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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十八章 浮動

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726.増殖したモノ

 艦内の微妙な空気が、乗艦する度に濃くなってゆく。

 首都クレーヴェルでネミュス解放軍が支配域を拡げる度に、湖の民の中で、陸の民と湖の民の間で、何とも言えない緊張が生まれた。

 誰も何も言わないのは、その一言で麻のように乱れ絡んで引き合い、辛うじて保たれた均衡が失われるとわかっているからだ。



 魔装兵ルベルたち陸の民は、ネモラリス共和国内では少数派だ。

 ルベルの村はウーガリ山脈の山奥にある。半世紀の内乱に巻き込まれなかったお陰で、昔と変わりなくそこにあるが、他はそうではなかった。内乱中に滅びた町や村は多く、再建されずに放棄された都市もある。

 復興できた都市や村は、半世紀の内乱中の殺戮や避難、内乱後の移住で、住民がかなり入れ替わった。


 和平協定によって、陸の民と湖の民、共和派と王政派、力ある民と力なき民、信仰の違いなどで住む所が分かたれた。住み慣れた土地に残れたのは、よっぽど運のいい者か、他を踏みにじってでも土地にしがみついた者だ。

 ラキュス・ラクリマリス共和国の分裂後に成立したネモラリス共和国には、湖の民が多い。



 旗艦の乗組員は、人口比を映して湖の民が約七割。ネモラリス政府軍の幹部も、大半が湖の民だ。

 クーデターを起こしたネミュス解放軍も湖の民主体で、率いるのは湖の民のウヌク・エルハイア将軍。しかも、女神の血に連なると言われる名門ラキュス・ネーニア家の有力な分家筋だ。それは政府軍も同じで、アル・ジャディ将軍はウヌク・エルハイア将軍の親戚だった。


 ……何かもう、俺たち陸の民の出る幕じゃないって言うか……何なんだろうなぁ、これ?


 魔装兵ルベルは【索敵】の視線をラキュス湖の遙か南西、アーテル共和国方面に飛ばして他所事(よそごと)を考えていた。

 武闘派ゲリラ……現在はネモラリス憂撃隊(ゆうげきたい)を名乗る民間人の武装集団がアクイロー基地を襲撃して以来、アーテル軍の空襲は鳴りを潜めていた。だが、ネモラリス軍の監視を掻い潜り、輸送機を湖西地方すれすれに飛ばしていた。

 ネーニア島北東部のサカリーハ近郊にまでアーテル兵が入り込んでいたことは、ネモラリス軍に大きな衝撃を与えた。


 侵入したアーテル軍の部隊を一人残らず捕縛し、哨戒兵を増員したが、対応が後手に回っている感は否めない。


 ……内憂外患……か。


 どちらを向いても敵だらけのような気がして、息が詰まりそうだが、一兵卒として国民を守る為に任務を(まっと)うしなければならない。



 「艦長がお呼びだ。交代しろ」

 隊長に肩を叩かれて【索敵】の術が解けた。ルベルは湖の民の哨戒兵に場所を譲り、異状がなかったことを簡潔に報告してついてゆく。


 艦長室で二人きりにされ、魔装兵ルベルは今度は何が起こったのかと身構えた。湖の民の艦長は、将軍の命令を短く伝える。


 「今すぐ、本部の密議の間へ行け」


 たった一言の為に艦長室まで連れて来られたことに、いつも以上の不安がルベルの肩にのしかかった。

 湖の民の司令官の顔からは、何の表情も窺えない。魔装兵ルベルは背筋を伸ばして敬礼し、赤毛をなびかせて甲板の【跳躍】許可地点へ急いだ。


 「鵬程(ほうてい)を越え、此地(このち)から彼地(かのち)へ駆ける。

  大逵(たいき)手繰(たぐ)り、折り重ね、一足(ひとあし)に跳ぶ。この身を其処(そこ)に」



 いつもの軽い目眩(めまい)に似た浮遊感に続いて、風景が一変した。

 丘陵地に建つ古い砦を改装した本館の周囲に、内乱後に建て増した近代的な兵舎などが散らばる。敷地内を魔装兵と一般兵が二人一組でゆっくり巡回し、首都クレーヴェル近郊のネモラリス軍本部は、外から見た限り平穏そのものだ。


