表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十八章 浮動

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

743/3505

725.アマナの怪我

 クルィーロは、妹の様子がおかしいと気付くのに十日も掛かったことを悔やんだ。


 ……どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ。


 いや、みんなが大変な時に、たった一人の癒し手に遠慮したのは、アマナがやさしいからだ。兄のクルィーロが気付いて、無理にでも治療を頼まなければならなかった。


 「お兄ちゃん、大丈夫よ。左はちゃんと聞こえるもん」

 妹の明るい声は(かす)かに震えていた。

 クルィーロは、薬師(くすし)アウェッラーナの申し訳なさそうな顔から目を逸らして食卓を睨んだ。淹れたての香草茶が湯気を立てるが、心のざわつきは治まらない。


 薬師アウェッラーナがマグカップに両手を添え、低い声で説明を始めた。

 「アマナちゃんの鼓膜は、爆風で耳の奥側に倒れてたみたいです。怪我が少なかったのは【護りのリボン】があったお陰なんですけど……」

 クルィーロの父がアマナを膝に抱き、ベッドの端で身じろぎする。


 「みんなの細かい怪我を治すのに【癒しの風】を使ったんで、その時に鼓膜がヘンな形でくっついちゃったみたいで……」

 「治るんですか?」

 薬師(くすし)の正面に座ったクルィーロが顔を上げずに聞くと、アウェッラーナはカップを握る手に力を籠めた。

 「切り取って正しい位置に戻す手術をすれば、すぐ元通り聞こえるようになるんですけど、私じゃ無理で……」

 「それで治るんですよね? じゃあ大丈夫ですよ。アウェッラーナさんが居てくれなきゃ、今頃は……だから、その、ホント感謝してるんで……」

 精いっぱい明るく言ったつもりが、クルィーロは声の震えを止められなかった。



 エランティスは負傷した翌朝に意識が戻ったが、足が痛いと泣いてばかりいる。今は泣き疲れ、ピナティフィダにだっこされて眠っていた。


 「ごめんな。俺たちずっと首都で、他所を知らないから……」

 「いえ、そんな……(かくま)って下さるだけで有難いんで……」

 雑貨屋の息子が詫びるのをクルィーロは慌てて取り成した。



 今、クルィーロたちが身を寄せるのは、雑貨屋の地下室だ。首都クレーヴェルの西門商店街の裏通りにある。星の(しるべ)の自爆テロに巻き込まれ、雑貨屋の身内の治療と引き換えに置いてもらっていた。

 薬師(くすし)アウェッラーナが居なければ、今頃生きていなかっただろうと思うと、彼女にはどれだけ感謝しても足りないくらいだ。


 雑貨屋の息子ドージェヴィクは、他の家族と共に仕事で首都の北東部へ行った時、国道八号線のテロに巻き込まれて重傷を負った。

 爆風と、射出された釘で酷い状態だったが、魔法薬と薬師アウェッラーナの懸命の治療で、あと少しで完治と言うところまで回復した。

 クルィーロも魔力を提供して手伝ったが、片腕の骨折を癒しただけで倒れそうになった。


 ……セプテントリオー呪医(せんせい)って桁違いに魔力強かったんだな。


 元軍医なだけある、と今一番会いたい人を思う。

 治療者の魔力と負傷者の体力の都合で、一度に全部は癒せず、雑貨屋の息子と親戚夫婦はまだ数カ所ずつ骨折が残っている。移動販売店のみんなの傷は、治せるものは治してもらえた。


 アマナの耳とエランティスの足は無理で、肉屋の娘には左半身麻痺の後遺症が残った。

 本人たちも家族も、命に別条ない状態にしてもらえて感謝している。【青き片翼】学派の呪医なら、ちゃんと治せるとわかって希望も持てた。だが、薬師(くすし)アウェッラーナは顔色が冴えない。


 ……内乱中、どんだけ酷いこと言われてたんだろうな。


 クルィーロはこっそり溜め息を()いた。



 FMクレーヴェルはあれ以来、臨時放送をしていない。

 政府の公式発表と検閲済みのニュース、避難所情報、道路交通情報、天気予報の他はずっと同じ古典音楽を流していた。だが、どこに行けば治療を受けられるのか、食糧はどこで手に入るのか。都民が欲している生活情報は流れない。


