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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十八章 浮動

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724.利用するもの

 リストヴァー自治区が戦場になる前に、星の(しるべ)の計画を一部でも引き出せないか、話を戻す。


 「あの……自治区の人たちって、どうなるんですか? 新しい時代には、リストヴァー自治区がネモラリスの信仰の中心地になるんですか?」

 「その通りだ。でも、その前に多くの血が流れる。だから、今、ローク君と同じように見込みのある子たちをルフスに送る手筈を整えてるんだよ」

 ロークは、星の(しるべ)リャビーナ支部長の意外な言葉に声もない。


 支部長の妻がにっこり微笑んだ。

 「アーテル留学はローク君が一番乗りだから、後から来る子たちを支えてあげてね」

 「は、はい……上手くできるか、自信ありませんけど……」

 控え目な答えに二人は(いたわ)りの言葉を口にした。


 「ローク君も初めての地で、慣れない暮らしに戸惑うことも多いだろう。自治区の子がルフスに着くのは、早くても年末頃になる予定だからね」

 「それまで心細いでしょうけど、頑張ってね」

 夫人に手を握られ、ロークは振り払いたいのを(こら)えて聞いた。

 「その子たちの家族はどうなるんですか?」

 「銃を手にする人は残る。戦えない人はネモラリス島内の各支部で、子供たちの帰りを待つことになってるよ」

 「あなたの家族と婚約者の一家も、パドスニェージニク先生のお屋敷でずっと待ってるから、安心してね」



 ロークは、気になることをもうひとつ聞いた。

 「両方の軍隊相手にまとめて戦うんですか?」

 「政府軍が自治区へ行くとすれば、それは、ネミュス解放軍の手から守るためだよ」

 「えッ?」

 全く予想しなかった答えにロークは本気で驚いた。


 星の(しるべ)リャビーナ支部長は、ロークの反応に皮肉な笑みを浮かべて詳しい事情を説明し始めた。

 「不思議かい? アーテルの表向きの開戦理由は、リストヴァー自治区で迫害されているキルクルス教徒の救済だ。ネモラリス政府は、戦争を続ける理由をなくす為に、外国や教団の支援を受け容れて復興を急いでいる。……ここまでは、さっきの説明でわかってくれたよね?」

 「はい。国際社会からの批難と制裁を避ける為……ですよね?」

 ロークが自信なさそうな声音で「謙虚で世間知らずな少年」を演出すると、支部長は満足げに頷いて続けた。

 「そうだ。ネミュス解放軍や、彼らに賛同した国民……フラクシヌス教徒の魔法使いたちが自治区に手を出せば、キルクルス教国の政府や教団がどうでるか。ネモラリス政府の偉い人たちが馬鹿じゃなければ、分かる筈だ」

 「アーテルは迫害が悪化したと思って戦争をやめないし、国連も……常任理事国にキルクルス教の国が多いから、制裁の決議が……」

 「流石だな、ローク君。だが、今すぐ自治区が危機に晒されるワケではない。迎撃の準備を整える時間はある」


 支部長の自信の根拠は、ロークにも想像がついた。


 ネミュス解放軍の本隊は、まだ首都クレーヴェルの制圧を完了していない。国営放送と複数の民放局を制圧して、プロパガンダ放送を続けているが、地方局が本局の放送をそのまま流しているとは思えなかった。


 ……平和な頃も、地方版の独自番組ってあったし、放送局の人がみんな解放軍に賛成するんじゃなきゃ、本局のは全部止めて独自番組だけ流すよな。


 明日、ラジオを借りて確めることにして、ロークは質問した。

 「政府軍って、すぐ自治区に出動してくれるんですか?」

 「検問所には常駐してるよ。少人数だけどね。解放軍の動きを事前に察知できれば、手前のゼルノー市辺りが戦場になって、自治区の被害は少なくて済むだろう」

 支部長の説明に夫人が聖印を切り、ロークに同情の眼差しを注ぐ。支部長は他人事(ひとごと)のようにあっさり続けた。

 「だが、暴徒化した一般人が来るとしたら、難しいだろうね」


 ……そう言えば、隊長さんが、自治区には魔法を使えなくする結界があるって言ってたよな。


 星の(しるべ)リャビーナ支部長は、リストヴァー自治区が魔法で守られている件を知らないのか、知っていてとぼけているのか、その件には言及しなかった。


 「首都から脱出した人の中に、ネミュス解放軍の思想に気触(かぶ)れた人が居たら、その人たちがあちこちで仲間を増やしたりとか……」

 ロークの呟きに、支部長夫婦は満面に笑みを広げた。

 「流石、パドスニェージニク先生が見込んだコだけあるわぁ」

 「よく気が付いたね。今、首都に潜伏している同志は、それを阻止する為に道路の破壊工作を頑張っているんだよ」


 ……道を通れなくしたいだけなら、人が居ない時にすればいいのに。


 飲み込んだ言葉が腹の底を刺す。ロークは痛みを(こら)えて言った。

 「でも、もう大勢、首都を出ちゃってますよね? リャビーナにも……」

 「残念ながら居るね。我々とて全て止められるとは思っていないよ。()しき(わざ)を使って一瞬で移動してしまうんだ。そこは割り切って二重三重に手を打ってあるよ」

 「ネミュス解放軍の主張を広めない……なんて、できるんですか?」

 ロークは本心から聞いた。



 ウヌク・エルハイア将軍の思想が広まれば、フラクシヌス教徒同士でも民主派と神政派の間で血が流れる。

 力なき民しか居ないキルクルス教徒には、「逆らわず、信仰に折り合いを付けるなら命と信仰までは奪わない」と言っていたが、キルクルス教徒側は虐殺を危惧して迎撃態勢を整えつつあった。



 「武力に依らず平和を目指す集団が居るのは、知ってるかな? 団体名もない烏合の衆だけど……」

 ロークは曖昧な顔で頷いた。


 ……ラゾールニクさんたちのあれのことだよな? 何で……?


