表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十八章 浮動

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

764/3506

746.古道の尋ね人

 「港への一般人の立入が禁じられた。今後、ラクリマリスからの帰還難民船は、レーチカに入港するそうだ」


 今回も、ソルニャーク隊長とDJレーフは無事に戻って来た。

 停戦時間帯の終わり近くで、ウーガリ古道の休憩所はもう真っ暗だ。焚火で灯と暖を取り、夕飯を食べながら二人の話を聞く。今夜は、葬儀屋アゴーニが森で掘ってきた野生の芋スープだ。


 「長い間、フェリーや貨物船が運航できなかったんだけど、とうとう、港の一部が戦闘区域になったんだ」

 FMクレーヴェルのDJレーフが言うと、国営放送のジョールチは、マグカップを置いてレーフの手帳をめくった。


 少年兵モーフが食事の手を止め、ソルニャーク隊長を見る。視線に気付いた隊長は、モーフにもわかりやすい影響を語った。

 「都民の食糧事情が悪化する。(むし)ろ、港の封鎖が遅過ぎた感すらあるが……」

 「何でっスか? 毎日、農家の連中がトラックで野菜とか運んでるんスよね?」

 「都民の一部は術で魚を獲っていた。また、近隣の村から漁船で届けていた食糧や物資もなくなるからだ」

 「平和な時から、どこの港でも普通に人と物の出入りはチェックされてたけど、今は政府軍が事前に許可した船以外、入港禁止になっちゃったみたいでね。南地区の魚屋さんが困ってたよ」

 DJレーフが肩を(すく)めて芋のスープを啜る。



 あの爆発からもう二十日近く経っていた。

 「戦闘区域については、情報が錯綜(さくそう)している。都民に不安が広がり、窃盗や略奪が横行していた」

 「……盗られんのって、力なき民の家や店なんスよね?」

 ソルニャーク隊長は、少年兵モーフの問いを肯定し、もっと恐ろしい報せをもたらした。

 「例の爆発は星の(しるべ)による自爆テロだ。都民が自警団を結成し、テロの警戒にあたっているが、あやふやな情報で私刑が横行し、便乗した自称自警団が略奪の口実にしている」

 「えッ……!」

 「坊主、落ち着け。パン屋の子らは魔法使いが一緒に居るし、魔法の品も持ってる」

 腰を浮かしたモーフをメドヴェージが押さえる。モーフは、芋のスープがまだ少し残るマグカップを置いて、膝を抱えた。

 「何だ坊主、今日はおかわりしねぇのか?」

 「あぁ? ……うん」

 アゴーニに生返事をして、少年兵モーフはウーガリ古道に目を凝らした。


 モーフがここに来てからの半月ちょっとの間、乗用車や軽トラがほんの数台、通過しただけだ。車はみんな東から西へ行く。

 アナウンサーのジョールチが、ウーガリ山脈の南ルートは東部が、北ルートは全体のあちこちが半世紀の内乱中に壊されて、未だに復旧できていない箇所が多いと言っていた。


 ……港が戦場にってこたぁ、センターから出てったのは正解だったんだな。


 夜風に炎が揺らぎ、モーフは身震いした。森がざわめき、木の葉が舞い散る。少し遅れて、古道に木の実が落ちて転がる音が続いた。

 「ははっ。こいつぁ明日も忙しくなりそうだな」

 メドヴェージがわざとらしく陽気に言ったが、少年兵モーフは古道から目を離せないでいた。

 木々の間を小さな光が明滅している。

 数日前に見た光は、魔獣の目だった。地脈の力を使った【魔除け】や【結界】に阻まれ、森から古道や休憩所には出て来なかったが、武器が手元にないモーフは生きた心地がしなかった。


 今夜の光はひとつだが、一ツ目の魔獣が居ないワケではない。

 顎が古い蝶番(ちょうつがい)のように軋んだが、モーフは何とか声を絞り出せた。

 「……光が……来る」

 大人たちがマグカップを置いて少年兵の視線を辿る。葬儀屋アゴーニがすっかり耳に馴染んだ【魔除け】の呪文を唱えた。


 光が瞬いて見えたのは、薮や幹に遮られるからだ。どんどん大きくなる光が、木々を影絵にする。(かす)かに人の声が聞こえた気がしたが、森のざわめきと木の実が落ちる音に紛れた。

 月光のように淡い光は、ウーガリ古道の上を漂っているらしい。


 少年兵モーフは、手近な石を握って身構えた。大昔の強い魔法使いが掛けた護りをものともしない化け物に、石ころで勝てるとは思えない。


 ……でも、黙って食われるなんざ絶対イヤだ!


