770.惜しくない命
「シルヴァさんは力ある民のお婆さんで、戦闘には参加しませんでしたけど、食糧とか物資の調達と情報収集、それとゲリラの勧誘をしてました」
「えぇッ? それじゃ、まさか……!」
アルキオーネが、作業机に両手をついて立ち上がる。
ファーキルは、身を乗り出した黒髪の少女をまっすぐ見詰め返して答えた。
「フィアールカさんが、アゴーニさんから聞いた話だと、シルヴァさんは難民キャンプだけじゃなくて、ネモラリス国内やラクリマリス領内でも、ゲリラの勧誘をしてるんです」
「その魔女、行動範囲広過ぎない?」
アーテル出身のアルキオーネが黒い眉を顰めた。
老議員が苦笑する。
「今でこそ、ネモラリス、アーテル、ラクリマリスは別個の独立国だが、昔はひとつの国だったからな。親戚や友人知人を訪ねてあちこち【跳躍】して、内乱後も魔法でこっそり行き来していたなら、何の不思議もない」
ファーキルは、ラクエウス議員のフォローに感謝して続けた。
「勧誘された人が戦いに行かなくても、その人たちからあちこちに話が広まって、もう……シルヴァさん一人を止めただけじゃ、ネモラリス憂撃隊に参加する人を止められないところまで来てるみたいです」
アルキオーネが机上で拳を握り、歯を食いしばる。
ラクエウス議員が静かな声で言った。
「シルヴァさんは、難民キャンプで例の噂をバラ撒き、【跳躍】できる者をアーテル領内の拠点に案内しておるらしい」
「その人たち、騙されてテロリストに協力させられてるんですか? だったら……」
老議員は、歌手の少女に首を振ってみせた。
「魔法を使える者が、必ずしも直接戦えるかと言うと、そうではない。逆に、力なき民だからと言って、全くの無力で戦えぬワケでもない」
「どう言う……ことですか?」
アルキオーネが地を這うような声で問う。
ラクエウス議員は、若者たちを見回した。
「拠点の場所を覚え、魔法で行けるようになった者たちが、アーテルへの復讐を呼び掛け、戦う意志と度胸のある者を拠点や襲撃場所へ運んでおるのだ」
「えぇッ? 先生、ご存知なのに、どうして止めて下さらないんですかッ?」
ラクエウス議員は、アルキオーネの批難を正面から受け止め、落ち着いた声で答えた。
「先程、君が言った通り、否定すればする程、頑なになるからだ。例の噂を打ち消すことすら困難なのだよ」
アルキオーネが歯噛みして俯くと、アステローペが自分の肩を抱いて震えた。豊満な胸が押し上げられ、ファーキルが思わず目を逸らすと、サロートカの言問いたげな視線にぶつかった。
針子見習いの少女が、遠慮がちに口を開く。
「えっと……シルヴァさんって言う魔女は、ホントにもう、止められないんですか?」
「その魔女だけじゃなくて、場所を覚えた人たちも勧誘してて、もうとっくに……ネモラリス憂撃隊の協力者は、鼠算式に増えてるのよ?」
アルキオーネの呆れた口ぶりは、言外に「ハナシを聞いていなかったのか」と苛立ちと批難の棘を生やしていた。
ファーキルは、気マズくなった空気を破ろうと話を戻す。
「俺たちが居た頃は、団体名も指揮系統も何もない人たちで、力ある民は個人でもテロ活動とかしてました」
「邪悪な人間が“悪しき業”を使えば、個人でもあんなに被害を出せるのね……」
アステローペが呟いて、金髪の頭を抱える。
「アクイロー基地襲撃作戦と仲間割れで、後方支援の人とシルヴァさんを入れても、八人に減ってたんですけど……」
「それが今じゃ、ネモラリス憂撃隊なんて名乗るくらい、勢力が大きくなってるのね。シルヴァとか言う魔女のせいで……」
「魔力の有無は関係ありませんよ」
ファーキルは首を横に振り、古着の山を見詰めて言った。
「シルヴァさんは、アーテル軍の空襲で絶望した人に、死に場所を与えてるんですよ。何もしていないのに、いきなり何もかも奪われた怒りや憎しみ、大切な人を殺された悲しみをぶつける先が、アーテル共和国とキルクルス教団……その信者なんです」
