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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十八章 浮動

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732.地上での予定

 父とドージェヴィク、レノと薬師(くすし)アウェッラーナは同じくらいに帰って来た。アマナが父に飛び付き、目を覚ましたエランティスもレノに甘える。


 「お肉屋さんのご夫婦、明日には骨折も全部治せそうです」

 「そうなんだ。そりゃよかった」

 「薬師さん、助手のみなさんも、ホントにありがとね」

 雑貨屋の母子は顔を(ほころ)ばせ手放しで喜ぶが、クルィーロは複雑だった。


 ……明日に治って、一日くらい様子を見るだろうから、二、三日中に出て行かなきゃいけないんだよなぁ。


 街の様子はどうなのか。

 アマナを撫でる父と目が合った。父はベッドの端に腰を降ろしてアマナを座らせると、静かな声で言った。

 「お店は閉まっていました。商店街は静かで平穏でしたよ。停戦時間外なので、車の出入りも、人通りも少なかったんですが……」

 父の目が薬師(くすし)アウェッラーナに留まる。


 雑貨屋の息子ドージェヴィクが、続きを引き受けた。

 「お巡りさんは、出て行く人の中に【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の職人さんが居たら、協力して欲しいって言ってパトカーに乗せてどっか連れてっちゃうんだ」

 「えっ?」

 みんなの目が、赤毛の青年に集まった。

 「東地区の警察署が壊されちゃったから、早く建て直したいんだと思う。それと……」

 ドージェヴィクもアウェッラーナを見て気マズそうに口籠った。薬師アウェッラーナが、唇を引き結んで二人を見詰める。

 レノが店長として、代わりに聞いた。

 「……何があったんですか?」

 父とドージェヴィクが顔を見合わせる。どちらが言うか、視線で押し付け合ったらしい。父が難しい顔で頷いて、口を開いた。

 「兵隊さんは、呪医(じゅい)薬師(くすし)が居れば教えて欲しいと言っていました」

 「えっ! それって……」

 レノは続きを飲み込んだが、薬師アウェッラーナは一気に青褪めた。


 ……政府軍側の治療って言うより、癒し手を解放軍に渡さない為に確保したいんだろうな。


 呪医も薬師も戦いになくてはならないが、稀少な存在だ。この分では、病院はとっくに機能の大部分を失っているだろう。

 星の標の自爆テロや、政府軍と解放軍の戦闘に巻き込まれ、一度に大勢の負傷者が出た。

 力なき民の科学の医師や薬剤師も勿論(もちろん)、頼りになるが、彼らでは魔法の治療よりずっと時間が掛かる。しかも、物流が途絶えて医薬品が不足している。付近の電線が切られてしまえば、自家発電だけが頼みの綱になるが、湖上封鎖で燃料は乏しかった。


 「それで、病院に行っても怪我人が溢れてたんだね。何もしないよりゃマシだから、釘だけ抜いてもらって、家に連れて帰ったんだけどさ……」

 雑貨屋のおばさんが、息子のドージェヴィクと顔を見合わせた。

 薬師(くすし)アウェッラーナが【思考する(フクロウ)】の徽章(きしょう)を握って(うつむ)く。

 「まぁ、あれだよ。徽章は外してポケットにでも入れて、【霊性の鳩】しか使えませんって誤魔化すしかないよな」

 ドージェヴィクは笑おうとしたようだが、顔が引き攣っただけで上手くいかなかった。


 ……兵隊さんがそんな子供騙しで誤魔化されるかな?


 クルィーロは思ったが口に出さず、アウェッラーナの顔を隠す緑色の髪を見詰めた。


 「でも、ずっとここには居られないし、なるようにしかならないのよ」

 ピナティフィダのしっかりした声にアウェッラーナが顔を上げた。エランティスが姉の隣でこくこく頷く。


 ……そうだよな。アマナの耳も、どっかで呪医に治してもらわなきゃいけないし。


 「門は目と鼻の先だし、堂々としてれば何とかなりそうですよ。【跳躍】除けの結界から出ちゃえばこっちのもんです」

 クルィーロが明るい声で励ますと、アウェッラーナは少し表情を和らげた。

 「そうですね。【魔力の水晶】を使って、先にエランティスちゃんだけ王都に連れて行って、フィアールカさんと連絡がついたら、みなさんのこともお願いして……」

 エランティスが一人だけ家族と別行動になると言われ、怯えた目で薬師(くすし)を見た。レノが妹を励ます。

 「心細いだろうけど、フィアールカさんが俺たちを迎えに来てくれるまでの辛抱だ」

 「すぐ来る?」

 「フィアールカさんの都合がついたらすぐだよ。ランテルナ島から王都までだって、一瞬だっただろ?」


 「それにホラ、全然知らないとこじゃないし、あのホテルや近くの神殿の人たち、知り合いになれたでしょ?」

 ピナティフィダが言うと、エランティスは少し考えるように眉根を寄せ、ぎこちなく頷いた。

 「……待ち合わせ、どこでするの? フィアールカさん、ここ知ってるの?」

 「ネモラリス島には土地勘がないっておっしゃってました。でも、この間、アゴーニさんと一緒にウーガリ古道の休憩所に行ったので、合流するならそちらになりますね」

 薬師(くすし)アウェッラーナが答えると、エランティスはポツリとこぼした。


 「……すごく遠いね」


 「でも、魔法ならすぐ会えるよ」

 そう言ったレノの声は、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。


 「それともうひとつ……」

 「悪いお知らせ?」

 父は、アマナに困ったような苦い笑みを向けて誤魔化すと、表情を消して続けた。

 「爆弾テロは同時多発で、会社にも被害が出たらしい」

 「ん? 父さん、会社には行かなかったんだ?」

 「あぁ。商店街で偶然、同僚と会ってな。社長が、無事だった部屋の物を運ばせて、今日は社宅の引越しなんだそうだ。私たちが出て行った後、大勢が辞めたそうだ」

 「……そうなんだ」

 クルィーロは辛うじてそれだけ言って妹を見た。


 もし、父が仕事を続けていれば、巻き込まれて命を落としていたかもしれない。


 アマナもその可能性に気付いたのか、何も言わずに父を抱き締めた。


挿絵(By みてみん)

☆東地区の警察署が壊されちゃった……「690.報道人の使命」参照

☆湖上封鎖で燃料は乏しかった……「606.人影のない港」参照

☆ランテルナ島から王都までだって、一瞬だった……「534.女神のご加護」参照

☆アゴーニさんと一緒にウーガリ古道の休憩所に行った……「700.最終チェック」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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