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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十九章 民衆

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768.非現実的な噂

 老議員が縫製作業室に入ってきた。

 「儂も休めと言われたんだが、どうにも落ち着かなくてな。何か手伝わせてくれんかね」

 「ラクエウス先生、でも……」

 針子のアミエーラが、旧知の国会議員を気遣う。


 ラクエウス議員は、抱えていた紙袋の束を針子に差し出して言った。

 「この歳だ。針に糸を通すのは無理だが、畳んで片付けるくらいはできるぞ」

 「えっと、じゃあ、こちらへ……」

 アミエーラが恐縮しつつ、ラクエウス議員に席を勧め、紙袋を受け取った。



 ファーキルは、老議員が腰を落ちつけたのを見届け、針子見習いサロートカへの質問を再開した。

 「えっと、さっきの続きなんですけど、みんな何て言ってます? 不満とか」

 「新しく来た人たちが、ネモラリス軍が負けたのを伝えて、みんな暗い顔してましたよ」

 「まぁ、そりゃ、言うわよね。知り合いが居たら、フツーに、どうしたのって聞かれるでしょうし」

 アルキオーネが、サロートカの答えに相槌を打ち、ボタンを付け終えた服を広げて畳み直す。


 ファーキルも、絶望的な情報を隠し通せるとは思っていない。

 不安や悲しみが難民キャンプに広がり、怒りと憎しみに変わることが怖かった。


 「パテンス市に近い集会所には、タブレット端末を置いてますし……ガルデーニヤ市出身の人が、ヤケにならないか心配です」


 ファーキルが懸念をこぼすと、ラクエウス議員が、(つくろ)い終えた服を紙袋に入れる手を止め、一同を見回した。

 「何の話をしておったのだね?」

 「難民キャンプの様子を教えてもらってたんです」

 「そうかね。儂も昨日、行ったばかりだが、よくない噂が広まっておったな」

 老議員が長く伸びた太い眉を下げる。


 「よくない噂ってなんですか?」

 ファーキルが聞くと、老議員は溜め息混じりに答えた。

 「定住の噂だ。アミトスチグマ政府が、難民を森の開拓民にしようとしているなどと……」

 「あ、それ、私も聞きました。職人さんとか、何か技術持ってる人は、魔法で足止めされて、帰国できなくなるとか何とかって」

 サロートカが付け足すと、みんなの針が止まった。


 タイゲタがそっと眼鏡を外して拭き、誰にともなく聞く。

 「そんなことって、できるんですか?」


 今、ここに居るのは、魔法を使えない者ばかりだ。


 リストヴァー自治区出身のラクエウス議員が、首を横に振った。

 「確かに、アミトスチグマ政府にはその意向がある。それは否定せんが、無理に留めたのでは不満が燻り、後々禍根となる。政府の担当者は、来る者拒まず去る者追わず、と言っておったが……」

 「じゃあ、親切な人が魔法で外国に連れ出して、“帰れなくする魔法”をどうにかしてからキャンプに戻して、自分でネモラリスに帰れる人を増やしてるって言うのは……?」

 サロートカが、自分でも理解できていない噂話を自信なさそうに語った。


 アルキオーネが首を傾げる。

 「何それ? 大体、魔法で“ネモラリスに帰れなくする”なんて、できるの?」

 「アサコール党首の話では、不可能ではないらしい」

 「ホントにできるんですか?」

 驚く若者たちに、ラクエウス議員は重々しく頷いた。


 「何でも、【制約】と言う術で、特定の行為を禁止できるらしい」

 「えぇッ?」

 「ホントですか?」

 「儂も詳しくは聞いておらんが……禁止する側とされる側で、魔力の力比べになるらしい」


 この中で最も魔術の知識があるファーキルは、キルクルス教徒の老議員が語った説明に頷いた。

 「術者の魔力が弱かったら、“ネモラリスへの【跳躍】禁止”を振り切られちゃうんですよね」

 「そうだ。それに、誰でも簡単に使えるものではなく、大勢の難民一人一人に魔法で禁止して回るのは、非現実的だとも言っておった」


 アサコール党首ら、力ある民の国会議員たちが、キャンプの視察ついでに噂を否定して回ったと言う。


 アルキオーネが針山に縫い針を戻し、ラクエウス議員に険しい顔を向けた。

 「でも、人は自分の信じたいことしか信じません。それが、どんなに非現実的でも……」

 「そうかな?」

 エレクトラが首を傾げ、七人を不安げに見回す。


 アルキオーネは、黒い瞳に強い光を(たた)え、きっぱり言った。

 「否定すればする程、『やっぱりホントのことだから、火消しに必死なんだ』って思われるのよ」

 「って言うか、どうしてそんな噂が?」

 「外国に連れ出すってどこに? ラクリマリス? でも、折角出たのに、またキャンプに戻すってヘンじゃない?」

 タイゲタとアステローペの質問が、気マズくなりかけた空気を変えた。



 それに答えられる者はなく、沈黙が続く。



 ファーキルの頭の中で、不意に情報が繋がった。


 「……シルヴァさんだ!」

 「えっ?」

 アミエーラが、ファーキルに向けた顔は引き攣っていた。


 ……あれっ? フィアールカさんたちから聞いてないのかな?


 少なくとも、アルキオーネたち平和の花束は、葬儀屋が調べた件を知らされていないだろう。情報量の差を埋める。

 「この間、フィアールカさんが、アゴーニさんから聞いたそうなんですけど……」

 「アゴーニって誰?」

 アルキオーネから不機嫌な声が飛ぶ。


 ……あっ、そこから説明が要るのか。何て言おうかな……?


 ファーキルは困ってアミエーラを見る。先に彼と知り合った針子が、代わりに説明してくれた。

 「ゼルノー市の葬儀屋さんです。セプテントリオー呪医(せんせい)の知り合いで……えっと……」

 アミエーラもそこで詰まり、ファーキルにどうしたものかと視線を寄越す。アルキオーネが眉を吊り上げ、指先で作業机をコツコツ叩き始めた。

☆パテンス市に近い側の集会所には、タブレット端末を置いてます……「402.情報インフラ」参照

☆定住の噂……「737.キャンプの噂」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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