0076.星の道の腕章
食べ終えてやっと一息吐き、周囲を窺う。
女子供もやっと焼魚に手をつけた。
少年兵モーフが未練がましく骨をしゃぶっていると、ソルニャーク隊長に肩を叩かれた。
「よし、食べ終わったな。では、見張りだ」
モーフは、魚の頭を咥えたまま無言で頷き、運河の方へ目を向けた。
建物が何も残らず、遠くまでよく見えた。
モーフは元の街並を知らない。
視界いっぱいに広がる廃墟からは、想像もできなかった。
みんなが食べ終えると、薬師が魔法で手と顔を洗ってくれた。ぬるま湯が離れた途端、寒さが一入、身にしみた。
星の道義勇兵は、三人とも粗末な形だ。
あちこち破れたペラペラのジャンパー、膝の抜けたボロズボン。上着の袖はすり減り、ボタンは幾つか紛失した。警察で捕縛直後に魔法で丸洗いされるまで、一度も洗ったことのない代物だ。
「あ、そうだ、腕章」
エプロン姿のレノが、思い出したように呟く。隊長に向き直り、自分の肩を指差して切り出した。
「あの、その腕章、政府軍の人とかに見つかるとヤバそうなんで、ポケットにでも入れてもらえませんか?」
ピンは警察署で取り上げられたが、腕章本体は没収されず、今も義勇兵三人の肩にある。黒字の布に白い糸で刺繍された十二の星が、「聖なる星の道」の環を形作る意匠だ。
「えっと、俺たちと一緒に居るんならってコトです。ここで別れて自治区に帰るんなら、もう、そのまんまでいいんですけど……」
「さて……どうしたものかな?」
ソルニャーク隊長はそれっきり黙ってしまった。
少年兵モーフは自分の左肩をそっと撫でた。
自分の服よりずっと上等の布だ。星の道義勇軍の一員と認められ、団長から手渡された日を昨日のことのように思い出した。
風が灰を吹き上げ、モーフは寒さに身を縮めた。
「何か行動を起こすには、情報が足りない」
ソルニャーク隊長が、一同を見回して必要な情報を列挙した。
「空襲を実施した部隊の所属、目的、地上部隊の有無、自治区の現況、自治区への安全なルート、安全な場所、水や食料の補給、味方の残存兵力、ネモラリス共和国政府の対応、周辺諸国の反応……特にかつてネモラリス共和国とひとつの国だったラクリマリス王国とアーテル共和国の反応……何もかもが不明だ」
「何もわかんねぇときたもんだ。どうするよ、隊長さん」
元運転手のメドヴェージは、深刻ではなさそうな口振りで言った。
隊長も軽い調子で言う。
「現状維持に努める。今の我々には戦う力がない。腕章を外し、住民に紛れるのが利口だろうな」
少年兵モーフは、隊長の目に「お前はどうする?」と聞かれた気がした。
……どうもこうも……
少年兵モーフには右も左もわからない。ただ、隊長の命令に従うだけだ。この状況で、何の知識も経験もないモーフが独断で行動するのは危険極まりない。
「俺は、隊長の言う通りにするだけッスよ」
腕章を捨てろと言われた訳ではない。
後で必要になれば、また身に着ければいい。
隊長はやさしく微笑み、モーフに頷いた。その肩から腕章を抜いて、ベストのポケットに捻じ込む。
元トラック運転手と少年兵もそれに倣い、ズボンのポケットに片付けた。
モーフは自分を敬虔なキルクルス教徒だと思ったことは、一度もない。なのに何故か、腕章を外す手が震えた。




