754.情報の裏取り
少年兵モーフは、缶詰に野生の芋を足したスープをおかわりした。
「おいおい、三杯も食うのかよ?」
「うるせえ、腹減ってんだ」
呆れるメドヴェージに言い返し、マグカップの中身をかっ込む。
モーフは昨夜、単独行動をした罰として、ソルニャーク隊長に朝食抜きを言い渡された。たった一食抜いただけで、何故こんなに空腹なのか不思議だ。
……自治区に居た頃は、一日一回、何か食えるだけでも有難かったのに。
葬儀屋アゴーニが、ウーガリ古道を囲む森で採ってきた野生の芋は、母がクブルム山脈の近くまで行って手に入れたものと同じだった。
ほくほく甘くて腹が膨れる芋は、年に数回しか口にできないごちそうだった。
ネモラリス島のここもそうだが、ネーニア島の森にも魔物や魔獣はうじゃうじゃ居る。命懸けで一株か二株掘って来た母に「もっと欲しい」などとは、口が裂けても言えなかった。
湖の民アゴーニは、こっちの休憩所に移ってから毎日、ごちそうの芋を掘って来る。
……俺がもっと強くて、魔法が使えたら、母ちゃんにあんな苦労させねぇで済んだのにな。
毎回、袋いっぱい掘って来る湖の民のおっさんは、お玉で鍋をかき混ぜながら、みんなに「もっと食え」と勧めていた。
朝食後、お互い、クレーヴェル港で分かれてからどこでどう過ごしてきたか、改めて詳しく情報交換して、国営放送のジョールチが紙にまとめた。
今はお昼を食べながら、これからどうするのか話し合っている。
「レーチカには、臨時政府がありますからね」
ラジオのおっちゃんジョールチは、スープ一杯だけで昼食を切り上げ、トラックの荷台から紙束を下ろした。ソルニャーク隊長とFMクレーヴェルのDJレーフが、首都クレーヴェルで集めた情報を整理したものだ。
ラジオのニュースと同じ調子で読み上げる。
「十月下旬、首都クレーヴェルの西門付近で相次いだ爆発は、キルクルス教原理主義団体“星の標”の犯行で間違いないようです」
「裏が取れたのか?」
葬儀屋アゴーニが聞くと、ジョールチは頷いて続けた。
「王都ラクリマリスのフラクシヌス教団関係者が、インターネット上に爆弾テロの犯行声明が出された、とネモラリス側に伝えています。ネモラリス政府はそれを受けて、FMクレーヴェルで報道しました。私は先日、レーチカに跳んだ際、顔見知りの通信社の記者に会って、両方の裏が取れました」
「おっちゃん、ツーシンシャって何だ?」
質問したモーフに注目が集まる。
国営放送のベテランアナウンサーは少し考えて、モーフにもわかりやすい言葉で説明してくれた。
「新聞社や放送局に写真やニュースを売る会社だよ。私が会ったのは、時流通信の記者。日之本帝国の会社だけど、アミトスチグマに支社を置いて、ラキュス地方の情報を集めてるんだ」
「そいつ、どこの奴なんだ? アミトスチグマ人?」
「その人は、日之本帝国人だよ。この辺だと王都とルフスにも支局があって、ネモラリスとか他の国では、支局の記者や、地元のフリージャーナリストや現地で契約した記者に取材させてる」
少年兵モーフが、わかったような、わからないような気持で返事を保留していると、クルィーロたちの父が口を挟んだ。
「日之本帝国は、このチヌカルクル・ノチウ大陸の東の端にある島国で、科学文明国だけどキルクルス教国じゃないんだ」
「何でそんな遠いとこの奴が、わざわざラキュスの島に来たんだ?」
国営放送のジョールチが苦笑する。
「それが、彼の仕事だからね。ネモラリス政府がレーチカで記者会見するって言って、地元のメディアや時流通信だけじゃなくて、あちこちの報道機関を呼んだんだよ。クーデター後、初の公式会見だったから、支局だけじゃなくて支社からも行ったんだろう」
ジョールチは、彼がラクリマリス支局の下っ端記者だった頃、首都クレーヴェルに派遣された時に知り合ったと言う。
「彼は、難民キャンプの様子も教えてくれました」
唯一のネモラリス人向けの難民キャンプは、アミトスチグマ政府が、国連難民高等弁務官事務所に支援を要請して開設したものだ。
冬の都の南にあるパテンス市郊外の森を拓き、木を伐って土地と建材を同時に用意して作れらた。丸木小屋が完成する前、難民たちは【魔除け】などを刺繍したテントで過ごしたと言う。
人が増える度に伐採を進め、キャンプは東へ東へと拡大中だ。
「今では三十万人近くが身を寄せていますが、そんな状況なので、森と隔てる防壁や塀はなく、魔物や魔獣の犠牲者も出たそうです」
「えぇッ? 難民キャンプって、そんな危ないとこだったんですか?」
ピナが声を上げると、ジョールチは重々しく頷いた。
「森に近い所はね。先に作られた所はそうでもないらしいんだけど、専門家の手が足りないから、指導してもらって難民が自分たちで森を拓いて小屋を建ててるそうだよ」
「怪我とか、大丈夫なんですか?」
「怪我人は少なくないけど、医療の専門家と薬も足りない上に、衣類も足りなくて、今は冬物の寄付を呼び掛けているそうだよ」
少年兵モーフは、ピナのしょんぼり沈んだ顔に苛立ち、そんな顔をさせたジョールチに質問をぶつけた。
「じゃあ、何だったらあるんだよッ?」
「モーフ!」
ソルニャーク隊長に窘められたが、言ってしまったからには引っ込みがつかない。
ジョールチは困った顔をしながらも、怒らずに答えてくれた。
▲ラキュス湖南地方 地形図と主要都市。
☆ネモラリス政府はそれを受けて、FMクレーヴェルで報道しました……「720.一段落の安堵」参照
☆難民キャンプの様子……「415.非公式の視察」参照
☆難民が自分たちで森を拓いて小屋を建ててる……「738.前線の診療所」「739.医薬品もなく」参照