 ネミュス解放軍は政府軍の基地を直接叩かず、末端兵の離反で彼我の戦力差を埋めようとしているらしい。


 基地内の空気も、数日前より緊張を増している。

 緑髪の兵の中で、ルベルの赤毛はよく目立った。



 厳重な警備の奥にある密議の間に入ると、アル・ジャディ将軍たちは報告書から顔を上げ、一兵卒のルベルに座るよう促した。

 「お互い忙しい身だ。手短にゆこう」

 アル・ジャディ将軍の一言で湖の民の軍幹部たちが、報告書の束に視線を戻した。末席のルベルだけ何もない。正面のアル・ジャディ将軍と目が合った。


 湖の民の幕僚長が説明する。

 「魔法生物の研究資料だが、奪われた部分は食性のデータ集で大勢に影響はない」

 資料の回収作戦で臨時の隊長に任命されたシクールス陸軍将補が小さく頭を下げた。

 魔装兵ルベルは、アシューグ大先輩を思って(こうべ)()れる。ネミュス解放軍と(おぼ)しき武装集団に殺害され、遺体を連れ去られてしまった。判断ミスの後悔に胃が締め付けられる。


 ……今頃はきっと、情報を抜かれて灰にされて【魔道士の涙】を……!


 何種類もの申し訳なさと罪悪感が重なって、顔を上げられない。



 「回収できた資料をあたったところ、面白いことがわかった」

 幕僚長の声が後悔に沈むルベルを現実に引きずり上げた。


 「()しくもラクリマリス軍が、実現可能であると証明してくれた」

 「詳しく説明すれば長くなる。繰り返さずともよい」

 将軍の声に短く応じ、幕僚長がルベルに説明する。

 「情報部の報告で、腥風樹(せいふうじゅ)の捜索にあたっていたラクリマリス軍の部隊が、巨大な四眼狼(しがんろう)と遭遇。それを倒した(かたわ)らに魔哮砲が居たそうだ」

 「えッ……?」

 ルベルは思わず声を上げ、将軍の右隣に座る幕僚長の緑の瞳を見た。


 ほんの数日前、ルベルがクブルム山脈の監視所から見張った時には、アシューグ大先輩が固定したところから動いていなかった。そんな短期間で【流星陣】を破る程の魔力を蓄えたと言うのか。


 「ラクリマリス兵が捕獲した魔哮砲は、鼠程度の大きさだったらしい」

 「えッ? それは、まさか、子供……」

 ルベルは顎が強張り、声が喉に引っ掛かった。



 魔法生物は、繁殖力を持たせないなどの厳しい制約を課された上で、研究・開発・製造が容認されていた。

 三界の魔物の惨禍を再び起こさない為の世界共通認識で、国連には加盟していない湖北七王国を始め、全ての国が魔法生物拡散防止条約に加盟している。


 それでも、人々の【深淵(しんえん)雲雀(ヒバリ)】学派へ向ける目は厳しい。


 旧ラキュス・ラクリマリス王国は約七百年前の失敗で研究をやめ、五百年余り前に滅びたセリア・コイロス王国で最後の術者が亡くなって以来、公式には一体も作られていなかった。


 魔哮砲が、兵器として通用し得る破壊力を持っているだけでも条約違反だ。

 ネモラリス政府は国際社会の批判を(かわ)すのに汲々(きゅうきゅう)としている。



 「正確には“子”ではなく、分裂した一部だ」

 魔装兵ルベルは、幕僚長の何でもなさそうな声に耳を疑った。


 ……余計にタチが悪いじゃないか。


 「サカリーハ近郊の研究所から回収した資料によると、不定形の魔法生物は、極限られた特定の条件下に於いて、切り取った断片が別個体として、しばらく生存する場合があるらしい」

