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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日

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0075.全て焼魚の為

 少年兵モーフは、焼魚の旨さを思い描きながら、瓦礫を()ける作業に加わった。また、あれを味わえるなら、魔女の手伝いをしてもいいとさえ思える。

 エプロンのレノと少女ピナ、その妹の三兄妹が、魚を(かまど)の中心に並べた。


 焼く前の魚は、ぬらぬら光る。動かないのは、緑髪の魔女が殺して持って来たからだろう。

 工員が道に出る。モーフは目で追った。街路樹から小枝を折り取って戻る。少年兵モーフは好奇心が湧き、次の動きを待った。


 「じゃ、焼くから下がってくれ」

 竈の内径に沿って小枝で線を引く。コンクリートの上に炭跡が黒く残り、円が描かれた。

 工員は焼け焦げた小枝を円の中心に立て、モーフの知らない言葉で何か呟く。湖の民の歌に似た雰囲気だ。


 工員の声が止んだ途端、(かまど)の中に火柱が上がった。

 モーフは思わずのけぞり、尻餅をついた。

 「おいおい、大丈夫か?」

 元トラック運転手メドヴェージが助け起こしてくれた。

 恥ずかしさに消え入りそうな声で辛うじて礼を言う。メドヴェージは、モーフの背を軽く叩いて笑った。


 火柱はモーフの膝の高さ。

 炎の先端が、瓦礫を積んだ(かまど)の上に少し出る。竈の外には全くはみ出ない。

 燃料は工員の魔力だ。

 マッチやライターなしで火を(おこ)し、(たきぎ)や固形燃料がなくても、焚火ができる。

 魔法使いなら、この寒さの中でも格段に生存率を上げられるのだ。


 ……ん? あれっ?


 モーフは魔法の焚火に手をかざした。

 暖かくない。

 いや、それどころか、一筋の煙も上がらない。


 戸惑うモーフの横で、工員がもう一度何か言った。

 炎が一瞬で消える。

 あんなに燃え盛ったのが嘘のようだ。後には、何かが燃えた灰などは全くない。こんがり焼けた魚だけが残された。


 「熱いから、まだ触んなよ」

 そう言いながら、工員が(かまど)の瓦礫を()け、足でこすって円の一部を消した。

 途端に熱風が吹き出し、旨そうな匂いが辺りに漂う。

 幾つもの腹が同時に鳴って、工員がもう一度、「熱いから、まだ触んなよ」と言うと、苦笑が漏れた。


 ……待てって、いつまで待ちゃいいんだよ。


 少年兵モーフは、ソルニャーク隊長を見た。その目がどこか遠くに向く。モーフは視線を辿(たど)った。

 何もない。

 もう一度、隊長を見る。隊長は、また別の方を向いた。


 「隊長、どうしたんッスか?」

 「ん? あぁ、一応、見張りを……な」

 焼魚を見詰める者たちが一斉に顔を上げた。

 「気にしなくていい。今のところ、異状はない」

 「あっどうも。半分に分けて、食べる間も交代で見張った方がいいかもな」

 レノが隊長に会釈し、一同を見回した。数人が(うなず)いて応じる。

 食べる順番をどうするか、一同、顔を見合わせた。



 もどかしい沈黙が続き、眼の前の焼魚が冷めてゆく。

 「俺は後でいいや。ピナ、ティス、先に食えよ」

 「薬師(くすし)さんが獲ってくれたんだし、お先にどうぞ。俺も後でいいから、アマナ、先に食べてろ」

 長い沈黙を破り、レノと工員が女子供に促す。


 四人が遠慮すると、工員は更に言った。

 「もう充分、冷めたろ。えーっと、そこの君。君も先に食べていいよ」

 思いがけず声を掛けられ、少年兵モーフは戸惑った。自分の顔を指差し、本当に自分が言われたのか、目顔で確認する。

 工員は穏やかな笑顔を浮かべて(うなず)いた。

 「そうそう。君だよ。スゲー腹減ってるみたいだし、いいよ」

 「坊主、よかったな」

 元トラック運転手が、モーフの背中をバシバシ叩いて笑う。


 モーフは、工員の気が変わらない内に焼魚を手にとった。

 熱くはないが、まだ充分あたたかい。直火に(さら)された表面は所々焦げ、尻尾は炭化してボロボロ。だが、香ばしい匂いは、護送車で食べた時以上だ。


 少年兵モーフは、何も考えずにかぶりついた。

 皮がパリパリ音を立てて破れ、口の中に熱い魚油が溢れる。焦げ臭さは気にならない。(むし)ろ一層、食欲を掻き立てた。


 モーフは夢中で焼魚を頬張った。

☆焼魚の旨さ/護送車で食べた時……「0045.美味しい焼魚」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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