769.明かせる事情
取敢えず、どこまで知らされているのか確認する。
「アルキオーネさんたちって、俺たちのこと、どのくらいご存知ですか?」
「ん? キミとその……アゴーニさん? どんな関係が?」
アルキオーネが怪訝そうに聞き返し、後の三人も首を傾げた。
こんな時でも、彼女らは可愛い。
職業的に身に着けた仕草なのか、生来のものなのか。
アミエーラも、人気歌手ニプトラ・ネウマエの親戚なだけあって美しいが、彼女たちとはかなり方向性が違う。
ファーキルは、余計な考えを頭から追い出して答えた。
「一時期、同じ所に身を寄せていました。そこには、アゴーニさんと呪医が先に居たんですけど……」
「どこに?」
「ランテルナ島の……シルヴァさんの親戚の別荘です」
アルキオーネの短い問いに答えると、ラクエウス議員が付け加えた。
「シルヴァさんは、ピアニストのスニェーグさんの親戚だ。彼もその別荘の場所は知っておる」
平和の花束の四人は、少し表情を改めてこくりと頷いた。スニェーグとは面識があるらしい。ファーキルは逆に、そのピアニストをラゾールニクたちの話でしか知らなかった。
「その別荘は、武闘派ゲリラ……今は『ネモラリス憂撃隊』って名乗ってる人たちの拠点に使われています」
「……キミたち、テロリストの一味なの?」
アルキオーネは目を丸くし、タイゲタたちが息を呑む。サロートカも、不安な眼差しで先輩のアミエーラを見た。
「私たち、魔獣に追いかけられて大橋に逃げ込んで、扉が壊れて戻れなくなって、仕方なくランテルナ島に渡ったんです。別荘をみつけた時は、呪医とアゴーニさんしかいらっしゃらなくて……」
「えっ? じゃあ、センセイもゲリラのお手伝い……してたんですか?」
サロートカが、ファーキルとアミエーラの間で目を泳がせる。ファーキルは、アミエーラと目交ぜして同時に頷いた。
アルキオーネが、黒い瞳に灼けるような光を灯し、ファーキルを睨む。隠そうとすれば、却ってこじれるような気がして、ファーキルは腹を括った。
「そうです。アゴーニさんは遺体の処理、呪医は負傷者の治療をしながら、彼らにアーテル本土でのテロ活動をやめるように、説得していました」
「でも、全然ダメだったから、呪医はこっち来て、葬儀屋さんはどっか行ったのね?」
「多分……」
ファーキルが曖昧な表情で答えると、アルキオーネの声に棘が生えた。
「は? 多分ってどう言うコト? はっきり言いなさいよ」
「アルキオーネちゃん……」
宥めようとしたタイゲタは、鋭い視線に射抜かれ、身を竦ませた。
ファーキルは、タイゲタに小さく会釈して、アルキオーネと視線を合わせた。
「俺たちは、呪医たちより先に拠点を出たので、ゲリラの人たちとどんな話し合いをして、いつ出て行ったのか、知らないんです」
「どこまでなら知ってるの?」
アルキオーネの詰問に背筋を伸ばして答える。
「俺たちが行くまでは、軍の基地や警察署とかをデタラメに襲って、武器を奪って、役所や教会、お店の倉庫とかを襲撃してたみたいです」
「それは……私もニュースで見たわ。ネモラリス人が“悪しき業”を使ってアーテルでテロをしてるって」
「でも、戦い方を知らない素人の集まりだから、死傷者は多かったらしいです」
「で? それをあの呪医と葬儀屋が手伝ってたのね?」
黒髪の少女の視線が鋭さを増す。
ファーキルは、彼らへの批難に胃が痛んだ。
「呪医たちは手伝いって言うか、怪我した人を治したり、お弔いをして遺体に魔物が憑かないようにしたり……命を粗末にしないで帰国するように説得し……」
「で、キミたちは何してたの?」
アルキオーネは「言い訳なんか聞きたくない」とばかりに遮った。サロートカたち、拠点でのことを知らない者たちが、固唾を飲んで見守る。
ファーキルは、これにも正直に答えた。
「避難の途中で野菜の種子をもらってたんで、庭を借りて畑を作って育ててました。それだけじゃ足りないんで、シルヴァさんが調達してくれた食べ物を分けてもらって……」
