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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日
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0076.星の道の腕章

 食べ終えてやっと一息()き、周囲を窺う。

 女子供もやっと焼魚に手をつけた。

 少年兵モーフが未練がましく骨をしゃぶっていると、ソルニャーク隊長に肩を叩かれた。

 「よし、食べ終わったな。では、見張りだ」

 モーフは、魚の頭を(くわ)えたまま無言で(うなず)き、運河の方へ目を向けた。


 建物が何も残らず、遠くまでよく見えた。

 モーフは元の街並を知らない。

 視界いっぱいに広がる廃墟からは、想像もできなかった。


 みんなが食べ終えると、薬師(くすし)が魔法で手と顔を洗ってくれた。ぬるま湯が離れた途端、寒さが一入(ひとしお)、身にしみた。



 星の道義勇兵は、三人とも粗末な(なり)だ。

 あちこち破れたペラペラのジャンパー、膝の抜けたボロズボン。上着の(そで)はすり減り、ボタンは幾つか紛失した。警察で捕縛直後に魔法で丸洗いされるまで、一度も洗ったことのない代物(しろもの)だ。


 「あ、そうだ、腕章」

 エプロン姿のレノが、思い出したように呟く。隊長に向き直り、自分の肩を指差して切り出した。

 「あの、その腕章、政府軍の人とかに見つかるとヤバそうなんで、ポケットにでも入れてもらえませんか?」


 挿絵(By みてみん)


 ピンは警察署で取り上げられたが、腕章本体は没収されず、今も義勇兵三人の肩にある。黒字の布に白い糸で刺繍された十二の星が、「聖なる星の道」の環を形作る意匠だ。


 「えっと、俺たちと一緒に居るんならってコトです。ここで別れて自治区に帰るんなら、もう、そのまんまでいいんですけど……」

 「さて……どうしたものかな?」

 ソルニャーク隊長はそれっきり黙ってしまった。


 少年兵モーフは自分の左肩をそっと撫でた。

 自分の服よりずっと上等の布だ。星の道義勇軍の一員と認められ、団長から手渡された日を昨日のことのように思い出した。



 風が灰を吹き上げ、モーフは寒さに身を縮めた。

 「何か行動を起こすには、情報が足りない」

 ソルニャーク隊長が、一同を見回して必要な情報を列挙した。


 「空襲を実施した部隊の所属、目的、地上部隊の有無、自治区の現況、自治区への安全なルート、安全な場所、水や食料の補給、味方の残存兵力、ネモラリス共和国政府の対応、周辺諸国の反応……特にかつてネモラリス共和国とひとつの国だったラクリマリス王国とアーテル共和国の反応……何もかもが不明だ」


 「何もわかんねぇときたもんだ。どうするよ、隊長さん」

 元運転手のメドヴェージは、深刻ではなさそうな口振りで言った。

 隊長も軽い調子で言う。

 「現状維持に(つと)める。今の我々には戦う力がない。腕章を外し、住民に(まぎ)れるのが利口だろうな」

 少年兵モーフは、隊長の目に「お前はどうする?」と聞かれた気がした。


 ……どうもこうも……


 少年兵モーフには右も左もわからない。ただ、隊長の命令に従うだけだ。この状況で、何の知識も経験もないモーフが独断で行動するのは危険極まりない。

 「俺は、隊長の言う通りにするだけッスよ」

 腕章を捨てろと言われた訳ではない。

 後で必要になれば、また身に着ければいい。


 隊長はやさしく微笑み、モーフに頷いた。その肩から腕章を抜いて、ベストのポケットに()じ込む。

 元トラック運転手と少年兵もそれに(なら)い、ズボンのポケットに片付けた。


 モーフは自分を敬虔(けいけん)なキルクルス教徒だと思ったことは、一度もない。なのに何故か、腕章を外す手が震えた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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