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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十八章 浮動

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734.野原での別れ

 なんとかバレずに解放されたが、門を出るまで気を抜けない。道路を北側に渡り、検問中の車の脇を気もそぞろに通過した。


 「アウェッラーナさん、大丈夫ですか?」

 レノ店長に気遣われ、弱々しく首を振った。

 「ごめんなさい。少し、休ませて下さい」


 ……こんなに動揺するなんて……情けない。


 地元民のドージェヴィクが丘のひとつを指差す。

 「じゃあ、あの丘を回り込んだとこに丁度いい空き地があるんで、そっちでお茶でも」

 「そうだな。荷物はそこまで持ってこう」

 肉屋がエランティスの涙を指で拭って西門を出た。



 首都クレーヴェルから西のレーチカ市に続く道は、ゼルノー市のどの道路よりも立派だ。

 歩道には守りの呪文を刻んだ石材が敷かれ、車道も両脇と中央分離帯に同じ物がある。要所要所に【魔除け】の石碑も建っていた。


 ……そっか。ここは山から遠いから、レサルーブ古道みたいに強力な護りは掛けられないのね。


 アウェッラーナは歩く内にだんだん落ち着いてきた。先に検問を終えた徒歩の一団が、ずっと先に小さく見える。

 検問を終えた車が一台また一台、すり減ったアスファルトをレーチカ市へ走る。首都クレーヴェルに入るのは救援物資のトラックやタンクローリー、漁協や農協の軽トラだ。

 のろのろ動く業務用車両と、門を出た途端に速度を上げる自家用車。アウェッラーナの目には、四車線を埋める車のどちらも悲しく映った。


 一行は、振り返らずに農村に続く二車線の枝道に入った。北から来る者はなく、九人は狭い歩道を一列になって歩く。

 道を逸れてちょっとした丘の陰に回った。


 何事もなければ、ピクニックによさそうな野原だ。秋の草花が何種類も咲き乱れ、早い物は実を付けていた。

 北を向くと遠目に畑が広がり、家の塊の向こうに森とウーガリ山脈が影絵のように見える。一歩進む度にバッタが飛び出した。

 「よし、じゃあ、ここでちょっと休んで行こう」

 ドージェヴィクが、リュックサックを下ろしてどっかり座る。


 みんなも草地に腰を下ろしてホッと息を()いたが、ピナティフィダは小さな実を付けた香草を摘み始めた。アマナとエランティスが頷き合って、すぐに手伝う。

 レノ店長が、自分の荷物からマグカップとビニール袋を数枚出した。クルィーロが、女の子たちから香草の束を受け取り、術で水抜きする。その水分で一杯分だけ香草茶を淹れた。


