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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日
78/3486

0078.ラジオの報道

 レノは、少年兵の呟きで空を見上げた。

 冬の薄青い空には雲ひとつなく、機影は見えない。

 ティスも上を向いてキョロキョロするが、何も見つけられないようだ。


 テロリストの隊長も、西の空には何もないのか、少年兵に視線を向けた。

 少年兵の顔は、北東に向いて動かず、強張った表情で彼方を凝視する。もう一人のテロリストと、リュックの少年も同じ方角を向いたまま固まる。

 トタンの下で横になる四人はもう眠ったらしく、少年兵の声に身じろぎひとつしなかった。


 機影が見えなくなったのか、三人が同時に息を吐いてこちらを向いた。

 「何機だ?」

 隊長の問いに少年兵がしまったと言う顔をする。年配のテロリストが代わりに答えた。

 「速えし遠いし、よく見えなかったが、十機以上、二十機以下ってとこだな」

 「そうか……方角は?」

 「ネモラリス島の方へ行ったみたいだな」

 その言葉に、レノは思わず声を上げた。

 「えっ? それってまさか、首都を……」

 「そこまではわからん」

 テロリストは首を横に振った。

 所属不明なら、ネモラリス共和国軍の防衛隊の可能性もある。だが、レノは胸騒ぎが治まらなかった。


 少年が荷物を(さぐ)って囁いた。

 「あの、ラジオ、あるんですけど……起こしちゃ悪いんで、小さい音で……」

 「君、凄いな。そんなに色々持ち出せたんだ」

 レノが驚いて言うと、少年は恥ずかしそうに「えぇ」と呟いた。


 少年兵と年配のテロリストが詰め、レノとティス、隊長が、ラジオの少年の(そば)へそっと移動する。

 少年が、ボリュームのツマミを絞ってからラジオの電源を入れた。

 小型のアナログラジオが雑音を拾う。チャンネルのツマミを回し、息を潜めて選局した。


 雑音に(かす)かな声が混じる。

 少年はアンテナを伸ばすと、更に慎重にツマミを操作し、周波数を合わせた。

 不意に、アナウンサーの緊迫した声が鮮明になる。

 六人は身を固くし、息を殺して耳を傾けた。



 「リストヴァー自治区への弾圧阻止を掲げ、二月三日正午に宣戦布告したアーテル共和国が、今日午前九時、国連からの脱退を発表しました。現在も、ネモラリス島への爆撃を継続しており、ネモラリス島南東部に空襲警報が発令中です。地域住民の皆さまは、落ち着いて、最寄りの地下壕へ避難して下さい」

 続いて、力なき民の避難方法、避難路、受け容れ可能な施設名などを次々と読み上げる。



 「アーテルの仕業だったのか……」

 テロリストの隊長にも意外だったようで、後の言葉が続かない。


 ……何でだよ? 元は同じひとつの国だったんじゃないのか?


 アーテル地方の住人には、湖上の島々に親戚や知り合いが、一人も居ないのだろうか。

 「ラクリマリス王国は、何故、領空の通過を看過(かんか)するのだろうな?」

 ラジオに耳を傾けながら、隊長が呟く。


 「でも、敵軍が何者で、何が目的なのかはわかりましたよ。自治区を守る為みたいなコト言ってたし、今なら自治区が一番、安全なんじゃないんですか?」

 レノは、思いつきを口にした。

 隊長がラジオの持ち主に問う。

 「坊や。これはどこの局だ?」

 「……国営放送です」

 「一見、公平で正確な情報を発信しているように見えて、国の意向に沿った情報しか出さないものだ。ネモラリス政府にとって不利益な情報は隠し、これからは戦意昂揚の為の情報をガンガン流すようになるぞ」

 ラジオの持ち主の答えに(うなず)き、隊長は淡々と語った。


 「でも、そんなの……」

 レノが言い掛けるのを、隊長は片手を上げて制した。

 「無論、嘘の情報を流したのでは、国民にそっぽを向かれる。流すのは、主に事実だろう。だが、例えば、戦争の原因となった自治区にネモラリス軍を派遣し、民族浄化を実行中だったとして、それを報道すると思うか?」

 「それは……」

 レノが言い(よど)むと、隊長は更に続けた。

 「軍を派遣せずとも、自治区外の住民が『お前らのせいで』と暴徒化し、自治区を襲撃する可能性も充分考えられる。違うか?」


 改めて問われ、号外で見た火災の写真が脳裡(のうり)(よぎ)った。

 それに、この状況で「戦争になったのは、リストヴァー自治区のせいだ」と解釈されかねない情報を流せば、自治区を危険に(さら)すことは明白だ。

 パン屋の(せがれ)にもわかることに政府や国営放送の偉い人が、気付かない筈がない。


 政府が直接、自治区を潰しに掛かれば、国際的な非難を浴びる。特にラニスタ共和国など、キルクルス教徒の多い近隣国の反発は必至だろう。

 この短い報道には、軍を派遣せず、住民をけしかける意図が透けて見えた。



 レノが黙っていると、隊長はラジオの持ち主に聞いた。

 「電池は余分にあるのか?」 

 「いえ、後二本です」

 「当分、空襲警報のことしか言わないだろう。外しておくといい。後は、丁度の時間にしばらくつけて、新しい情報がなければ、すぐに消すと言う運用がいいだろう」

 隊長の言葉通り、先程から国営放送のアナウンサーは、ネモラリス島内の避難所情報を繰り返し読み上げるだけだ。


 少年がラジオの電源を切ると、隊長は五人を見回して言った。

 「今日のところは予定通り、ここで休もう。このまま移動を開始しても、自滅するだけだ」

 確かに、ネーニア島内のどこが安全かわからないので、()()なく彷徨(さまよ)うことになる。


 ニェフリート河や運河沿いから離れれば、食糧の確保も難しくなる。いや、湖の民の薬師(くすし)に何かあれば、たちまち餓えてしまう。

 もう一人の魔法使いクルィーロは、機械には詳しいが、魔法があまり得意ではない。後は全員、力なき民なのだ。


 テロリストの隊長が言う通り、今日のところはここで休息して、魔法使いの二人に気力、体力を回復してもらうのが最善のような気がした。


 挿絵(By みてみん)

☆アーテル共和国/元は同じひとつの国……「0001.内戦の終わり」参照

☆そんなに色々持ち出せた……「0048.決意と実行と」参照

☆号外で見た火災の写真……「0055.山積みの号外」参照

☆ラニスタ共和国……「0005.通勤の上り坂」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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