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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十八章 浮動

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737.キャンプの噂

 薬師(くすし)アウェッラーナは、久し振りの夕焼けの下、集会所へ急いだ。

 どうにか段ボールと寝場所を確保して、炊き出しの列に並ぶ。


 「おや、新入りかい?」

 「はい。明日の朝には他所へ行きますけど……」

 長机で隣に座った老婆が、スープを食べながら話し掛けてきた。

 「あんた、行くアテあんのかい。羨ましいねぇ」

 「いえ、身内の船がネーニア島の王国領に避難してるかもしれないんで、探しに行くんです」

 「何だい。気の毒なコじゃないか。あんた、どっから逃げてきたの? これお食べ」

 老婆が上着のポケットから緑青飴(ろくしょうあめ)を出して、強引にアウェッラーナの手に握らせる。飴は人肌に温まっていた。


 「……ありがとうございます。ゼルノー市から避難して、首都に居たんですけど、クーデターで……お婆さんはどちらから来られたんですか?」

 「あたしらは、ガルデーニヤから逃げてきたんだよ」

 「そんな遠くから……」

 周囲の数人が、スープを啜りながら頷く。


 「あの辺も、空襲で酷くやられたんだよ」

 「そうらしいですね。ラジオのニュースで聞きました」

 「ガルデーニヤは立入制限がないからね、他所へ逃げた人が戻ったり、他所の人が逃げてきたりしてんだけどさ」

 老婆の向かいに座るおばさんが口を挟んだ。身内なのか、老婆と雰囲気が似ている。緑髪のおばさんは、魚の小骨を器の端にくっつけて、溜め息混じりに言った。

 「あそこは人が荒れちまっていけないよ。あたしらホラ、湖の民だから、一目で魔力があるってわかるだろ?」

 「……えぇ」

 同族のアウェッラーナが(いぶか)りながら頷くと、おばさんは白髪混じりの緑頭を掻いて老婆を見た。


 「年寄りなんか生かしといてもしょうがないから、【涙】にしちまえって、ホントに焼いた奴が居るんだよ」

 「えぇッ?」

 「お巡りも役人連中も見て見ぬフリさ。……防壁の術を支える魔力が欲しいからなんだろうけどさ」

 「そんな……」

 薬師(くすし)アウェッラーナは頭の中が真っ白になった。



 老婆の隣で、一足早く食べ終えた若者が興奮気味に話す。

 「だから、俺たちは立入制限なんか無視して南へ逃げたんだ」

 「南……ザカートトンネルを通って来られたんですか?」


 アウェッラーナたちが三月に通った時、北ザカート市は廃墟だった。

 ファーキルを思い出し、アミトスチグマでどうしているか気を揉む。


 「……確か、今、北ザカート市はネモラリス軍の前線基地に……」

 「あぁ、そうさ。防壁はボロボロだったけど、西岸の……港の近くの南北道はキレイに直してあって、その周りの瓦礫も片付けてて、プレハブが何戸か建ってて、岸壁だって、軍艦が居るとこ修理してあったんだ」

 「兵隊さん、なんにもおっしゃらなかったんですか?」


 ここに居るからには、捕えられなかったのだろうが、気になった。


 「別に。アーテル軍が来ても守ってやれないから、逃げるんならさっさと行けって言われただけだ」

 「そうなんですか。ここまで来るの大変だったでしょう?」

 「まぁな。でも、ウチは呪符屋だからな。道中、食うとこも泊まるとこも困らなかったし、まだマシな方さ」


 言われてみれば、老婆の家族らしき者たちはみんな【編む葦切(ヨシキリ)】学派の徽章(きしょう)()げていた。


 「でも、この先どうするか決めらんねぇ。最初は難民キャンプに行くつもりで来たんだけどな」

 「船便がなくなったんですか?」

 アウェッラーナが聞くと、呪符屋の一家は何とも言えない表情で顔を見合わせた。


 スープを食べ終えたおばさんが、隣のおじさんと食器を重ねながら周りに視線を走らせる。

 この神殿に身を寄せる難民は、大半が湖の民だ。集会所の手前半分で食事をする人々も、奥の段ボールで仕切られた区画で休む人々も、誰ひとりとして食卓の会話に注意を向ける者はない。

