760.古道での再会
少年兵モーフは、ピナがアゴーニを手伝うのをぼんやり眺めていた。
ウーガリ古道の休憩所は相変わらず、戦争中とは思えないくらい平和だ。朝晩の冷え込みが厳しくなるにつれ、生い茂った草が枯れてゆく。その中で、傷薬になる草だけが、青々としていた。小さな赤い実と白い虫綿は、枯れ草の中でよく目立った。
朝食の後片付けを終え、ピナが焚火の傍に腰を下ろす。モーフは枯れ枝を一本だけ焼べた。火の粉が爆ぜ、冷たく澄んだ空へ昇って消える。
ピナは浮かない顔でウーガリ古道を見詰めていた。
ソルニャーク隊長とDJレーフは、いつもと違ってレーチカ市へ情報収集に行って留守だ。クルィーロたち父子とメドヴェージは、薪拾いに行った。ラジオのおっちゃんジョールチは、トラックの荷台に籠って情報の整理をしている。
モーフは黙々とドングリの殻剥きを続けた。
……ピナの兄ちゃんたち、遅ぇな。王都で何があったんだよ?
三日前、薪拾いについて行き、クルィーロにしつこく食い下がってやっと、ピナの妹だけが王都の病院に行った理由がわかった。
薬師のねーちゃんと肉屋のおっさんができる限り手を尽くしたが、千切れた足がくっつくかどうか、微妙らしい。くっついても、歩けるようになるまで、何日掛かるかわからない。
くっつかなければ生やすしかないが、呪医セプテントリオーでは無理で、別系統の術だと言う。しかも、その特殊な呪医は滅多に居ないから、そう都合よくみつかるとは限らない。
ピナの顔は、一日過ぎる度に暗くなって行った。
モーフは慰めの言葉がみつからず、それからずっとピナと話せないでいる。
……俺の姉ちゃんは歩けねぇけど、内職で食ってたし、ピナの妹だって……いや、ダメだ。
姉はきっとリストヴァー自治区の大火で亡くなっただろう。火事になっても逃げられないのに、内職できると言ったところで何の慰めにもならない。
考えれば考える程、言葉が空回りして消えてしまった。
「あッ!」
ピナが声を上げ、立ち上がった。
葬儀屋アゴーニが、薬草から赤い実を外す手を止めて顔を上げる。古道に人の姿があった。大人と子供、計四人。ピナの兄妹と薬師のねーちゃん、それに運び屋の魔女だ。
ピナが駆け寄り、兄妹も大きな荷物を放り出して走って来る。
「お兄ちゃん、ティスちゃん!」
「ピナ!」
「お姉ちゃあんッ!」
……走れるようになったんだな。
腕のいい呪医に当たったことにホッとして、モーフも傍に行く。
何日か振りで揃ったパン屋の兄姉妹は、泣きながら抱き合っていた。葬儀屋のおっさんがもらい泣きの目尻を拭い、洟を啜り上げて言う。
「坊主、工員のあんちゃんたち、呼んでやれ」
「お、おうっ!」
薬師のねーちゃんと運び屋の魔女が、大荷物を抱えて枯れ草に埋もれた休憩所に入る。モーフは一瞬、手伝おうかと思ったが、運び屋フィアールカに手振りで行けと言われ、駆け出した。
ゆるやかに曲がる道を全力で駆ける。石畳に降り積もった落葉を鳴らし、両腕で風を切る。葉が落ちた木々の隙間から、人影が見えた。
「おーい!」
……兄妹と会えてあんな喜んでんだ。友達もみんな揃ったら、もっと喜ぶに決まってらぁ。
ピナの笑顔を想像するだけで、寒さを忘れられた。コートを翻して駆けながら、何度も声を限りに叫んだ。
人影がだんだん大きくなる。蔓草で薪を束ねているらしい。
「おーい! 何かあったのかー?」
メドヴェージの間の抜けた声に思わずニヤける。
着いた時にはすっかり息が上がってしまい、喋れなくなっていた。
「モーフ兄ちゃん、これ」
「お……おう」
アマナに水筒を渡され、一息に飲み干す。メドヴェージが真顔で質問した。
「坊主、いい話なんだな?」
「何で……わかるんだよ?」
礼を言って水筒を返し、口許を拭いながら聞き返す。
運転手のおっさんは、クルィーロと顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「顔に書いてあらぁな」
「レノたちが帰って来たんだろ?」
「お? おう」
モーフが思わず頷くと、父子に笑顔が弾けた。
「やっぱり! 今、一番嬉しいのってそれだもんな!」
「お父さん、お兄ちゃん、早く!」
「あぁ、こら、一人で行くんじゃない!」
薪の束を抱えて走りだしたアマナを、父が慌てて追いかける。クルィーロとメドヴェージも束を抱え、モーフも手伝った。
「ティスちゃあんッ!」
休憩所に駆け込んだアマナは、薪を放り出して親友に飛び付いた。父が、散らばった薪を拾って括り直す。
「もうどこも痛くない?」
「うん、大丈夫! ごめんね、私だけ……」
「いいのいいの! 私、大丈夫だから! よかった、ホントによかっ……!」
女の子たちは顔をくしゃくしゃにして泣きだした。
……さっきまで笑ってたのに、忙しい奴らだな。
ピナは泣き笑いで妹たちを見ている。レノ店長とクルィーロも、泣きそうな顔で笑いながら、肩を小突きあっていた。
ソルニャーク隊長たちはまだ戻っていないが、運び屋フィアールカはまだ居る。焚火の傍に座って、ジョールチに端末を見せていた。二人の深刻な表情を薬師アウェッラーナが青白い顔で見守る。
やがて話が終わり、フィアールカが立ち上がった。
「結論、すぐに出せないでしょ? 明後日、もう一回ここに来るから」
「情報提供、恐れ入ります」
「賢明なお返事、期待してるわ」
湖の民の運び屋は、何やらよくわからない笑みを残して【跳躍】した。
☆リストヴァー自治区の大火……「054.自治区の災厄」参照




