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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十七章 混迷

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718.肉屋のお仕事

 傾斜のついた通路を上がり、次の部屋に通される。ここも倉庫だ。

 もうひとつ隣の部屋が寝室だった。雑貨屋と同じ二段ベッドが五台あり、並んだ下段に怪我人が寝かされている。


 「末の娘夫婦は北地区に済んでたんだが、戦闘に巻き込まれてな。孫と曾孫(ひまご)はやられちまった。治せそうか?」

 「()てみないことには……えっと、先にお湯を用意していただけますか?」

 「おう。お安いご用だ」

 肉屋の亭主は薬師(くすし)の指示に素直に従い、隣の部屋へ引っ込んだ。アウェッラーナが手提げ袋から香草茶を取り出す。



 肉屋の娘は雑貨屋のおばさんと同年代に見えたが、孫が居るらしく、実際の年齢はわからない。

 手足は包帯で巻かれ、添え木が当ててある。頭の包帯には血が固まって黒ずんでいた。意識がないのか、知らない人の声にも反応がない。


 隣のベッドの男性は、包帯の隙間から目だけでこちらを窺ったが、身動きとれないらしい。


 「雑貨屋さんとお肉屋さん、どちらの方が魔力、強いですか?」

 「従兄(いとこ)……肉屋だよ」

 「何すりゃいいんだ?」

 薬師が答えるより先に肉屋が水塊を連れて戻って来た。


 「さっきから何人も癒して疲れてしまったので、魔力を貸して下さい。【魔力の水晶】はあります」

 「あぁ、お安いご用だ。それ貸してくんな」

 肉屋が手を出したが、薬師(くすし)は首を振った。

 「これに充填したくらいじゃ全然、足りないので……」

 「ん? あぁ、【水晶】越しに魔力を融通すりゃいいんだな。で、このお湯は?」

 「香草茶を作って湯気を部屋に行き渡らせて下さい」

 「じゃ、それは私がやるよ」


 雑貨屋のおばさんが【操水】を唱えて水塊を受け取った。アウェッラーナは宙を漂う熱湯に香草の束を挿し、【魔力の水晶】を乗せた手を肉屋に差し出す。二人は手を繋いで意識のない患者の枕辺に(ひざまず)いた。


 薬師が患者の首筋に触れ、力ある言葉で囁く。肉屋が目を見開いて湖の民の薬師に聞いた。

 「あんた【白き片翼】の術もいけんのか?」

 「他の学派は少しだけです。骨折の薬がなくて【青き片翼】の術で癒すから魔力がたくさん要るんです」

 「お、おうっ、そうか。よろしく頼むよ。俺の力でよけりゃ、いっくらでも使ってくれや」

 肉屋は薬師と繋いだ手に力を籠めた。



 「で、センセイ……娘の具合は……?」

 「打撲や擦り傷がたくさん。頭蓋骨と骨盤にヒビ。両手足と肋骨、鎖骨の骨折。気道に少し熱傷があって、右肺には小さな刺し傷があります。意識がないのは脳内出血のせいです」