 赤ん坊が弱々しく泣き、何人かが奥へ目を向ける。乳呑児を抱いた若い女性があやしながら出て行った。



 「まぁ、噂で聞いただけだから、話半分で聞いてくれ」

 このおじさんも職人一家の一員らしい。(ひそ)めた声が物音に(まぎ)れ、アウェッラーナは長机に身を乗り出した。


 「アミトスチグマの政府は、難民を開拓民にしようとしてるらしい」

 「開拓民……ですか?」

 「あの国は広いが、八割方、人が住んでねぇ森だ。難民に森を拓かせて、人の領域を増やそうとしてんじゃねぇかって噂んなってんだ」


 アウェッラーナは少し考えて、彼らが難民キャンプ行きを渋る理由をみつけた。

 「定住を強制されて、ネモラリスに帰らせてもらえなくなるんですか?」

 「まぁ、噂だけどな」

 おじさんが言うと、家族揃ってイヤそうに頷いた。



 青年が、空いた食器を脇にどけてアウェッラーナの方へ身を乗り出す。二人の間に挟まれた老婆が邪魔そうにするのも気にせず、小声で捲し立てた。

 「俺が聞いた話じゃ、俺らやあんたみたいな職人や何かは特に【制約】で【跳躍】を禁止されるとかなんとか……」

 「えぇッ?」

 驚くアウェッラーナにおばさんも言う。

 「あたしが小耳に挟んだのは、力なき民でも職人は帰らせてもらえないとか……」

 「それで、親切な人がこっそり【跳躍】で連れて帰ってくれるんだ」

 おじさんも、家族と額を寄せ合うように身を乗り出して囁いた。


 ……そんな(うま)い話ってあるの?


 何となく、詐欺や人身売買の胡散臭さを感じ、薬師(くすし)アウェッラーナは疑問を口にした。

 「連れて帰る……その親切な人が、一人で、どこにでも……ですか?」

 「いや、流石にそれは無理じゃない? だから、まず、【霊性の鳩】しか使えない人たちを安全なとこに連れてってくれるんだってさ」

 「場所を覚えて一回キャンプに戻って、アミトスチグマの役人に内緒で、帰りたいって人らをそこに運んでるそうだ」

 夫婦らしきおじさんとおばさんに小声で捲し立てられ、アウェッラーナは話について行けなくなってきた。

 頭の中で整理して口に出す。


 「色んな人が居れば、行き先も色々……ん? でも、そんなまどろっこしいことしなくても、職人じゃない人たちが直接、ネモラリス領に連れて帰ってくれれば……」

 青年が苦笑して、アウェッラーナを遮った。

 「アミトスチグマの役人も馬鹿じゃない。職人じゃない人たちにもネモラリス領への【跳躍】は禁止してるってよ。だから、一旦、近くの外国に跳んで、そこから帰りたいとこへ船か何かで行くのさ」

 「近くの外国……じゃあ、ネーニア島のラクリマリス領に跳ぶってことですか?」

 「場所までは聞いてないけど、多分、そうなんだろうな」


 アウェッラーナはスープを食べながら話を整理して、どうにか飲み込んだ。老婆も食事を終え、おばさんが一家の食器を重ねて言う。

 「まぁ、だから、全く帰る手立てがないワケじゃなさそうなんだけど、もうちょっと様子を見てからにしようと思ってね」

 「教えて下さってありがとうございます」

 「あんたも、身内と会った後どうするか、行き先はよぉく考えて決めなよ」

 おばさんもアウェッラーナと同じ胡散臭さを感じているのか、苦い顔で息子を見ながら食器を持って立つ。


 夫婦が食器を洗いに行くのを見送り、青年がアウェッラーナに囁く。

 「役に立つ話だと思ったんなら、情報料おくれよ」

 「またお前は!」

 青年が手を差し出すと、老婆がぴしゃりと叩いた。

 「あ、いえ、参考になりましたから……香草茶しか持ってないんですけど、いいですか?」

 「いいのかい?」

 老婆と青年が同時に目を丸くする。

 「お婆さんに緑青飴いただきましたし。少しですけど……」

 足下の荷物からビニール袋を出し、淹れ方を説明して青年に渡す。口を括った袋は子猫くらいの大きさで、青年の両手にすっぽり収まった。


 ……この人たちがここでお茶を淹れたら、他の人たちの気持ちも落ち着くものね。私はまた、その辺で採ってくればいいんだし。


 人々の苛立ちが和らげば、泣く赤子に批難がましい目を向けることもなくなるだろう。青年が打って変わって丁重に礼を言い、老婆を支えて立ち上がった。



 翌朝、薬師(くすし)アウェッラーナは朝食後すぐ、エランティスの見舞いをして港へ向かった。



挿絵(By みてみん)

☆あそこは人が荒れちまって……「304.都市部の荒廃」参照

☆三月に通った時、北ザカート市は廃墟……「196.森を駆ける道」~「199.嘘と本当の話」参照

☆ファーキルを思い出し、アミトスチグマでどうしているか……「699.交換する情報」参照

☆北ザカート市はネモラリス軍の前線基地……「274.失われた兵器」「309.生贄と無人機」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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