 清々しい香りが広がり、アウェッラーナは、自分で思う以上に緊張していたと気付かされた。強張っていた顎が動くようになり、礼の言葉を呟く。


 「ほぉ~……こいつが香草茶の葉っぱなのか」

 肉屋が目を丸くして手近の草を一本手折(たお)る。アウェッラーナは首を横に振った。

 「よく似ていますが、香草はこちらですね」

 本物を折り取って肉屋の物と並べる。

 「どう違うんだ?」

 「葉の形は似てますけど、幅が違いますし、葉の付く位置も、こっちは一枚ずつ茎を螺旋状に上ってゆきますが、これは二枚ずつ交互です」

 「ほぉ~……」

 「叔父さん、間違って毒の草、採っちゃあぶないから、素人が(にわ)か知識で薬草摘みなんてするもんじゃないよ」

 「それもそうだ。助手の嬢ちゃんたちゃ、ちっこいのに優秀なんだな」

 肉屋がニカッと笑うと、女の子たちは照れ笑いを浮かべて礼を言った。


 レノ店長が、水抜きの済んだ香草を袋に詰めて、肉屋と雑貨屋に差し出す。

 「どうぞ」

 「おっ? いいのかい?」

 「俺たちは真冬以外、いつでも手に入れられますから」

 「そうかい。じゃ、遠慮なく」

 「こんなにたくさん……ありがとう」

 二人は一袋ずつ押し戴くようにして受け取り、肉屋は雑貨屋のリュックに自分の分を押し込んだ。


 「俺が剥き身で持って帰っちゃ、兵隊に怪しまれるからな。農家でもらったフリしといてくれ」

 「わかったよ」

 二人の遣り取りに、みんなの表情が消えた。アウェッラーナは思わず振り返ったが、西門は丘に遮られて見えない。


 風が香気を吹き散らす。


 女の子たちは薬草摘みを再開し、レノ店長も加わった。クルィーロの父もアマナに教えてもらって虫綿と薬草の赤い実を集める。

 「そんなのも、薬になんのかい?」

 「えぇ。咳止めと熱冷ましの素材なんです」

 「へぇー、そいつぁいいコト聞いた」

 肉屋と雑貨屋が野原を見回す。


 傷薬になる薬草の赤い実と、濃い緑の茎に付く白い虫綿は、秋の野原でよく目立った。

 「寒くなると虫が綿を作って、中で冬を越すんです。収穫は初夏から今くらいまでがギリギリですね」

 「そうかい。詳しく教えてくれてありがとよ」

 薬師(くすし)として素材の説明をする内に、アウェッラーナは胸のつかえが取れてきた。



 クルィーロが水抜きを終え、薬草の袋をアウェッラーナに渡す。みんなは一袋ずつ、香草茶を荷物に仕舞った。


 肉屋と雑貨屋が立ち上がる。

 「もう、大丈夫だな?」

 「はい。ありがとうございました」

 アウェッラーナは、自分とエランティスの荷物を持って立ち上がった。鞄をふたつ、たすき掛けにする。エランティスの毛布がかさばって持ちにくいが、重さはさっきよりも軽く感じた。


 レノ店長が、自分の荷物を持って妹をおんぶする。

 「ティスちゃん、早く元気になってね」

 「うん。ごめんね。先に治してもらって」

 「私は大丈夫。片っぽはちゃんと聞こえるから。ティスちゃん、治してもらうの何日も掛かるんでしょ? お兄ちゃん居ないと入院してる間、大変だもん」

 アマナが笑顔で手を振る。エランティスは、こぼれそうな涙を(こら)えて弱々しく微笑み、手を振り返した。


 「身内以外も病室に付き添えればいいんですけど……」

 アウェッラーナが(うつむ)くと、クルィーロが首を振った。

 「アウェッラーナさんとアマナとティスちゃんの組合せじゃ、却って大変だからこうしようって、みんなで話し合って決めたんじゃないですか」

 「アマナは治ったら、行き場がなくなります。こちらに連れてきてもらわなければなりませんが、ここから最寄りの村まで、女性と子供二人きりでは……」

 クルィーロの父が辺りを見回すと、肉屋と雑貨屋も頷いた。例の超高級ホテルにアマナを泊まるのは、本人と父が嫌がった。


 ピナティフィダが、兄の背で涙を拭う妹に声を掛ける。

 「そうそう。その間、ティスが病室で一人になっちゃうし。ねぇ?」

 「私は後でも平気だから、ティスちゃん、早く元気になって帰って来てね」

 アマナがエランティスの背を軽く叩いて励ます。


 エランティスは幻影肢が痛む筈だが、ここ数日はみんなを心配させまいと、泣くのを(こら)えるようになっていた。

 アウェッラーナはポケットの小袋から【魔力の水晶】を出し、七個を左手で握った。右手をレノ店長と繋ぐ。


 「長い間、ありがとうございました」

 「クルィーロ、おじさん、ドージェヴィクさん、ピナをお願いします」

 「わかった」

 「レノ君も気を付けて」

 「ティスちゃん、治療、頑張ってね」

 「うん」

 無事に再会できる保証はないが、いつまでもこうしているワケにはゆかない。アウェッラーナは【魔力の水晶】を握る手に力を籠め、一言一言確めるようにゆっくり呪文を唱えた。


 「鵬程(ほうてい)を越え、此地(このち)から彼地(かのち)へ駆ける。

  大逵(たいき)手繰(たぐ)り、折り重ね、一足(ひとあし)に跳ぶ。この身を其処(そこ)に」


 名残を惜しむ間もなく、風景が一変した。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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