749.身の置き場は
アウェッラーナがグロム市の北神殿に戻り、メモにあったゼルノー市出身の漁師を捜していると、昨日とは別の神官が教えてくれた。
「その方でしたら、三日前にプラーム市へ移られましたよ」
「そうなんですか……入れ違いになっちゃったんですね。ありがとうございます」
諦めて防壁の外へ出た。
アウェッラーナには、ラクリマリス王国の土地勘がない。
時間と交通費を節約するには、見える範囲で【跳躍】を繰り返すのが一番だ。グロム市からプラーム市は、船なら近いが、陸路では湾をぐるりと回らねばならず、かなり遠回りになる。
……この人に聞くのは諦めて、こっちの村に聞きに行こう。
呪医のメモと地図を確め、北へ向かって【跳躍】した。
同じ呪文を何度も繰り返し、やっと小さな漁村に着いた。
アウェッラーナの身長くらいの土塀に囲まれている。石造りの門をくぐって東へ歩く。
「こんにちは。ここにゼルノー市出身の方が避難してるってお伺いしたんですけど……」
「ん? あぁ、あの漁師さんたちの知り合いか。港で網を繕ってるよ」
庭先で二羽の鶏に餌を与えていた老婆は、気さくに教えてくれた。
言われた通り、道なりに歩いて港に出た。
作業していた村人たちが、不意に現れた他所者に怪訝な顔を向ける。陸の民の女性が、繕いかけの網を放り出して道に走り出た。
「アウェッラーナさん、無事だったのね!」
「ムルツスさんも、ご無事でよかったです」
二人で手を取り合って喜ぶ。
一緒に網の繕いをしていた老婆が睨むが、ムルツスは全く頓着せず、早口で近況を捲し立てた。アウェッラーナは用件を切り出せず、相槌を打つことしかできない。
「あ、そうだ。お昼、私がお世話になってるおうちで、一緒に食べさせてもらいなよ。おかみさーん、この人、ゼルノー市の薬師さん。材料あったらお薬作れるの」
「ホントかい? 徽章はどうしたね?」
老婆が繕いの手を止めてアウェッラーナの胸元に目を凝らす。
……作って欲しいって足止めされるのイヤだから、徽章を隠してたのに。
悪気なく職業をバラされていい気はしないが、知られてしまったものは仕方がない。嘘を吐いて否定すれば、彼女の立場が悪くなって、もしかすると追い出されてしまうかもしれない。
諦めて、襟元から【思考する梟】の徽章を引っ張り出すと、老婆が猫撫で声で聞いた。
「お薬の材料ってのは、何がありゃいいんだい?」
「今は避難中なので材料を持ち歩いてないんです。完成した咳止めなら少しあるんですけど……」
「あぁ、これから寒くなったら、また風邪が流行るだろうからね。分けてもらえたら助かるよ」
老婆は上機嫌で昼食に招待してくれた。
家主の老夫婦とムルツス夫婦と十歳くらいの子供に薬師アウェッラーナが加わる。焼魚と黒パン、野菜のスープは、裕福には見えない老夫婦にとって、精いっぱいのもてなしなのだろう。
アウェッラーナは有難くいただきながら、用件を切り出した。
「ムルツスさん、私の身内、どこに避難したか知りませんか?」
「あー……あん時、みんな沖へ出てて、バラバラに逃げたからなぁ。俺らはノージに逃げて、船を着けるとこが足んねぇから、何人かずつで南へ移ったんだ」
「その中に光福三号は居なかったわ」
「そう……ですか。ありがとうございます」
ムルツス夫婦に礼を言ったが、心尽くしの料理も土を食べているように味気なくなった。
「北のトポリに逃げた船団もあるから、王都から帰還難民用の船でネモラリス島に渡してもらって、どっかの港から連絡船でトポリに渡れるんじゃないか?」
「生きてんのは確かなのよね?」