 「彼らは、全てを失った人たちが、武闘派ゲリラに参加しないように活動している」

 「相談、生活の支援、就職先や住居の斡旋(あっせん)なんかで直接ね」

 「その資金は、寄付やバザー、慈善コンサートや書籍の売上で(まかな)っているよ」

 ロークは話が見えなかったが、頷いて理解を示し、先を促した。


 「我々は寄付や仕事の斡旋で、彼らの活動を支援しているんだ。解放軍気触(かぶ)れが勧誘しても“何言ってんだコイツ?”って相手にされない空気をつくる為にね」

 「それで……防げるんですか?」

 そんなことで上手く行くとは全く思えないが、支部長は自信に満ちた顔で言った。

 「ネミュス解放軍とネモラリス憂撃隊は、主張の方向性が違うだけで、やってることは単なる暴力だ。特に解放軍はネモラリス人に被害を出してる」

 「あんな人たちに関わるのは同類の悪人って言う空気を作ってあげれば、人目のある場所で話しにくくなるし、ここは特に市民団体のコンサートで“平和と人の絆の大切さ”を説いてくれるから、白い目で見られやすいのよ」

 夫人の薄く笑った唇から出た言葉にロークは耳を疑った。


 確かに、人数もわからないくらい大勢のゆるやかな繋がりで、団体名すらない活動だが、星の(しるべ)に利用されるとは夢にも思わなかった。

 もしかすると、内部にも星の(しるべ)の団員が入り込んで、情報の横流しや妨害工作をしているかもしれない、と思い到り、ロークは焦燥に駆られた。


 ……何とかしてフィアールカさんたちに伝えないと。


 思いも寄らない重大な情報を掴んだが、ここでは何もできない。レーチカに居た時ならあのベンチに貼ってアウェッラーナに託せたが、ここは遠く離れたリャビーナで、知り合いは一人も居なかった。


 「まぁ、こんなことで思想の広がりを完全に止めるのは不可能だ。彼らがトポリやサカリーハに跳んで広めれば、ここでの努力なんて関係ないからね」

 「自治区の支部が準備を整えるまで、時間稼ぎができればいいのよ」


 ロークは質問の声が震えるのを抑えられなかった。

 「戦いは……絶対、避けられないんですか?」

 「残念ながらね。悲しいかな、ネミュス解放軍がそれを望んでいるんだよ。ラジオで毎日言ってるだろ?」

 返事が(かす)れて声にならない。


 夫人がやさしく問う。

 「自治区にお友達が居るの?」



 少年兵モーフとソルニャーク隊長、メドヴェージ、針子のアミエーラと過ごした日々が、頭の中を駆け巡った。



 聖者のステンドグラスが人口の光に照らされ、色とりどりだが、均一の輝きを窓のない教会の床に落とす。

 ロークは、感情を抑えて首を横に振った。

 「知り合いも居ませんけど、礼拝に来てた人たちから色々聞いてたんで、何か……他人事(ひとごと)じゃないって言うか……直接会ったことないけど、隣人……みたいな……」

 「やさしいのね。ローク君はきっと聖職者になる為に生まれてきたんだわ」

 夫人がうっとり言ってロークの手に頬ずりする。


 (てのひら)にイヤな汗が滲んだが、嫌悪感に歪んだ顔を伏せて言った。

 「でも、俺、旅費と生活費を稼ぐ為に魔法使いの手伝いしてたし、そんな資格、もうないのかも……」

 「大丈夫。許されるよ」

 支部長がロークの肩を叩いて力強く励ます。

 「人間は弱い。過ちを犯すものだ。でも、知の光に導かれて聖なる星の道に戻る者を、聖者様が拒むワケがない。逆に、罪の苦さを知っているからこそ、人々に悔い改めるように実感をもって言えるようになるんだ」

 「胸を張って堂々と学んでらっしゃい」

 

 ロークはその夜、遅くまで窓のない教会で信仰の話に付き合わされた。


挿絵(By みてみん)

☆見込みのある子たちをルフスに送る手筈……「629.自治区の号外」「630.外部との連絡」参照

☆常任理事国にキルクルス教の国が多い……「249.動かない国連」「259.古新聞の情報」「364.国際政治の話」「411.情報戦の敗北」参照

☆アーテルの表向きの開戦理由……「078.ラジオの報道」「259.古新聞の情報」参照

☆自治区が危機に晒される……「602.国外に届く声」参照

☆検問所には常駐……「528.復旧した理由」「529.引継ぎがない」参照

☆自治区には魔法を使えなくする結界がある……「067.事故か報復か」「530.隔てる高い壁」「559.自治区の秘密」参照

☆道路の破壊工作……「690.報道人の使命」「695.別世界の人々」「710.西地区の轟音」「715.テロの被害者」参照

☆ウヌク・エルハイア将軍の思想……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照

☆武力に依らず平和を目指す集団……「347.武力に依らず」参照

☆全てを失った人たちが武闘派ゲリラに参加しないように活動……「278.支援者の家へ」参照

☆バザー……「241.未明の議場で」「244.慈善のバザー」参照

☆慈善コンサート/平和と人の絆の大切さを説いて……「305.慈善の演奏会」「306.止まらぬ情報」参照

☆書籍の売上……「647.初めての本屋」参照

☆レーチカに居た時ならあのベンチに貼ってアウェッラーナに託せた……「654.父からの情報」「697.早朝の商店街」「698.手掛かりの人」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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