0077.寒さをしのぐ
ロークは、情報が少な過ぎると言われ、ラジオを持ち出したのを思い出した。
もう二度と後悔したくない。
今、何をするのが最善か、全力で頭を働かせる。
夜通し歩いて全員が疲れ切り、魔法使いの二人は特に深刻だ。
毛布があるのは、小中学生の女の子たち三人だけで、ローク自身、あの混乱で置いてきてしまった。
それでも厚着の分、まだマシだ。
工員とエプロンの青年には、コートなど防寒着が何もがない。仕事の途中で、取る物も取り敢えず避難したのだろう。
少女たちはローク同様、コートとマフラー、手袋があるから大丈夫だ。
薬師のコートは薄手だが、裾や袖に力ある言葉の刺繍が見えた。疲れが取れて、【耐寒】が発動すれば、寒くない筈だ。
テロリスト三人は、粗末なジャンパーやベスト。それも破れやほつれが目立って薄っぺらく、寒さに震えて足踏みを続ける。
十人中五人が、まともな防寒着もない。
魔法の焚火では暖が取れないとは知らなかった。
「あの、魔法使いのお二人は寝てて下さい。俺、もうちょい風除けになりそうな物、拾ってきます」
ロークはリュックを背負って通りへ出た。
焼け焦げた看板を拾う。年配のテロリストが駆け寄って来た。
「手伝うぞ」
「ありがとうございます」
改めて見ると、人の良さそうな普通のおじさんだ。こんな人までテロに加わったのが不思議でならない。
戻ると、工員は妹を抱きしめて横になり、薬師がその隣で毛布の上に座って水筒の水を飲む。
エプロンの青年と妹たちは、東の方で使えそうな物を探し、テロリストの隊長と少年兵が南で探す。
人種、信仰、年齢、経験、魔力、性別、職業……何もかもが違う。
しかも、テロの加害者と被害者だ。
なのに何故、協力できるのか。
……今は、余計なコト考えてる場合じゃないな。
ロークは風除けの設置に専念した。積み上げた瓦礫に看板を立て掛け、別の瓦礫で押さえる。
三兄弟は、トタン板を一枚拾ってきた。扉くらいの大きなものだ。
「これ、壁にこう……斜めに立て掛けて屋根っぽくしたら、大分マシだと思う」
「あ、待って下さい」
青年が瓦礫を除けた場所に持ち込もうとするのを、薬師が止めた。
「洗ってからにしましょう」
さっさと立ち上がって、ニェフリート運河へ歩いてゆく。ロークは慌てて追い掛けた。
「あッ! 一人じゃ危ないですよ」
車道で追い付いてから、気付いてしまった。薬師は湖の民で、魔法使いだ。力なき民のロークよりずっと強い。
だが、みんなの所へ戻れとは言われず、ロークは気付かないフリで、そのまま運河までついて行った。
二人の息が白く曇り、運河からの風に流れる。
……俺だって、見張りくらいならできるんだ。
薬師が呪文を唱える間、セリェブロー区に目を凝らす。
あちこちに細くたなびく煙は、まだ燻ぶる火災なのか、生存者が暖を取る焚火なのか。
今のところ、ネーニア島の空には機影がなく、静かだ。
「何から何まで、すみません」
「できることを、できる時に、できるだけする。それだけです」
薬師はそう言うと、自分の身体と同じ大きさの水塊を連れて野営地に戻った。
隊長とテロリストも、トタン板を見つけてきた。
薬師が二枚のトタンを【操水】で洗浄し、ロークが拾った看板も洗う。
トタン二枚を立て掛けると、丁度、工員の身体が隠れた。疲れが酷いせいか、全く目を覚まさない。
「じゃあ、ゆっくり休んで下さい。見張りとかしますんで」
薬師はエプロンの青年の言葉に頷いて、トタンの下へ身体を潜り込ませた。
トタン下の空間にはまだ余裕がある。詰めればもう一人くらい寝られそうだ。
「ピナ、お前も寝とけ。交代で休むんだ」
女子中学生が、兄の有無を言わせぬ指示に黙って従う。
ロークは、トタン板の傍に腰を降ろした。瓦礫とトタン板がいい具合に風除けとなり、寒さは幾分かマシになった。
青年と小学生の妹は、トタンの入口前に座り、テロリストたちは、ロークと兄妹の間に落ち着いた。
ロークの隣に来た少年兵は、ジャンパーの両肩を抱いて寒さに耐える。
少し迷ったが、ロークはマフラーを外して声を掛けた。
「その恰好、寒いよな。これ、よかったら使っていいよ」
少年兵は顔を上げ、まじまじとロークを見た。
「いや? じゃあ、おじさん、どうぞ」
言いながら手を伸ばす。
年配のテロリストは、ロークに笑顔を向けた。
「ホントにいいのかい?」
「俺は、フードを被ればあったかいんで」
「ありがとよ」
テロリストはマフラーを受け取りながら、少年兵を強引に抱き寄せた。二人の首をマフラーで包む。
「首筋をあっためると、全身があったまるんだ。坊主、覚えとけよ」
少年兵はおじさんテロリストを鬱陶しそうに睨んだが、振り払いはしなかった。
隊長が、壁とは反対の西の空を睨む。
……あ、そっか。見張り。
ロークも南に注意を向けた。
空は晴れ、雲ひとつない。
その下は瓦礫が横たわる焼け跡だ。ずっと南、地平線の上にクブルム山脈が影絵のように蹲る。
ロークは山並みを視線でなぞり、南東を見た。
……渡り鳥?
山脈の端に黒い点の連なりが見えた。どんどん大きくなる姿を目で追う。
影が、大きくなる。
不吉な予感に動悸がした。
みんなに報せようと口を開いたが、口の中がカラカラに乾いて声が出ない。
何とか振り向き、少年兵の肩を叩いた。
膝を抱え、うとうとしていた少年兵が、迷惑そうに顔を上げる。
「飛行機……」
少年兵の呟きに、隊長が弾かれたようにこちらを向いた。
爆撃機の群が、渡り鳥のように隊列を組み、湖上を北東へ飛んでゆく。
機影はあっという間に小さくなり、見えなくなった。




