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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日
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0077.寒さをしのぐ

 ロークは、情報が少な過ぎると言われ、ラジオを持ち出したのを思い出した。

 もう二度と後悔したくない。

 今、何をするのが最善か、全力で頭を働かせる。


 夜通し歩いて全員が疲れ切り、魔法使いの二人は特に深刻だ。

 毛布があるのは、小中学生の女の子たち三人だけで、ローク自身、あの混乱で置いてきてしまった。

 それでも厚着の分、まだマシだ。


 工員とエプロンの青年には、コートなど防寒着が何もがない。仕事の途中で、取る物も取り()えず避難したのだろう。

 少女たちはローク同様、コートとマフラー、手袋があるから大丈夫だ。

 薬師(くすし)のコートは薄手だが、(すそ)(そで)に力ある言葉の刺繍が見えた。疲れが取れて、【耐寒】が発動すれば、寒くない筈だ。


 テロリスト三人は、粗末なジャンパーやベスト。それも破れやほつれが目立って薄っぺらく、寒さに震えて足踏みを続ける。


 十人中五人が、まともな防寒着もない。

 魔法の焚火では暖が取れないとは知らなかった。


 「あの、魔法使いのお二人は寝てて下さい。俺、もうちょい風除(かぜよ)けになりそうな物、拾ってきます」

 ロークはリュックを背負って通りへ出た。

 焼け焦げた看板を拾う。年配のテロリストが駆け寄って来た。

 「手伝うぞ」

 「ありがとうございます」

 改めて見ると、人の良さそうな普通のおじさんだ。こんな人までテロに加わったのが不思議でならない。


 戻ると、工員は妹を抱きしめて横になり、薬師(くすし)がその隣で毛布の上に座って水筒の水を飲む。

 エプロンの青年と妹たちは、東の方で使えそうな物を探し、テロリストの隊長と少年兵が南で探す。


 人種、信仰、年齢、経験、魔力、性別、職業……何もかもが違う。

 しかも、テロの加害者と被害者だ。

 なのに何故、協力できるのか。


 ……今は、余計なコト考えてる場合じゃないな。


 ロークは風除けの設置に専念した。積み上げた瓦礫に看板を立て掛け、別の瓦礫で押さえる。

 三兄弟は、トタン板を一枚拾ってきた。扉くらいの大きなものだ。

 「これ、壁にこう……斜めに立て掛けて屋根っぽくしたら、大分マシだと思う」

 「あ、待って下さい」

 青年が瓦礫を()けた場所に持ち込もうとするのを、薬師(くすし)が止めた。

 「洗ってからにしましょう」

 さっさと立ち上がって、ニェフリート運河へ歩いてゆく。ロークは慌てて追い掛けた。

 「あッ! 一人じゃ危ないですよ」



 車道で追い付いてから、気付いてしまった。薬師(くすし)は湖の民で、魔法使いだ。力なき民のロークよりずっと強い。

 だが、みんなの所へ戻れとは言われず、ロークは気付かないフリで、そのまま運河までついて行った。

 二人の息が白く曇り、運河からの風に流れる。


 ……俺だって、見張りくらいならできるんだ。


 薬師(くすし)が呪文を唱える間、セリェブロー区に目を凝らす。

 あちこちに細くたなびく煙は、まだ(くす)ぶる火災なのか、生存者が暖を取る焚火なのか。

 今のところ、ネーニア島の空には機影がなく、静かだ。

 「何から何まで、すみません」

 「できることを、できる時に、できるだけする。それだけです」

 薬師はそう言うと、自分の身体と同じ大きさの水塊を連れて野営地に戻った。



 隊長とテロリストも、トタン板を見つけてきた。

 薬師が二枚のトタンを【操水】で洗浄し、ロークが拾った看板も洗う。

 トタン二枚を立て掛けると、丁度、工員の身体が隠れた。疲れが酷いせいか、全く目を覚まさない。

 「じゃあ、ゆっくり休んで下さい。見張りとかしますんで」

 薬師(くすし)はエプロンの青年の言葉に頷いて、トタンの下へ身体を潜り込ませた。

 トタン下の空間にはまだ余裕がある。詰めればもう一人くらい寝られそうだ。


 「ピナ、お前も寝とけ。交代で休むんだ」

 女子中学生が、兄の有無を言わせぬ指示に黙って従う。

 ロークは、トタン板の(そば)に腰を降ろした。瓦礫とトタン板がいい具合に風除(かぜよ)けとなり、寒さは幾分(いくぶん)かマシになった。

 青年と小学生の妹は、トタンの入口前に座り、テロリストたちは、ロークと兄妹の間に落ち着いた。


 ロークの隣に来た少年兵は、ジャンパーの両肩を抱いて寒さに耐える。

 少し迷ったが、ロークはマフラーを外して声を掛けた。

 「その恰好(かっこう)、寒いよな。これ、よかったら使っていいよ」

 少年兵は顔を上げ、まじまじとロークを見た。


 「いや? じゃあ、おじさん、どうぞ」

 言いながら手を伸ばす。

 年配のテロリストは、ロークに笑顔を向けた。

 「ホントにいいのかい?」

 「俺は、フードを(かぶ)ればあったかいんで」

 「ありがとよ」

 テロリストはマフラーを受け取りながら、少年兵を強引に抱き寄せた。二人の首をマフラーで包む。

 「首筋をあっためると、全身があったまるんだ。坊主、覚えとけよ」

 少年兵はおじさんテロリストを鬱陶(うっとう)しそうに(にら)んだが、振り払いはしなかった。

 隊長が、壁とは反対の西の空を睨む。


 ……あ、そっか。見張り。


 ロークも南に注意を向けた。

 空は晴れ、雲ひとつない。

 その下は瓦礫が横たわる焼け跡だ。ずっと南、地平線の上にクブルム山脈が影絵のように(うずくま)る。

 ロークは山並みを視線でなぞり、南東を見た。


 ……渡り鳥?


 山脈の端に黒い点の連なりが見えた。どんどん大きくなる姿を目で追う。

 影が、大きくなる。

 不吉な予感に動悸(どうき)がした。

 みんなに報せようと口を開いたが、口の中がカラカラに乾いて声が出ない。

 何とか振り向き、少年兵の肩を叩いた。

 膝を抱え、うとうとしていた少年兵が、迷惑そうに顔を上げる。

 「飛行機……」

 少年兵の呟きに、隊長が弾かれたようにこちらを向いた。


 爆撃機の群が、渡り鳥のように隊列を組み、湖上を北東へ飛んでゆく。

 機影はあっという間に小さくなり、見えなくなった。

☆あの混乱……「0070.宵闇に一悶着」「0071.夜に属すモノ」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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