765.商いを調べる
無料送迎バスが止まったのは、巨大な建物を幾つも繋げた商業施設だった。
ロークが生まれ育ったゼルノー市は、半世紀の内乱からの復興半ばで、各地区に小さな商店街が点在するだけだ。こんな巨大なショッピングモールはない。
ネモラリス島のレーチカ市や、通過しただけの王都ラクリマリスや首都クレーヴェルでも、こんなものは目にしなかった。
バスを降りた客が、ガラス張りのアーケードに次々と吸い込まれる。
「行きましょう」
スキーヌムに促され、ロークも人の流れに乗った。
入ってすぐの案内板で服屋を確認する。このショッピングモールは、ルフス神学校の敷地よりもずっと広いらしい。
建物三棟が丸ごと服屋だ。消費者の性別と年齢層、用途でフロアが分かれていた。各フロアには小さな専門店がぎっしり詰まり、品揃えが細分化されていると言う。
ローク自身はファッションに疎く、興味もない。
母とベリョーザが、顔を合わせる度に服の話をするので、何となく産業の目安に選んでしまったが、ロークは早くも後悔し始めた。お喋りに付き合わされ、ほんの少し知識があることだけが救いだ。
……これ、今日一日で全部回れるかな?
「上から見て行きましょう」
スキーヌムはロークと二人きりになると元気を取り戻し、エレベーターホールに案内した。ロークは、ショッピングモールのパンフレットを一冊手に取ってついて行く。
ベビー服、子供服、スポーツウェア、ハイクラスの紳士服、若者向けのカジュアル、靴や鞄、財布などの小物のフロア、ハイクラスの婦人服、若い娘向けのカジュアル、ビジネス用、オフィスカジュアル……タグを見て回り、素材や原産国名をタブレット端末のメモ帳に入力する。
思った通り、呪文入りの服は一点もなかった。
見回すと、流行りの服を品定めする客たちは、何の術も掛かっていない冬物で着膨れていた。
これまで母と婚約者の話をテキトーに聞き流し、ショッピングに付き合わされた日は退屈で仕方がなかったが、自主的に調査するつもりで見る服売り場は、外国であることを差し引いても別世界のように見えた。
アーテルの国産品と、バルバツム連邦などアルトン・ガザ大陸の科学文明国から輸入した製品が、三対七くらいの割合だ。
化学繊維の製品が多い。特に若者向けのカジュアルは、男女問わず化繊の割合が高かった。化繊のものでも、ハイクラスのブランドものは高価だ。
カシミヤやウールなど天然繊維の商品は、ほぼ輸入品で値段が高い。同じ天然繊維でも、日之本帝国の絹製品は目玉が飛び出るくらい高価で、ゲオドルムのそれは比較的安価だった。
「僕もよく知らないんですけど……えーっと、品質やデザインの違いで、色々あるみたいですよ」
スキーヌムが、ロークの役に立てないことを気に病んだのか、申し訳なさそうに項垂れる。
……うわー……重ッ!