「えぇ。帰還難民センターの【明かし水鏡】で調べてもらったんで。……レーチカとギアツィントには居なかったし、やっぱり、トポリが一番可能性高いのかな……?」
……でも、ネモラリス島からネーニア島に渡る船がないのよね。
「そうだよな。湖上封鎖の後は、許可証積んでない船は問答無用で王家が飼ってる魔物に沈められてたからな」
「許可証……?」
「封鎖の前の日に役所が配った銀のメダルだ。それ持ってる船は王家の使い魔が避けて通る。ラジオで何回も湖上封鎖の件を言ってたからな」
「光福三号も、ラジオ積んでるんでしょ?」
「えぇ」
「じゃあ、大丈夫よ。お兄さんたち、きっとトポリかどっかの港で、こうやって魚獲ってあんたを待ってるわよ」
アウェッラーナが徒労感に胸を押されて溜め息を吐くと、老婆も溜め息混じりにこぼした。
「どっちを向いてもこんなハナシばっかりだよ。早いとこ戦争が終わってくれりゃいいんだけどねぇ」
食事と情報の礼に咳止めを二包みずつ渡して、小さな漁村を後にした。
王都ラクリマリスに【跳躍】し、運河の畔をとぼとぼ歩いていると、不意に声を掛けられた。
「アウェッラーナさん、丁度よかったわ。乗って」
見回すと、運び屋フィアールカが渡し船から手を振っている。船頭が術で岸に寄せ、アウェッラーナはフィアールカの隣に座った。
「西神殿にあなたたちが居るって連絡があってね。今から行くとこ」
「えぇ。それが、首都で……」
爆弾テロに巻き込まれ、エランティスが施療院に入院したことを掻い摘んで説明した。
神殿前の船着場で降り、施療院へ向かいながら話す。
「まぁ、それにしても命があってよかったわね。治ったらどこ行くの?」
「ネモラリスで他の皆さんと合流します。隊長さんたち、ウーガリ古道に居るんですよね?」
「移動してなければ、ね」
アウェッラーナは、彼らがトラックを持っていたことを思い出してギョッとした。クーデターから逃れる都民との鉢合わせを避ける為、移動した可能性に思い至る。
……ウーガリ古道を通る人が多かったら、星の標……は魔法の道には来ない……かな? でも、強盗とか、自分が助かる為に食糧とか略奪する人とか……居るかも?
次々とイヤな記憶が連鎖し、国営放送ゼルノー支局で見たニュース原稿も思い出した。不吉な想像に囚われ、何も言えなくなったアウェッラーナに運び屋が告げる。
「もう一人のチビちゃん……アマナちゃんだっけ? その子は王都に連れて来るとして、その後、どうするかよ」
現実に引き戻され、油の切れた蝶番のように軋む首を巡らし、同族の運び屋を見る。フィアールカは前を向いて言った。
「ネモラリスに留まるのか、ラクリマリスかアミトスチグマに避難するのか」
「それは……」
どうすればいいのか、決められない。
それぞれの目的に合わせて解散した方がいいのか、身を守る為に一緒に居た方がいいのか、どこへ行けばいいのか。
身の置き場が定まらないことに気付かされ、呆然とエランティスの病室に運び屋を案内した。
☆こっちの村……「669.預かった手紙」参照
☆薬作って欲しいって足止めされるのイヤ……「230.組合長の屋敷」~「232.過剰なノルマ」、「235.薬師は居ない」~「238.荷台の片付け」、「245.膨大な作業量」参照。ドーシチ市で二か月くらい足止めされた。
☆西神殿にあなたたちが居るって連絡……「735.王都の施療院」参照
☆爆弾テロに巻き込まれ……「710.西地区の轟音」~「720.一段落の安堵」参照
☆エランティスが施療院に入院した……「735.王都の施療院」「736.治療の始まり」参照
☆国営放送ゼルノー支局で見たニュース原稿……「129.支局長の疑惑」参照