「キミは、ネモラリス憂撃隊の連中は悪くないって言うの?」
祖国を捨ててきた筈のアルキオーネが、ファーキルに憤りをぶつける。
「アーテル人だって、戦争はイヤだって人も居るのよ」
「知ってます。俺がそうですから」
「えっ?」
七人の目がファーキルに注がれ、時が止まったような沈黙が降りる。
ファーキルは、アミエーラとラクエウス議員を見て、アルキオーネの戸惑いに揺れる黒い瞳に視点を定めた。
「信仰の矛盾とキルクルス教社会の綻びに気付いて、開戦後すぐ、ランテルナ島に渡りました。そこでフィアールカさんに頼んで、ネモラリス島の北ザカート市へ行きました」
「何の為にだね?」
「真実を探して、伝える為にです。……アーテルの国内では情報統制があって、国民の殆どが真実を知りませんから」
老議員の質問に答えたファーキルに、アルキオーネが質問を重ねる。
「キミはどうやって真実に辿り着いたの? それが真実だって、どうやって確めたの?」
「飛ばしの端末を手に入れて、違法アプリで検閲を突破して、外国の情報を集めました。後は、ネモラリスで直接見たこととアーテル国内の情報を比べて……」
ラクエウス議員が嘆息する。
「思いきったことを……親御さんはどうしたね?」
「両親は星の標に加担してて、コトバ通じないんで、捨ててきました」
「ファーキルさん、たった一人で、死ぬかもしれないのに……」
タイゲタが声を震わせ、眼鏡を押し上げる。
「俺は、真実をみつけて、それを伝えられるなら、命なんか惜しくありません」
ファーキルはタブレット端末を手に取り、腹に力を籠めて言った。
☆食糧とか物資の調達と情報収集……「322.老婦人の帰還」~「324.助けを求める」参照
☆ゲリラの勧誘……「279.悲しい誓いに」「644.葬儀屋の道程」参照
☆フィアールカさんが、アゴーニさんから聞いた話……「682.知りたいこと」「644.葬儀屋の道程」参照
☆例の噂……「737.キャンプの噂」「768.非現実的な噂」参照
☆逆に、力なき民だからと言って、全くの無力で戦えぬワケでもない……「265.伝えない政策」参照
☆団体名も指揮系統も何もない人たち……「254.無謀な報復戦」「358.元はひとつの」「510.小学生の質問」参照
☆力ある民は個人でもテロ活動……「265.伝えない政策」「357.警備員の説得」「343.命を賭す願い」参照
☆後方支援の人とシルヴァさんを入れても八人……「「466.ゲリラの帰還」~「472.居られぬ場所」参照
※ 八人の内訳は、警備員オリョール、湖の民の警備員ジャーニトル、気弱な力ある民クリューヴ、老婦人シルヴァ、呪符職人、武器職人、呪医セプテントリオー、葬儀屋アゴーニ。その後、武器職人、呪医、葬儀屋は抜けた。
☆アーテル人だって、戦争はイヤだって人も居る……「162.アーテルの子」「328.あちらの様子」「371.真の敵を探す」参照
☆信仰の矛盾とキルクルス教社会の綻びに気付いて……「163.暇潰しの戯れ」~「166.寄る辺ない身」「182.ザカート隧道」「183.ただ真実の為」「369.歴史の教え方」~「371.真の敵を探す」「431.統計が示す姿」~「435.排除すべき敵」参照
☆開戦後すぐ、ランテルナ島に渡りました/フィアールカさんに頼んで、ネモラリス島の北ザカート市へ……「173.暮しを捨てる」~「176.運び屋の忠告」参照
☆真実を探して、伝える為……「183.ただ真実の為」参照
☆アーテルの国内では情報統制があって、国民の殆どが真実を知りません……「265.伝えない政策」「371.真の敵を探す」参照
☆飛ばしの端末を手に入れて、違法アプリで検閲を突破……「183.ただ真実の為」「188.真実を伝える」参照
☆両親は星の標に加担……「293.テロの実行者」参照




