757.防空網の突破
甲板上では、複数の哨戒兵が、それぞれ【花の耳】で繋がる艦と交信していた。
搭乗する旗艦オクルスの作戦指揮所や、ネーニア島北部で待機中の艦に【索敵】で見た西岸の状況を報告する。
「北上中の敵機十一の編隊、ガルデーニヤまでの距離、百を切りました!」
「防空艦ノモス及びペクテン、北西に針路を取れ! 可能な限り追撃せよ!」
「敵機十二の編隊が北上、カズリャーク村を攻撃中!」
南西や西の方角を【索敵】で見る哨戒兵・指揮所・防空艦の三者を繋ぎ、指示を出す佐官の声が交錯する。
「防空艦フーネラーレ、応答せよ!」
「防空艦フーネラーレ、爆沈!」
ルベルは思わず耳を疑った。様々な術で多重に防護された鋼鉄の防空艦が、爆沈された――張り詰めた空気と飛び交う怒号に、これは現実なのだと思い知らされる。
「生存者、約五名! オーダの南南西、距離、約三! 小型の魔獣が接近中!」
「繰り返す。防空艦オーダの乗組員は、湖上で生存者の救助を急げ!」
「防空艦ヒュムノディアは現在、エージャ沖をガルデーニヤに移動中だ」
魔装兵ルベルは、説明と共に渡された【花の耳】を左襟に着け、【索敵】を唱えた。術で拡大された視力がネーニア島を横切り、トポリ市沖の旗艦オクルスの甲板から、ガルデーニヤ市南西の空を睨む。
十数機ずつの爆撃機と戦闘機の編隊が、五つの塊に分かれてネーニア島西岸沿いの空を北上していた。
遙か南方、北ザカート市沖では、【魔道士の涙】などで強化した魔装兵が、アーテルの戦闘機と交戦中だ。
敵機は【飛翔】の術で空をゆく魔装兵に情け容赦なく機銃掃射を浴びせるが、空中を移動する小さな標的にはなかなか当たらず、命中したところで、防禦の術や【鎧】に阻まれ殺傷できない。それどころか、強化兵の巧みな誘導で同士討ちが起きていた。
ルベルがエージャ沖に視線を転じると、待機していた三隻の内、防空艦ヒュムノディアが、全速力でナジョーフカ半島を西へ回り込んでいた。半島の北東部に位置するエージャから、南西の付け根にあるガルデーニヤまで、どう頑張っても敵襲の迎撃には間に合わない距離だ。
鋼鉄の船体には、様々な呪文と呪印が特殊な塗料で塗装されている。【隠蔽】の幻術を発動させた今、肉眼では捕えられない。湖水の動揺や航跡も幻術によって隠され、移動の方向も予測できなくなっていた。
魔術なら【索敵】、科学ならば高性能のレーダーで捕捉可能らしいが、アーテル軍が爆撃機に実装するレーダーの性能は不明だ。
魔装兵ルベルは、【花の耳】で繋がった防空艦ヒュムノディアに、ガルデーニヤ市に刻々と迫る敵機の位置を報告し続けた。
そうする間にも、西岸沿いの漁村や農村が焼夷弾の炎に呑まれてゆく。投下し尽くしたのか、戦列を離脱し、大きく西へ進路を変更する爆撃機が出始めた。
陸軍部隊も、ガルデーニヤ市とエージャ市の周辺に展開し、迎撃態勢を整えている頃だが、小さな村までは手が回らない。
……街から避難した人たちがいるのに……!
