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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日

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0074.初めての作業

 昨日は朝食後に入浴させてもらい、店長宅の客間のベッドで休ませてもらえた。

 恐縮する程、ふかふかの布団だ。

 やわらかな感触に包まれ、アミエーラは気を失ったように眠った。



 目を覚ました時には、もう日が傾いていた。

 父はまだ訪ねて来ず、店長と二人で少し早めの夕食を()り、また眠った。

 夢をみたような気がするが、思い出せない。まっくらな泥の中を手探りで歩くような眠りだった。



 今朝は寝すぎたせいか、腰や背中がやけに痛む。

 アミエーラはふかふかの寝床で身を起こし、ゆっくりと節々をほぐした。

 ここは静かで、昨日、店長に聞かされた話が、どこか遠くの夢物語に思える。いや、このやわらかなベッドこそが夢かもしれない。


 アミエーラは身支度を整えて台所に出た。

 店長は既に起きて、丁度、朝食の用意を整えたところだ。


 「あ……おはようございます。すみません、何もお手伝い……」

 「いいのよ。ここは私の台所だから。さ、座って。ごはんにしましょ」

 今朝の朝食は、堅パン一枚と、野菜スープ。

 アミエーラが見たこともないくらい豪勢な食事だ。


 「干し肉からいいダシが出るのよ。野菜はさっき庭で採ったばかりだから、冷めないうちにおあがり」

 「よろしいんですか? こんな立派なお食事……」

 「いいのよ。たんと食べて、元気出しなさいね」

 店長に言われるまま、アミエーラは(さじ)を口へ運んだ。

 老婆の言う通り、チーズとはまた別の濃厚な味が口いっぱい広がる。程良い塩気が身体に染み渡り、意識がはっきりしてきた。


 夢中で食べ、アミエーラは、ほうっと息を吐いた。

 この世にこんな美味しいものがあるなんて、知らなかった。


 ……私だけこんな美味しいもの食べてていいのかな? お父さん、どうしてるんだろ?


 食後の香草茶は、店長に教えてもらいながら、アミエーラが()れた。

 二人でゆっくりお茶を飲むと、身体が芯からぬくもり、不安が薄れてきた。

 「どう? 今日は作業できそう?」

 「はい、大丈夫です。ご心配お掛けしました」

 アミエーラが(つと)めて元気よく言うと、店長は満足そうに頷いた。



 作業場のいつもの席に座ると、本当に何でもない、いつもの日のような気がしてくる。店長が、厚手の帆布(はんぷ)と型紙を作業台に広げた。

 「今日はね、袋を作ってもらいたいのよ。リュックサック」

 「リュックサック、ですか」

 「ミシンの針は替えておくから、型紙はこれね」

 アミエーラが任された主な作業は、裾上(すそあ)げや(つくろ)い、寸直(すんなお)しで、一から作った経験が少ない。それも、薄く扱いやすい生地で、スカートなどの衣服や買物袋など、簡単なものばかりだった。


 「型通りに()つところまでは同じよ。次の工程から説明するから、終わったら呼んでちょうだいね」

 店長は、戸惑うアミエーラをやさしく(うなが)して自分の席に着き、別の作業に取り掛かった。


 アミエーラも生地と型紙を広げ、どう配置すれば効率がいいか考える。

 アスファルトを薄めたような沈んだ色柄の帆布だ。これなら無地の方がずっと見栄えするだろう。

 どんな客が注文したのか、少し気になる。

 余計な考えを頭から追い出し、失敗しないよう、慎重に作業を進めた。

 生地に型紙を置き、型をなぞって線を引き、店長に確認してもらう。


 「いい感じよ。生地が厚くて固いから、気を付けて()ってね」

 「はい」

 アミエーラは()(ばさみ)を手に取り、布の端で試し切りする。固い手応えだが、手入れの行き届いた鋏は切れ味が良く、ジョキリと重い音を立てて裁ち切れた。


 改めて生地を整え、裁断を始める。

 スカートのような単純な直線ではなく、曲線が多い。布の固さのおかげで、勢い余って隣の部品まで切ってしまう心配はないが、ひとつの部品を切り出すのに()つ距離が長く、すぐに腕が疲れてしまった。

 本体はほぼ真っ直ぐだが、ポケットやよくわからない部品が多いのだ。

 別布で補強材も裁つ。こちらは少し薄い生地で、本体より楽だが、数が多い。



 結局、その作業だけで昼前まで掛かってしまった。

 「いいのよ。ゆっくりで。急いで指を切ると、よくありませんからね」

 店長はアミエーラに微笑んで、通りに目を()った。

 「それに、今日はまだ一人もお客がないし」

 アミエーラは言われてやっと気付いた。

 初めての作業だからか、いつの間にか夢中になっていたらしい。


 通りには人の姿がなかった。

 取敢えず、今の服に問題がなければ、仕立屋に用などないのだろう。



 二人で昼食を作り、ゆっくり食べた。

 何か言えば、不安や不吉な言葉しか出てこない気がして、アミエーラは店長への返事以外、何も言わないでいる。

 店長も、冷静に振舞おうと努めるのか、いつもより表情がぎこちなかった。


 お客が来れば、この重い沈黙を破ってくれるかもしれない。

 アミエーラは期待したが、すぐに考えを改めた。

 客が、よくない話を持ち込むかもしれないのだ。



 午後は店長に説明を受け、早速、縫製に取り掛かった。

 生地が厚く、待ち針では留められない。

 アミエーラはクリップで生地を押さえ、縫い目の印から外れないよう、慎重にミシンのペダルを踏み込んだ。


 店長はミシン針だけでなく、上糸と下糸も太く丈夫なものに替えてくれた。

 灰色の生地に黒く太い縫い目が等間隔で現れる。

 先に肩掛けベルトやポケット、蓋など細々した部品を作ってゆく。布の合わせ目を補強材で(くる)んで縫いつけ、耐久性を上げる。


 「アミエーラ、私は少し出掛けるから、お留守番、お願いね」

 作業に没頭したアミエーラは、慌てて顔を上げた。

 店長は、すっかり外出の支度を終え、戸口に居た。

 「は、はいっ」

 「どうせお客はないし、お店は閉めておきますから、私以外、誰が来ても絶対に開けちゃダメよ」

 言い置くと、店長はアミエーラを残して店を出た。



 一人になった途端、()(がた)い不安に襲われる。

 自治区の東、バラック街の大半が焼失したことを思い出す。この静けさは、そのせいなのだ。

 気持ちを落ち着かせる為、ミシンと向き合った。

☆バラック街の大半が焼失した……「0054.自治区の災厄」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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