
少なくとも、レノたちの母より、可能性はあるだろう。
父を置き去りにしてしまったことだけが心残りだった。
レノは、三人のテロリストを見た。
彼らが何もしなければ……とは思うが、恨む気持ちにはなれなかった。
クルィーロは時々、会社の人から聞いた自治区の話を教えてくれる。
その話を聞いた時は、ふーんとしか思わなかった。
今、その話と眼の前のテロリストが繋がった。
もし、レノが彼らと同じ境遇なら、彼らと同じことをしないとは言い切れない。
話してみれば、隊長も年配のテロリストも、少年兵も、割と常識的で誠実な人物に思えた。
特に少年兵は、ピナが除け者にされたことに気付き、同級生たちに問い質してくれた。
結果は彼の望んだ物ではなさそうだが、レノは、自分の考えが間違っていなかったことに安堵した。
それに、この三人は、キルクルス教の聖印を外すことに難色を示さなかった。
少なくともここに居るテロリスト三人は、レノが漠然と思うような「信仰に傾倒し過ぎた狂信者」ではなかった。
彼らの目的は、異教徒であるフラクシヌス教徒の排除ではなく、リストヴァー自治区の生活の向上だった。
それが本心か、生存の為の方便なのか、レノには確める術がない。
少なくともレノの目には、妹の同級生より、このテロリストたちの方が、人間として信用できそうな気がした。
☆意識のない父……「0056.最終バスの客」「0061.仲間内の縛鎖」参照
☆置き去りにしてしまった……「0071.夜に属すモノ◇」参照
☆母とは店を出てすぐ、はぐれてしまった……「0021.パン屋の息子」参照
☆薬師の気休め……「0056.最終バスの客」参照
☆三人は、キルクルス教の聖印を外すことに難色を示さなかった……「0076.星の道の腕章」参照