 「えっ、あの、お言葉ですが、それは普通に繁殖するより危険なのでは……あの、プラナリアみたいに……」

 魔装兵ルベルが思わず口を挟むと、湖の民の軍幹部たちは苦笑した。


 シクールス陸軍将補が一兵卒の懸念を拭うように笑みの種類を変える。

 「あれの実験記録によると、そこまでの再生能力はないらしい。千切れる条件も、断片が生存する条件も極めて限られている」

 だが、今回はその稀な条件の全てが重なり、生存した断片がよりによってラクリマリス軍の手に渡ったのだ。


 ……一体、何が……あッ!


 ルベルの脳裡(のうり)で、魔哮砲を丸呑みして巨大化した濃紺の大蛇(おろち)と、何かを貪った直後、急激に膨らんだ四眼狼(しがんろう)が繋がった。あの時、四眼狼はルベルたちが倒した同族を共食いしたのではなく、魔哮砲を食い千切っていたのだ。

 魔力を吸収し尽くし、消化できなかった魔哮砲の肉体を吐き出したところをラクリマリス軍にみつかったのだろう。


 「肥大化し過ぎた魔哮砲を縮小する目途が立った。本体を元の大きさまで縮小できれば、アーテル軍に勝てる」

 何をどうするつもりか知らないが、【従魔の檻】に詰めて湖西地方に廃棄する気はなくなったらしい。シクールス陸軍将補が、ルベルの思考を読んだように不敵な笑みを浮かべた。

 「何度も言うが、断片化の手段と断片の生存条件は、限られている。本体を縮小すれば、現時点で調達できた素材で作る【従魔の檻】でも収容できるようになる」


 ……あ、何だ。削って早く回収して捨てに行くのか。でも、ラクリマリス軍が持って帰った分はどうするんだ?


 そんな限られた条件のものが偶然、ラクリマリス軍の手に渡ったことはいいことなのか、悪いことなのか。

 ネモラリス政府にとっては確実に悪いことだが、人知れず増殖することを思えば、人類……いや、この物質界に生きとし生ける者すべてにとっては、いいことのような気がした。


 魔装兵ルベルは、魔哮砲の断片をラクリマリス軍から奪還せよと命じられるのだろうと腹を(くく)って、アル・ジャディ将軍の言葉を待った。


挿絵(By みてみん)

☆和平協定によって、陸の民と湖の民、共和派と王政派、力ある民と力なき民、信仰の違いなどで住む所が分かたれた……「001.半世紀の内乱」参照

☆民間人の武装集団がアクイロー基地を襲撃……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照

☆輸送機を湖西地方すれすれに飛ばしていた/アーテル軍の部隊を一人残らず捕縛……「521.エージャ侵攻」「704.特殊部隊捕縛」参照

☆資料の回収作戦……「704.特殊部隊捕縛」~「707.奪われたもの」参照

☆巨大な四眼狼……「607.魔哮砲を包囲」~「609.膨らむ四眼狼」参照

☆クブルム山脈の監視所……「704.特殊部隊捕縛」参照

☆魔法生物は、繁殖力を持たせないなどの厳しい制約を課された……「203.外国の報道は」「239.間接的な報道」「365.眠れない夜に」参照

☆ネモラリス政府は国際社会の批判を躱す……「247.紛糾する議論」~「249.動かない国連」、「269.失われた拠点」「284.現況確認の日」参照

☆魔哮砲を丸呑みして巨大化した濃紺の大蛇……「438.特命の魔装兵」「439.森林に舞う闇」参照

☆【従魔の檻】に詰めて湖西地方に廃棄する……「486.急造の捕獲隊」「509.監視兵の報告」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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