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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十八章 浮動

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760.古道での再会

 少年兵モーフは、ピナがアゴーニを手伝うのをぼんやり眺めていた。

 ウーガリ古道の休憩所は相変わらず、戦争中とは思えないくらい平和だ。朝晩の冷え込みが厳しくなるにつれ、生い茂った草が枯れてゆく。その中で、傷薬になる草だけが、青々としていた。小さな赤い実と白い虫綿は、枯れ草の中でよく目立った。


 朝食の後片付けを終え、ピナが焚火の傍に腰を下ろす。モーフは枯れ枝を一本だけ()べた。火の粉が()ぜ、冷たく澄んだ空へ昇って消える。

 ピナは浮かない顔でウーガリ古道を見詰めていた。


 ソルニャーク隊長とDJレーフは、いつもと違ってレーチカ市へ情報収集に行って留守だ。クルィーロたち父子とメドヴェージは、薪拾いに行った。ラジオのおっちゃんジョールチは、トラックの荷台に籠って情報の整理をしている。

 モーフは黙々とドングリの殻剥きを続けた。


 ……ピナの兄ちゃんたち、遅ぇな。王都で何があったんだよ?


 三日前、薪拾いについて行き、クルィーロにしつこく食い下がってやっと、ピナの妹だけが王都の病院に行った理由がわかった。

 薬師(くすし)のねーちゃんと肉屋のおっさんができる限り手を尽くしたが、千切れた足がくっつくかどうか、微妙らしい。くっついても、歩けるようになるまで、何日掛かるかわからない。

 くっつかなければ生やすしかないが、呪医セプテントリオーでは無理で、別系統の術だと言う。しかも、その特殊な呪医は滅多に居ないから、そう都合よくみつかるとは限らない。


 ピナの顔は、一日過ぎる度に暗くなって行った。

 モーフは慰めの言葉がみつからず、それからずっとピナと話せないでいる。


 ……俺の姉ちゃんは歩けねぇけど、内職で食ってたし、ピナの妹だって……いや、ダメだ。


 姉はきっとリストヴァー自治区の大火で亡くなっただろう。火事になっても逃げられないのに、内職できると言ったところで何の慰めにもならない。

 考えれば考える程、言葉が空回りして消えてしまった。


 「あッ!」

 ピナが声を上げ、立ち上がった。

 葬儀屋アゴーニが、薬草から赤い実を外す手を止めて顔を上げる。古道に人の姿があった。大人と子供、計四人。ピナの兄妹と薬師(くすし)のねーちゃん、それに運び屋の魔女だ。

 ピナが駆け寄り、兄妹も大きな荷物を放り出して走って来る。


 「お兄ちゃん、ティスちゃん!」

 「ピナ!」

 「お姉ちゃあんッ!」


 ……走れるようになったんだな。


 腕のいい呪医に当たったことにホッとして、モーフも傍に行く。

 何日か振りで揃ったパン屋の兄姉妹は、泣きながら抱き合っていた。葬儀屋のおっさんがもらい泣きの目尻を拭い、洟を啜り上げて言う。

 「坊主、工員のあんちゃんたち、呼んでやれ」

 「お、おうっ!」


 薬師(くすし)のねーちゃんと運び屋の魔女が、大荷物を抱えて枯れ草に埋もれた休憩所に入る。モーフは一瞬、手伝おうかと思ったが、運び屋フィアールカに手振りで行けと言われ、駆け出した。



 ゆるやかに曲がる道を全力で駆ける。石畳に降り積もった落葉を鳴らし、両腕で風を切る。葉が落ちた木々の隙間から、人影が見えた。

 「おーい!」


 ……兄妹と会えてあんな喜んでんだ。友達もみんな揃ったら、もっと喜ぶに決まってらぁ。


 ピナの笑顔を想像するだけで、寒さを忘れられた。コートを翻して駆けながら、何度も声を限りに叫んだ。

 人影がだんだん大きくなる。蔓草(つるくさ)で薪を束ねているらしい。

 「おーい! 何かあったのかー?」

 メドヴェージの間の抜けた声に思わずニヤける。



 着いた時にはすっかり息が上がってしまい、喋れなくなっていた。

 「モーフ兄ちゃん、これ」

 「お……おう」

 アマナに水筒を渡され、一息に飲み干す。メドヴェージが真顔で質問した。

 「坊主、いい話なんだな?」

 「何で……わかるんだよ?」

 礼を言って水筒を返し、口許を拭いながら聞き返す。


 運転手のおっさんは、クルィーロと顔を見合わせ、ニヤリと笑った。

 「顔に書いてあらぁな」

 「レノたちが帰って来たんだろ?」

 「お? おう」

 モーフが思わず頷くと、父子に笑顔が弾けた。

 「やっぱり! 今、一番嬉しいのってそれだもんな!」

 「お父さん、お兄ちゃん、早く!」

 「あぁ、こら、一人で行くんじゃない!」

 薪の束を抱えて走りだしたアマナを、父が慌てて追いかける。クルィーロとメドヴェージも束を抱え、モーフも手伝った。



 「ティスちゃあんッ!」

 休憩所に駆け込んだアマナは、薪を放り出して親友に飛び付いた。父が、散らばった薪を拾って(くく)り直す。


 「もうどこも痛くない?」

 「うん、大丈夫! ごめんね、私だけ……」

 「いいのいいの! 私、大丈夫だから! よかった、ホントによかっ……!」

 女の子たちは顔をくしゃくしゃにして泣きだした。


 ……さっきまで笑ってたのに、忙しい奴らだな。


 ピナは泣き笑いで妹たちを見ている。レノ店長とクルィーロも、泣きそうな顔で笑いながら、肩を小突きあっていた。


 ソルニャーク隊長たちはまだ戻っていないが、運び屋フィアールカはまだ居る。焚火の傍に座って、ジョールチに端末を見せていた。二人の深刻な表情を薬師(くすし)アウェッラーナが青白い顔で見守る。



 やがて話が終わり、フィアールカが立ち上がった。

 「結論、すぐに出せないでしょ? 明後日、もう一回ここに来るから」

 「情報提供、恐れ入ります」

 「賢明なお返事、期待してるわ」


 湖の民の運び屋は、何やらよくわからない笑みを残して【跳躍】した。

☆リストヴァー自治区の大火……「054.自治区の災厄」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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