745.ドングリ剥き
DJレーフがFMクレーヴェルのワゴン車を運転し、少年兵モーフたちはウーガリ古道中央部付近の休憩所に移った。
南に少し入った所に農村があり、もっと南にはネモラリス共和国の首都があるらしいが、相変わらず少年兵モーフ一人では無事にピナたちの所へ行ける気がしなかった。農村は緩やかな坂のずっと下で小さな点にしか見えず、首都クレーヴェルがどの辺にあるのかもわからない。
あの爆発から三日後、やっとソルニャーク隊長たちと合流させてもらえたが、「待て」と言われてばかりで、少年兵モーフはすっかり退屈していた。
ウーガリ古道沿いの木々はこの半月くらいですっかり色が変わり、風が吹く度に後から後から赤や黄色の葉が落ちて来るようになった。緑のままの木は、葉を落とさない代わりに茶色い実を落とす。
「ちっと手間だが、ドングリの類は、茹でて殻剥いて洗って干しとけば、日持ちするからな」
葬儀屋のおっさんがそんなことを言ったので、ソルニャーク隊長とDJレーフが出掛けている間、少年兵モーフたちはドングリ拾いをする羽目になった。
……食いもんはたっぷりあるのに……いや、ピナたちが食いもん持って逃げられるとは限んねぇのか。
モーフは石で挟んで殻を割り、ドングリの中身と殻を爪で剥き分ける。殻も燃料になると教えられ、実とは別の袋に溜めていた。
隣で同じ作業をするメドヴェージが、手を休めずに言う。
「坊主、見ろよ。自然のモンにゃ、ムダなんざひとつもねぇ。ドングリは保存食になるし、殻は燃料になるし、灰は肥料や何かになる」
「ふーん……」
気のない返事をして足下の袋を見る。
……これ、何人分の何日分だ?
葬儀屋アゴーニはドングリ拾い、ラジオのおっちゃんジョールチはトラックの荷台に籠って情報の整理をしていた。
数日に一度、DJレーフがソルニャーク隊長を連れて行くが、少年兵モーフにはまだ納得できない。
爆発後、ここで合流した日の翌日、ソルニャーク隊長とメドヴェージ、それにラジオのおっちゃんから懇々と諭された。
「彼らには土地勘はあっても、武器や戦闘の知識がない。私ならある程度、被害状況を検分できる」
「それに私の声で放送しましたからね。政府軍や警察にみつかれば、捕まってしまいます」
国営放送のベテランアナウンサーは、彼の声を知らないネモラリス国民がほぼ居ない超有名人だ。リストヴァー自治区のバラック街で生まれ育ったモーフでさえ知っている。ラジオを聞ける都民が、知らないワケがなかった。
「まぁ……ラジオのおっちゃんは危ねぇよな」
少年兵モーフがその点には納得して頷くと、大人たちが明白にホッとする。モーフはムッとして湖の民のおっさんを指差した。
「でも、隊長は魔法使いじゃねぇ。葬儀屋のおっさんは昔、軍隊に居たんだろ? おっさんが行けよ」
「坊主、俺は軍人じゃねぇ。ずーっと昔に葬儀屋として王国軍の手伝いをしてただけで、イマドキの兵器なんざこれっぽっちもわかんねぇんだ」
「それと坊主、そんな風に他人様を指差すもんじゃねぇぞ」
メドヴェージがモーフの手首を掴んで強引に引き下ろす。
モーフは運転手の手を振り解いてソルニャーク隊長に向き直った。隊長の目は湖水のように穏やかだ。「行かないで欲しい」の一言は、喉の奥で溶けてなくなってしまった。
唇を噛んで涙を堪えていると、DJレーフが間に入ってくれた。
「俺も戦い方は知らないけど、アゴーニさんに【不可視の盾】を教えてもらったから、一発は防げるよ」
「でも……」
その術は確か、ランテルナ島のゲリラの拠点で、呪医セプテントリオーがフラクシヌス教徒の男連中に教えていた。練習するのを少しだけ見たが、盾の展開が間に合わず、みんな呪医の【操水】でずぶ濡れにされていた。
「呪文知ってるだけじゃ、使えねぇのに」
モーフが渋ると、メドヴェージが背中を軽く叩いて言った。
「パン屋の兄妹たちと入れ違いんなっても、あの子らがこっちに逃げて来たら守る奴が要るだろ。向こうで会えたら、隊長が何とかしてこっちに引っ張ってくれらぁ。……ねぇ、隊長?」
「会えれば、できる限りのことはするが、居場所も会社名もわからないからな。モーフ、過度の期待は禁物だが、彼らがここへ逃れて来た時に備えて、食糧の調達をしてくれ」
「……はい」
少年兵モーフは、隊長の代わりに自分が行きたいとは言えず、仕方なしに命令を受けた。
毎日、薪とドングリを拾い、香草茶になる香草と傷薬になる薬草を摘み、ついでに虫綿も採った。薬師アウェッラーナが居なければ、魔法薬にはならないが、街へ行った時、交換品になる。
隊長たちは、今日で六回目だか七回目の首都行きだ。
情報料に香草茶を払い、毎回、手帳に色々書きつけて帰って来る。
一度だけ、新聞を持ち帰ったこともあった。今まで見たどの新聞よりも薄い。
あの日、国営放送のジョールチがペラペラの新聞を見て漏らした暗い声が、モーフの不安を掻き立てた。
「紙やインクの調達が難しいようですね。写真をこんなに小さく載せて情報を詰め込んで……」
記事の下、いつもなら広告が並ぶ所は、会社移転のお知らせや、営業中の店や診療を続ける個人病院の一覧が占領していた。葬儀屋アゴーニが横から覗いて鼻を鳴らす。
「開いてんのは、歯医者と眼医者と耳鼻科……科学の医者ばっかだな」
……新聞の紙もねぇのに、科学の薬なんざ手に入んのか?
薬師アウェッラーナのように、材料さえ手に入ればその場で作れるワケではない。だから、自治区の近くにあったクルブニーカ市は「医療産業都市」などと呼ばれていたのだろう。
少年兵モーフは、ピナたちの無事を祈りながら、食糧と燃料、薬の素材をせっせと集めた。
……今の俺には、これしかできねぇんだもんな。
悔しさを噛み潰し、黙々とドングリの殻を剥き続ける。
今は、休憩所に日が射してそれなりに暖かいが、朝晩の風は震えあがるくらい寒い。もし、ピナたちが徒歩で首都を出られても、途中で凍えてしまうのではないか。モーフは気が気でなかった。
☆あの爆発……「710.西地区の轟音」~「712.引き離される」参照
☆私の声で放送しました……「708.臨時ニュース」参照
☆ランテルナ島のゲリラの拠点で、呪医セプテントリオーがフラクシヌス教徒の男連中に教えていた……「354.盾の実践訓練」参照