「そのシルヴァさんって人は、タダで食べさせてくれたの?」
「いえ、その時は薬師さんが一緒だったんで、薬と引き換えに……俺たちは別荘の近くで材料を採って……」
「テロリストの後方支援をしてたってワケね」
アルキオーネが溜め息を吐いた。
ずっと俯いていたエレクトラが顔を上げ、針子のアミエーラに泣きそうな目を向ける。アミエーラは項垂れるように頷いた。
「……ホントのことです。私たち、北ヴィエートフィ大橋に逃げ込んだ時、アーテルの爆撃機が数えきれないくらいたくさん、北へ飛ぶのを見ました」
「それで、テロリストの手伝いをしたって言うの?」
アルキオーネの矛先が針子のアミエーラに向けられる。
エレクトラは二人を交互に見るが、取り成す言葉が見つからないのか、何も言えず、オロオロするばかりだ。
「トラックで一緒に避難した中に戦い方を知ってる人が居て、その人が、ゲリラの人たちを訓練しました」
「闇雲に活動したってアーテル人の恨みを買うだけだし、ネモラリスの国土を空襲から守りたいなら、基地の戦力だけをきっちり潰そうって……俺が基地の位置とか大体の戦力とか、情報収集しました」
ファーキルが自前の端末を示すと、アルキオーネは口の端を笑みの形に歪めた。
「でも、素人の集まりで何が……」
「魔法と銃火器を組合わせて戦う訓練をして、しっかり作戦を練って、アクイロー基地を壊滅させました」
事情を知らない少女たち五人が、瞬時に表情を凍らせた。
ラクエウス議員は、ラゾールニクからある程度は聞いていたのか、表情を変えずに若者たちの遣り取りを見守る。
ファーキルは感情を殺して説明を続けた。
「ゲリラ側も大勢の死傷者を出したし、別荘に戻ってから仲間割れが起きて、俺たちはそれ以上、巻き込まれないように出て行ったんです」
アルキオーネは、まだ半信半疑なようだが、他の者たちは信じてくれたようだ。同情混じりの視線を向けられ、それはそれで居心地悪かったが、ファーキルはシルヴァの件に話を戻した。
☆魔獣に追いかけられて大橋に逃げ込んで、扉が壊れて戻れなくなって……「299.道を塞ぐ魔獣」~「303.ネットの圏外」参照
☆アゴーニさんは遺体の処理、呪医は負傷者の治療……「228.有志の隠れ家」「240.呪医の思い出」参照
☆呪医は負傷者の治療/説得していました……「357.警備員の説得」~「359.歴史の教科書」参照
※ 初期は作戦に協力していたが、ファーキルは知らない。
☆俺たちは、呪医たちより先に拠点を出た……「472.居られぬ場所」「473.思い知る無力」「526.この程度の絆」「644.葬儀屋の道程」参照
☆私もニュースで見たわ……「265.伝えない政策」参照
☆避難の途中で野菜の種子をもらってた……「271.長期的な計画」参照
☆庭を借りて畑を作って育ててました……「345.菜園を作ろう」参照
☆軍の基地や警察署とかをデタラメに襲って、武器を奪って/戦い方を知らない素人の集まり……「254.無謀な報復戦」「269.失われた拠点」参照
☆アーテルの爆撃機が数えきれないくらいたくさん……「307.聖なる星の旗」~「309.生贄と無人機」参照
☆戦い方を知ってる人が/ゲリラの人たちを訓練……「360.ゲリラと難民」「361.ゲリラと職人」「367.廃墟の拠点で」「368.装備の仕分け」「388.銃火器の講習」~「390.部隊の再編成」「407.森の歩行訓練」「408.魔獣の消し炭」「416.ゲリラの錬度」~「「418.空軍の最前線」」「428.訓練から脱走」参照
☆俺が基地の位置とか大体の戦力とか、情報収集……「421.顔のない一人」「422.基地情報取得」「427.情報と作戦案」参照
☆アクイロー基地を壊滅……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆別荘に戻ってから仲間割れ……「466.ゲリラの帰還」~「472.居られぬ場所」参照