村が焼かれるのを【索敵】で目の当たりにしても、ルベルが居るのは、遙か東のトポリ市沖に浮かぶ旗艦オクルスだ。ナジョーフカ半島沖を航行中の防空艦ヒュムノディアに、敵機の数と位置、状況の伝達しかできないのがもどかしい。
勿論、ルベルの錬度と防禦が中心の【飛翔する蜂角鷹】学派の術では、アーテル軍の戦闘機や爆撃機を相手に戦えないのは承知している。村を丸ごと守れるだけの魔力も、持ち合せていない。
もどかしさに胸を焼き焦がされ、叫びたくなるのを堪えて状況を報告した。
ルベルの【花の耳】から、旗艦オクルスからの命令を復唱するヒュムノディア艦長の声が聞こえる。
「ヒュムノディア、引き続き【濃霧】を展開、【雷雨】の詠唱開始、了解」
陸軍部隊は、ガルデーニヤ南の敵機進路上に【使い魔の契約】で縛った魔物の配置を終えていた。
プロペラ機が中心だった半世紀の内乱中は、小型の魔獣をプロペラに巻き込ませていたが、現在の戦闘機や爆撃機には通用しない。実体を持たぬ魔物を操縦室に侵入させ、生身のパイロットを捕食させる作戦だ。
……でも、あの時みたいな無人機も来てるのに……機械を壊すのは、無理……だよな?
シェラタン当主が行方を晦ませた今、大規模な気象攻撃は不可能だ。【魔道士の涙】で強化した【雪読む雷鳥】学派の兵が、数人掛かりで【雷雨】を使ったところで、どの程度の効果があるのか。
ルベルは不安を押し殺し、間もなく結果が出る空を見詰めた。
あの大規模攻勢の後、ネモラリス軍はようやく、無人機の情報を手に入れた。
外見の特徴など、僅かな資料が士官と哨戒兵に回された。だが、遠隔操作されるハイテク兵器を相手にどう戦えばいいのか、具体的な指示や新しい戦法など、何も決まらない内に防空網を突破されてしまった。
あの時、無人機にも【光の槍】が有効だとわかったが、一機ずつ撃墜するしかないのでは、こうして数を頼まれれば、押し切られてしまう。
……もっと広範囲に、防禦なり攻撃なり、展開できればいいのに。
それを実現したのが魔哮砲だと気付いたが、あれが存在するせいで、こうしてアーテルの進攻を受ける羽目になったのかと思うと複雑だ。
また数機、有人の戦闘機と爆撃機が、西へ逸れて戦線を離脱する。この経路は、サカリーハ市近郊への侵入時に確立されたのだろう。
アーテルの特殊部隊がネモラリス軍に捕縛され、魔法生物の研究所捜索が失敗しても、無駄にはならなかったのだ。
アーテル軍は、追撃する余裕のないネモラリス軍を嘲うかのように無人機を残し、悠々と南へ帰投する。
有人機の周囲を無人機で固めて、機銃掃射でネモラリス軍の魔装兵を牽制し、ザカート市沖の防空網を突破した。有人機は、ネーニア島西岸に点在する手薄な村々を爆撃。弾薬が尽き次第、湖西地方寄りの進路で離脱してゆく。
生き残った村人たちは、遺体に縋って泣く者ばかりではなかった。術で湖水を起ち上げ、漁船や家屋の火を消す者や、家畜を逃がす者も居る。
アーテル軍の目的は、一兵卒のルベルの目にも明らかだ。
魔法使いの殺害と、食糧生産の手を奪うこと――
敵の目的は果たされつつあった。
「敵機一部隊、数十五、マノーク島に到達!」
「ガルデーニヤにも到達! 数、九、十三、八、九!」
「高度を変えた五列横隊! いずれも無人機です!」
ルベルたち哨戒兵の声が、旗艦オクルスの甲板と指揮所、各防空艦の指揮所に戦意と絶望を同時にもたらした。
☆ネーニア島北部で待機中の艦……「750.魔装兵の休日」参照
☆街から避難した人たちがいる……「304.都市部の荒廃」参照
☆あの時みたいな無人機/大規模な気象攻撃/あの大規模攻勢/あの時、無人機にも【光の槍】が有効……「309.生贄と無人機」参照
☆サカリーハ市近郊への侵入時……「704.特殊部隊捕縛」参照