 ……まぁ、帰還難民センターに居た頃よりは情報増えたけど。



 レノと雑貨屋のおばさんが肉屋から戻って来た。

 「さっき、ちょっとだけ、外へ出たんだ」

 「どうだった?」

 勢い込んで聞いたクルィーロに、レノは複雑な表情で黙った。

 雑貨屋と肉屋は地下で繋がっている。肉屋は西門商店街にあった。みんなの視線が二人に集まる。

 「あたしゃ、下で二人を看てたから……」

 「俺と肉屋さんで行って、商店街をちょっと見たんだ。瓦礫が片付けてあって、車は通れるようになってたよ」


 何となく引っ掛かる言い方で、いい話ではなさそうだ。誰も続きを催促せず、レノをじっと見詰める。

 疲れたのか、ドージェヴィクがベッドに横たわった。雑貨屋のおばさんが息子に布団を掛ける。


 「えっと……お巡りさんと政府軍の兵隊さんが商店街を警備してるよ」

 何となくゆるんだ空気は、次の言葉で固まった。

 「爆弾の材料とか持ち込まれないか、都内に入る車を検問してるんだってさ。そのせいで入荷が遅れて、前よりもっと品薄になってるって……」

 「それって【無尽袋】の中身も出してんのか?」

 「星の(しるべ)対策だし、【無尽袋】自体、品薄だから、それはないんじゃないかな?」

 「そっか……そうだよな」



 何となく話が途切れる。



 気マズい沈黙を父が破った。

 「店は……? それでも営業している店が、少しはあるのかい?」

 「んー……そんなだから、入荷が少ないし……あ、でも、道の穴は仮復旧されてて、『救援物資』って横断幕付けたトラックも見たけど、奥の方行っちゃったんで……」

 「神殿か学校の避難所に向かったんだろう」

 「食べ物だったら、たんとあるから、遠慮しなくていいんだよ」

 「恐れ入ります」

 父と一緒にクルィーロたちも雑貨屋のおばさんに頭を下げ、また話が途切れた。


 レノが香草茶を一口飲んで言う。

 「さっき、肉屋さんが店の二階にラジオを取りに行って、窓から見て、大丈夫そうだったから二人でちょっとだけ外に出たんだ」


 ……娘さんたちが元気になってきて、肉屋さんもラジオを聞く余裕が出てきたのか。


 それはよかったが、雑貨屋と肉屋の怪我人がよくなれば、クルィーロたちはこの地下室を出て行かなければならない。


 「大丈夫そう……って?」

 「停戦時間じゃなかったから、車は少なかったし、歩いてる人は(ほとん)ど居なかったけど、兵隊さんとお巡りさんが警備してたよ」



 西地区は政府軍の支配域になったようだが、これで安全になるのか、却ってネミュス解放軍の標的にされるのか、軍事の知識のないクルィーロには、いくら考えてもわからなかった。



 「レノ、検問って首都を出る側もしてた?」

 「うん。荷物のチェックはしてなかったけど、免許証と……歩きの人も身分証をチェックされて、どこ行くのか聞かれてた」

 「意味あんのか、それ?」

 「だよなぁ。【(ただ)しき燭台(しょくだい)】は置いてないから、身分証が贋物(にせもの)だったり、嘘吐(ウソつ)かれても、わかんないよな」

 クルィーロとレノが苦笑いすると、雑貨屋のおばさんも困ったもんだと肩を(すく)めた。

 「そんなコトしたって、出入りが遅くなるだけだろうにね」


 「……誰かを探している……と言うことはありませんか?」


 クルィーロの父自身、自信がないのか控え目な呟きだったが、みんなの苦笑いを引っ込めるには充分な声だった。

☆【癒しの風】……「348.詩の募集開始」「349.呪歌癒しの風」参照

☆あれ以来……「710.西地区の轟音」参照

☆臨時放送……「708.臨時ニュース」「711.門外から窺う」参照

☆帰還難民センターに居た頃よりは情報増えた……「612.国外情報到達」~「617.政府軍の保護」参照

☆【無尽袋】自体、品薄……「340.魔哮砲の確認」「403.いつ明かすか」参照

 ※ 魔法の袋【無尽袋】は、中身を出すと術が切れる使い捨て。「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説08道具」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