利用するだけのつもりなら、スキーヌムに調べさせればいいが、この三週間ばかりで情が移りつつある。ロークは何と言ったものかと困り果て、しょげた顔から目を逸らした。
店の時計が目に入る。
昼をすっかり過ぎていたが、ロークが思った程には遅くなかった。
三棟あるファッションビルの内、一棟は最上階から二階までの全店舗を回ったが、調べた商品は各店舗の通路に面した二、三点ずつだ。サンプル数は少ないが、足はくたくただった。
一階は化粧品売り場なので、男二人で行くのは気マズい。
……今日はこのくらいにしよう。
「もうこんな時間……スキーヌム君も疲れたでしょう? お昼、どうします?」
「あっ……すみません。気が付かなくて。何が食べたいですか?」
「俺の用事に付き合ってもらったので、君の好きなものをどうぞ」
「えっと……じゃあ……一番近くのお店に行きましょうか?」
渡り廊下で繋がった隣の飲食ビルに移る。
このフロアは、丸ごとフードコートになっていた。家族連れやカップル、友人グループなどで賑うが、ピークの時間を過ぎたせいか、席は空いている。
渡り廊下から一番近いハンバーガーショップでセットを買い、手近な席に落ち着く。
「お疲れ様です。案内して下さってありがとうございました」
「い、いえ……あんまりお役に立てなくてすみません」
「何もわからないので、スキーヌム君のお陰でとても助かりましたよ。……このお店、よく来るんですか?」
スキーヌムは、フライドポテトを摘まむ手を止め、俯いた。
「いえ、初めてです。僕……滅多に外出しませんし、来ても、いつもはお昼前には戻るので……」
「そうなんですか。今日はこんな時間まで、ありがとうございます」
「い、いえ……そんな……すみません」
……ホントに勉強と修行だけなんだな。
他の神学生たちは、年相応に流行りモノにも触れているようだが、彼らの口ぶりでは、スキーヌムはそれらに嫌悪感を抱いているらしい。
現に今も、店内BGMが変わった途端、表情が険しくなった。
ロークはダブルチーズバーガーを食べながら、優等生が眉を顰めたBGMに耳を傾ける。
気を付けて耳を澄ますと、ノリのいいポップ調の旋律は、ロークが知っている曲だった。少女たちが歌うのは、今朝、礼拝堂で歌ったばかりの聖歌「聖なる星の標の行く手」だ。
口の中身を飲み下し、杓子定規な優等生に話を振ってみる。
「あっ……この曲……」
「聖歌に世俗的で下品なアレンジを加えるなんて、不謹慎ですよね」
ロークは、感情ない声に怯んだ。
スキーヌムは気付かないのか、日頃の鬱憤をここぞとばかりに吐き出す。
「こんな低俗なものが何故、こんなに人気があるのか理解できません。バルバツム連邦とかでコンサートをして、外国にもファンが居るそうですけど、気が知れませんよ」
「アーテルだけではなく、アルトン・ガザ大陸でも、大勢に受け容れられているのですか?」
ロークは肯定も否定もせず、疑問を口にしただけだが、スキーヌムは否定と捉えたらしく、眉間に皺を刻んだ。
「……そうです。元々七人グループでしたが、四人がコンサートの最中に信仰を否定して、引退宣言をして、行方不明になって……そのまま解散してくれるのかと思ったんですけど、残った二人で活動を再開して、前より人気が出てしまったんですよ」
……ん? ……あぁ、これ、あの動画のコたちなのか。
まさか、引退騒動の動画を視聴したとは言えず、ロークは首を傾げてみせた。
スキーヌムは、コートのポケットからタブレット端末を取り出し、ニュースを表示させて言う。
「今は、外国で活動してるみたいですよ」
「……詳しいんですね」
「一時期、毎日このニュースばかりでしたし、教室でもこの話題で持ち切りだったんですよ」
「今は落ち着いてますよね?」
「今は、残った二人……セレノ派とマイア派に分かれて、派閥争いをしていますよ。どっちが可愛いかなんて、下らないことで……」
ロークは苦笑する他なかった。
知る限り、スキーヌムは休み時間、静かに読書しているだけだが、一度でもこんな調子で熱弁を揮えば、教室の中で浮いてしまうだろう。
トイレで耳にした話と、同級生がロークに余り話し掛けなくなったことが、更に強く繋がった。
何も知らないロークに“瞬く星っ娘”の存在を教えようものなら、また、スキーヌムにこんな調子で咎められると思ったのだろう。
同級生たちは、留学生のロークがどっちの派閥につくか、知りたくてウズウズしているに違いなかった。
☆聖歌「聖なる星の標の行く手」……「451.聖歌アレンジ」参照
☆四人がコンサートの最中に信仰を否定して引退宣言をして、行方不明/あの動画のコたち……「430.大混乱の動画」「431.統計が示す姿」「452.歌う少女たち」参照。ロークは地下街チェルノクニージニクで【無尽袋】の完成を待つ間、ファーキルに見せてもらった。
☆今は、外国で活動してるみたい……「515.アイドルたち」~「517.PV案を出す」参照
☆毎日このニュースばかり……「567.体操着の調達」参照
☆トイレで耳にした話……「762.転校生の評判」参照




