730.手伝いの手配
「入力用のパソコンは、私が手配しましょう。五台くらいあれば足りるかしら?」
女主人はファーキルではなく、アルキオーネを見詰めた。顔は微笑んでいるのに目が笑っていない。
……あぁあぁああ……やっぱり怒ってる?
だが、ファーキルがここで何か言えば、火に油を注ぎかねない。針子のアミエーラが、助けを求めるような顔をラクエウス議員に向け、三人とも言うべき言葉を探して視線を宙に彷徨わせる。
アサコール党首がファーキルに気遣う視線を向け、“平和の花束”の少女四人に視線を転じた。リーダーのアルキオーネが背筋を伸ばし、後の三人は小さくなって成り行きを見守る。
「君たちは確か、アーテルの出身だったね?」
「はい」
アルキオーネが硬い声で肯定した。
「アーテルの学校ではコンピューターの使い方を習うと聞いたんだけど、今している用紙の仕分けをやめて、入力を手伝う気は……」
「ごめんなさいッ!」
エレクトラがペコリと頭を下げた。顔を上げて一瞬、アルキオーネを見たが、リーダーが党首から目を逸らさないことにホッとして言う。
「私たち、アイドルのお仕事が超! 忙しくって、辞める二年くらい前から滅多に学校行かせてもらえなくなってて、その前からレッスンとか海外公演とかで学校行くヒマなくって、えっと、つまり……タブレットは使えるんですけど、パソコンのキーボード入力はムリって言うか、手伝えなくってごめんなさいッ!」
エレクトラはファーキルに向き直って拝む勢いで頭を下げた。
タイゲタがアルキオーネをチラリと見て眼鏡を押さえる。
「ファーキルさんの今の状態が、私たちと重なっちゃったんだと思います」
「休ませない大人が悪いのは確かだ。ファーキル君、気が付かなくてすまなかったね」
アサコール党首に謝られ、ファーキルはしどろもどろに応じた。
タイゲタは、二人の遣り取りを横目で見て続ける。
「戦争始まってからは、戦意昂揚の為にって、睡眠時間ゴリゴリ削られてスケジュール詰め込まれて、睡眠不足でお肌が荒れてもお化粧で誤魔化してコキ使われて……」
「まともな会社じゃなかったんですよ。私たちが居た事務所って」
アステローペが溜め息混じりに言うと、沈黙の種類が変わった。
女主人とアルキオーネの目から険が取れる。
召使がお茶のおかわりを持って戻って来た。
空いた食器をワゴンに片付け、手際良く食後のお茶を淹れる。どんな合図があったのか、召使たちは一礼して大食堂を出て行った。
ファーキルがアサコール党首に顔を向けて提案する。
「入力するだけなら、文字の配置が同じなんで、タイプライター使える人でもいいんですけど、心当たり、ありませんか?」
「事務員さんなら、何とかなりそうだが、難民キャンプに声を掛けて……」
党首が隣の老議員に同意を求める。
ラクエウス議員は頷いてその先を提案した。
「ラクリマリスの分を入力してもらうとして、キャンプの分はこちらでは数字だけ入力して、自由記入欄はジュバーメン議員にお願いするとしようか」
「入力後、データを統合すればよろしいですわね」
女主人が同意する。
回収したアンケートは、ネモラリス建設業組合の有志と“平和の花束”、それに針子のサロートカが回答地別に属性の仕分けと結果の集計をしていた。
ファーキルと手伝いの二人は、その数値と自由記入欄を入力するのだが、これが予想以上に大変だった。
無記入は多いが、「やっと聞いてもらえる」と用紙の裏にまで書く者もある。手書きの文字は読みやすい字ばかりではなく、解読に時間が掛かるものもあった。
回答用紙には、平和な暮らしを踏みにじられた人々の人生が載っている。
一枚たりとも疎かにできるものではなかった。
呪医セプテントリオーが遠慮がちに言う。
「手伝いをする難民の方に、日当は出るのでしょうか?」
毎日、キャンプに足を運ぶ彼は、その生活を目の当たりにしている。同じく足繁く通うラクエウス議員とアサコール党首が難しい顔になった。
「我々とて、ここでご厄介になっておる身なのでな」
「お支払いできる物を持っていないので……」
「一日作業をなさるんでしたら、お昼とおやつはお出しできますよ。それ以上は、きっとキャンプの中で揉める元になりますから、ちょっと……」
同族の女主人が言葉を濁すと、呪医は少し顔を曇らせたが、ホッとした声で言った。
「恐れ入ります。今日、早速、声を掛けに行きます」
ファーキルは、呪医セプテントリオーの淋しげな微笑みが悲しかった。
回答数が少なかった都市の分は、入力が終わり次第、パソコンからファーキルのタブレット端末にデータをコピーし、サイト「旅の記録」で公開している。
SNSでそのアドレスを拡散すると、湖南経済新聞や通信社からデータ利用の許諾を求められた。
先日、この席に居る大人たちと運び屋フィアールカ、諜報員ラゾールニクにも聴いて、了承の回答をしたが、一般閲覧者の反応は鈍かった。
「ファーキルさん、手伝いの人がすぐにみつからなくても、週に一度は必ず休むと約束して下さい」
「若いからと言ってあまり無理をするものではないぞ」
呪医と老議員が言うと、みんなも力強く頷く。ファーキルは渋々、日曜は休むと約束した。
☆サイト「旅の記録」……「448.サイトの構築」参照