 息を詰め、正体を見極めようと目を凝らす。

 木の実が降る音に靴音が混じった。

 警戒の種類が変わり、石を握る手に汗が滲む。



 木々の切れ間、休憩所の入口に姿を現したのは、人間の男だった。

 パンパンに膨らんだ鞄を肩に掛け、【灯】を点した剣を持っている。このおっさんは初めて見る顔だが、何故かどこかであったことがあるような、懐かしいような気がした。


 ……何だこいつ? 夜に、たった一人でこんな道歩いて来たのか?


 腕に覚えのある魔法使いで、強盗なら、星の道義勇軍が三人同時に掛かっても勝てないかもしれない。


 ……先に一発かますか?


 投石しようとした手首をメドヴェージに掴まれた。

 「何すんだよッ?」

 「まぁ待て、坊主」

 メドヴェージは首を振り、放そうとしない。足元に生い茂った草がざわめく。


 ……仲間割れしてる場合じゃねぇ。


 そのままの姿勢で相手の出方を窺う。剣を持った男はそれ以上近付かず、荒れ果てた休憩所で野宿する者たちに声を掛けた。

 「こんばんは。人を捜しているのですが、よろしいでしょうか?」

 「こんな時間にこんな所で、そんな物騒な物を持って人捜しか?」

 相手はソルニャーク隊長の問いに怯んだが、その場から動かなかった。

 「これは護身用ですよ。ウーガリ古道には野生動物除けがありませんからね」


 ……どこかで聞いた声だな。……ラジオか?


 少年兵モーフは、もっとよく聞いて確めようと、質問を投げた。

 「おっさん、人捜しって、こんな人が居ねぇ森で誰を捜してんだよ?」

 メドヴェージが不機嫌にモーフの肩を押さえたが、剣を持ったおっさんは鞘を払わず、穏やかな声で答えた。

 「移動販売店プラエテルミッサの人を探しています。トラックで蔓草細工などを売る人たちです。ソルニャークさん、メドヴェージさん、モーフさん、もしかすると、葬儀屋さんも同行しているかもしれませんが……」


 ……こいつ! 何で俺らの名前まで知ってんだ?


