0078.ラジオの報道
レノは、少年兵の呟きで空を見上げた。
冬の薄青い空には雲ひとつなく、機影は見えない。
ティスも上を向いてキョロキョロするが、何も見つけられないようだ。
テロリストの隊長も、西の空には何もないのか、少年兵に視線を向けた。
少年兵の顔は、北東に向いて動かず、強張った表情で彼方を凝視する。もう一人のテロリストと、リュックの少年も同じ方角を向いたまま固まる。
トタンの下で横になる四人はもう眠ったらしく、少年兵の声に身じろぎひとつしなかった。
機影が見えなくなったのか、三人が同時に息を吐いてこちらを向いた。
「何機だ?」
隊長の問いに少年兵がしまったと言う顔をする。年配のテロリストが代わりに答えた。
「速えし遠いし、よく見えなかったが、十機以上、二十機以下ってとこだな」
「そうか……方角は?」
「ネモラリス島の方へ行ったみたいだな」
その言葉に、レノは思わず声を上げた。
「えっ? それってまさか、首都を……」
「そこまではわからん」
テロリストは首を横に振った。
所属不明なら、ネモラリス共和国軍の防衛隊の可能性もある。だが、レノは胸騒ぎが治まらなかった。
少年が荷物を探って囁いた。
「あの、ラジオ、あるんですけど……起こしちゃ悪いんで、小さい音で……」
「君、凄いな。そんなに色々持ち出せたんだ」
レノが驚いて言うと、少年は恥ずかしそうに「えぇ」と呟いた。
少年兵と年配のテロリストが詰め、レノとティス、隊長が、ラジオの少年の傍へそっと移動する。
少年が、ボリュームのツマミを絞ってからラジオの電源を入れた。
小型のアナログラジオが雑音を拾う。チャンネルのツマミを回し、息を潜めて選局した。
雑音に微かな声が混じる。
少年はアンテナを伸ばすと、更に慎重にツマミを操作し、周波数を合わせた。
不意に、アナウンサーの緊迫した声が鮮明になる。
六人は身を固くし、息を殺して耳を傾けた。
「リストヴァー自治区への弾圧阻止を掲げ、二月三日正午に宣戦布告したアーテル共和国が、今日午前九時、国連からの脱退を発表しました。現在も、ネモラリス島への爆撃を継続しており、ネモラリス島南東部に空襲警報が発令中です。地域住民の皆さまは、落ち着いて、最寄りの地下壕へ避難して下さい」
続いて、力なき民の避難方法、避難路、受け容れ可能な施設名などを次々と読み上げる。
「アーテルの仕業だったのか……」
テロリストの隊長にも意外だったようで、後の言葉が続かない。
……何でだよ? 元は同じひとつの国だったんじゃないのか?
アーテル地方の住人には、湖上の島々に親戚や知り合いが、一人も居ないのだろうか。
「ラクリマリス王国は、何故、領空の通過を看過するのだろうな?」
ラジオに耳を傾けながら、隊長が呟く。
「でも、敵軍が何者で、何が目的なのかはわかりましたよ。自治区を守る為みたいなコト言ってたし、今なら自治区が一番、安全なんじゃないんですか?」
レノは、思いつきを口にした。
隊長がラジオの持ち主に問う。
「坊や。これはどこの局だ?」
「……国営放送です」
「一見、公平で正確な情報を発信しているように見えて、国の意向に沿った情報しか出さないものだ。ネモラリス政府にとって不利益な情報は隠し、これからは戦意昂揚の為の情報をガンガン流すようになるぞ」
ラジオの持ち主の答えに頷き、隊長は淡々と語った。
「でも、そんなの……」
レノが言い掛けるのを、隊長は片手を上げて制した。
「無論、嘘の情報を流したのでは、国民にそっぽを向かれる。流すのは、主に事実だろう。だが、例えば、戦争の原因となった自治区にネモラリス軍を派遣し、民族浄化を実行中だったとして、それを報道すると思うか?」
「それは……」
レノが言い淀むと、隊長は更に続けた。
「軍を派遣せずとも、自治区外の住民が『お前らのせいで』と暴徒化し、自治区を襲撃する可能性も充分考えられる。違うか?」
改めて問われ、号外で見た火災の写真が脳裡を過った。
それに、この状況で「戦争になったのは、リストヴァー自治区のせいだ」と解釈されかねない情報を流せば、自治区を危険に晒すことは明白だ。
パン屋の倅にもわかることに政府や国営放送の偉い人が、気付かない筈がない。
政府が直接、自治区を潰しに掛かれば、国際的な非難を浴びる。特にラニスタ共和国など、キルクルス教徒の多い近隣国の反発は必至だろう。
この短い報道には、軍を派遣せず、住民をけしかける意図が透けて見えた。
レノが黙っていると、隊長はラジオの持ち主に聞いた。
「電池は余分にあるのか?」
「いえ、後二本です」
「当分、空襲警報のことしか言わないだろう。外しておくといい。後は、丁度の時間にしばらくつけて、新しい情報がなければ、すぐに消すと言う運用がいいだろう」
隊長の言葉通り、先程から国営放送のアナウンサーは、ネモラリス島内の避難所情報を繰り返し読み上げるだけだ。
少年がラジオの電源を切ると、隊長は五人を見回して言った。
「今日のところは予定通り、ここで休もう。このまま移動を開始しても、自滅するだけだ」
確かに、ネーニア島内のどこが安全かわからないので、当て所なく彷徨うことになる。
ニェフリート河や運河沿いから離れれば、食糧の確保も難しくなる。いや、湖の民の薬師に何かあれば、たちまち餓えてしまう。
もう一人の魔法使いクルィーロは、機械には詳しいが、魔法があまり得意ではない。後は全員、力なき民なのだ。
テロリストの隊長が言う通り、今日のところはここで休息して、魔法使いの二人に気力、体力を回復してもらうのが最善のような気がした。