 もし、この男が警備員オリョールのような魔法戦士なら、レノ店長たちが政府軍かネミュス解放軍に捕まって、キルクルス教徒の情報と引き換えに釈放された可能性がある。


 ……いや、ピナの兄貴は、自分が助かる為に他人(ひと)を売るようなクズじゃねぇ。


 だが、捕まったのがピナや女の子たちなら、妹を助ける為にレノ店長と魔法使いのクルィーロは、口を割るかもしれない。


 ……俺だって、ピナを助けるためだったら言うもんな。


 「人に物を尋ねるなら、まず、自分が名乗ってはどうか?」

 モーフの頭をどす黒い考えが駆け巡る間も、隊長と怪しいおっさんの遣り取りは続く。メドヴェージが手を放し、モーフの半歩前に出た。


 男は咳払いして名乗った。

 「申し遅れまして、失礼しました。私はゼルノー市のパドールリク・オルラーン。移動販売店に居たクルィーロとアマナの父です」

 「ピ……兄ちゃんたちはどこ行ったんだッ?」

 飛び出そうとしたモーフの前を丸太のような腕が塞いだ。メドヴェージは、思い切りぶつかってむせるモーフの肩に腕を回し、耳元で囁いた。

 「何で知ってんだかわかんねぇのに、武器持ってる奴の前に飛び出す奴があるか」


 この場で唯一の湖の民である葬儀屋アゴーニが、自称クルィーロたちの父から目を離さず、慎重な足取りで前に出た。

 「あなたが、アゴーニさんですか? 他のみなさんは……いや、人数が合わない……?」

 アゴーニの胸で輝く【導く白蝶】に気付いたのだろう。男は剣を抜かず、一歩退がった。

 「俺の呼称も知ってんのか。子供らはどうした?」

 男は何の徽章(きしょう)も着けていない。隠しているのか、クルィーロと同じで【霊性の鳩】学派の術を少し使えるだけなのか。


 ……いや、ホントに工員の兄ちゃんたちの親父さんなら、力なき民だ。


 男は答えない。

 放送局の二人は焚火の傍を離れず、成り行きを見守っていた。

 「パン屋の兄妹(きょうだい)はどうした?」

 ソルニャーク隊長が質問と同時に駆け出し、一気に距離を詰めた。アゴーニが【操水】でお茶用の水を起ち上げる。男は反応できず、あっという間に腕を捩じ上げられ、剣を落とした。水が道を這い、剣を二人から遠ざける。


 「もう一度聞く。お前は何者で、移動販売の情報をどこで手に入れた?」

 剣の【灯】が離れ、モーフには二人の表情が見えなくなった。



 「あなたが、ソルニャーク隊長ですか?」

 「質問に答えよ」

 男が呻いた。

 制圧した隊長が更に何かしたらしい。苦しげな声が地べたを這って少年兵モーフに届いた。

 「お店のことは息子……クルィーロから……椿屋さんの子たちは、離れ離れで、レノ君とエランティスちゃんは王都に居ます」

 「ピナは? ピナはどうしたんだよッ?」

 メドヴェージの腕を振り切って二人に駆け寄る。一拍遅れて重い足音がついて来たが、構わず走った。


 足下から声が縋りつく。

 「モーフ君かい? 隊長さんにいッ……!」

 「退()がれッ!」

 ソルニャーク隊長とメドヴェージが同時に命じた。

 モーフの叫びが夜の森に響き渡る。

 「そうだ! 俺がモーフだ! ピナは? 何で離れ離れんなってんだよ? 二人だけ王都って、ピナは?」

 メドヴェージに引き離されながら、質問を繰り返した。また風が吹き、ドングリの雨が降る。

 「何で……何で教えてくんねぇんだよッ!」

 「知らねぇから答えらんねぇんだろ」



 メドヴェージは偽者と断じてモーフを抱え、トラックの荷台に上がった。

 「あいつ一人とも限んねぇだろ」

 「でも、似てるのに……!」

 「騙されんなよ」

 「何でニセモノって決めつけてんだよッ!」

 降りようとしたが、襟首を掴まれて荷台の奥に引っ張り込まれた。

 「葬儀屋から聞いたぞ、スパイの兄ちゃんが言ってたってよ。顔なんざ魔法で変えられるってな」

 モーフがぐっと詰まると、運転手のおっさんが畳みかけた。

 「ホントに工員の兄ちゃんの親父さんだったら、力なき民だ。あんな剣一本で、道に【結界】があるっつっても、夜に一人で出歩くなんざ、有り得ねぇ。あいつが力なき民なら、どっかその辺に魔法使いが隠れてんだろうし、自分で【灯】を掛けたんならニセモノだ」

 「急いで俺らを捜しに来たかも知んねぇじゃねぇかッ! 何か事情があって離れ離れになって、えっと、【灯】は、その辺の村の奴に掛けてもらって……」


 メドヴェージを力いっぱい突き飛ばし、荷台から飛び降りる。

 放送局の二人が突っ立つ焚火の横を駆け抜け古道に飛び出し、葬儀屋が操る水から剣をもぎ取って、隊長たちには目もくれず、東へ走った。

☆あの爆発……「710.西地区の轟音」~「712.引き離される」参照

☆スパイの兄ちゃん……ラゾールニクのこと。「285.諜報員の負傷」参照

☆顔なんざ魔法で変えられる……【偽る郭公】学派(「549.定まらない心」参照)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