 肉屋の顔がみるみる曇る。


 「怪我をしてから、どのくらい時間が経ったかおわかりですか?」

 肉屋は天井を睨んで唸った。

 「穴倉ん中じゃ昼も夜もねぇからな。一週間……いや、十日かそこら経ってるかも知んねぇ」

 「娘さんの食事は?」

 「一昨日くらいまでは自力で飲み込んでた……目ぇ覚まさなくなってからは術でスープ流しこんで、一応、滋養は取らせてんだが……」

 「そうですか……次、そちらの方を診ます」


 ……診察する術なのか。


 さっき雑貨屋の寝室でも聞いた。それ以前にも何度か聞いたことのある呪文だ。

 子供の頃、近所の医院で【白き片翼】の呪医に診てもらったのを思い出した。その呪医はレノが中学生の時、老衰で亡くなった。


 「……お二人とも、一刻を争う状態ではありません。勿論(もちろん)、このままではいけませんけど……」

 肉屋と雑貨屋がホッとした顔を見合わせた。


 ……傷薬はいっぱいあるしなぁ。


 レノも安心したが、右腕は折れたままだ。今は自分よりティスが気になってそれどころではなかった。


 「お肉屋さん、薬罐(やかん)となるべく大きなお鍋、それとそのお鍋に入るくらいの水を用意して下さい」

 肉屋が出て行くと、薬師(くすし)は寝室を見回して雑貨屋のおばさんに言った。

 「それと、お鍋とかを置く椅子か何か、台を……」

 「あ、あぁゴメンよ。気が利かないったら。あんたの椅子も持って来るよ」

 おばさんが香草茶を連れてさっきの部屋に戻る。骨折したレノは、荷物運びさえ手伝えない自分が情けなかった。



 アウェッラーナが袋から濃縮傷薬と塩の袋を出したところへ肉屋が戻った。

 「ん? あいつは?」

 「それを置く台を取りにあっちの部屋へ……」

 レノが答えると、肉屋は鍋と薬罐を床に置いて手伝いに行った。



 空の木箱に薬罐(やかん)と鍋を置き、香草茶と水でそれぞれ満たす。

 「今から包帯を(ほど)いて治療の準備をします。お肉屋さんはその間に……」

 肉屋が薬師アウェッラーナの視線を辿り、レノの胸元を見て頷いた。

 「わかった。人間相手にやったこたぁねぇが、いっちょやってみる」

 「よろしくお願いします」

 レノは姿勢を正して頭を下げた。

 「上手く行くかわかんねぇがな。兄ちゃん、そっちの箱に乗せてくんな」


 何もない木箱にティスの靴を置くと、肉屋はその前に腰を下ろし、膨らんだ前掛けから銀のペンとインク瓶、小さな革袋を取り出して並べた。

 レノはその(かたわ)らに(ひざまず)いて作業を見守る。

 肉屋のごつい手が靴紐を(ほど)き、慎重に中身を取り出した。レノは妹の傷を見ていられなくなり、目を閉じて神々に祈った。


 ……肉屋さん、フラクシヌス様、パニセア・ユニ・フローラ様、スツラーシ様……どうか、ティスの足をお守り下さい。


 「キレイに洗ってあるな。上出来だ」

 肉屋の声にそっと(まぶた)を上げる。


 片手で(かかと)を持ち、足の甲に呪印を描き始めた。

 銀のペン先が白い肌に傷を刻む。血が流れる代わりに傷が濃い色のインクで満たされ、複雑な形が少しずつ現れる。引っかき傷に少しずつインクを注ぎ、最後の一筆を引くと、肉屋はペン先を呪印の中心に突き刺して呪文を唱えた。途中で詠唱の抑揚を変え、袋の中身……塩らしき白い粉を振りかける。


 複数の術を使っているらしいのはわかったが、それぞれがどんな術なのかはわからない。


 詠唱を終えると肉屋は千切れた靴下を元通りに履かせ、そっと靴に戻した。レノの視線に気付いて木箱に乗せる。

 「今のは、ホントだったら屠畜場で使う術なんだ。枝肉に掛ける【防腐】と【魔除け】と【立入禁止】……」

 「えっ? 【立入禁止】って……?」

 肉屋は頭を掻いて説明した。

 「肉を扉にして幽界(かくりよ)からこっち来んのを禁止する術だ」

 「あっ……」


 そんな術まであるのか、とレノは今更ながら驚いた。

 自分たちの暮らしは本当に魔術なしでは全く成り立たないのだ。


 「アルトン・ガザ大陸やら、魔物の少ない土地なら、これがなくても滅多にそう言うことにゃならんそうだが、何せ、ここらは封印の地に近いからしょうがねぇ」

 「あ……ありがとうございます!」

 レノがティスの靴を抱いて言うと、肉屋は弱々しく笑った。

 「なぁに、いいってことよ。あんたらの薬でウチの娘夫婦も助かるんだ。……ところで、その嬢ちゃんは力ある民なのか?」

 「いえ……力なき民です」

 「そうか。そいつぁよかった。俺の魔力でも一月(ひとつき)は守れる」

 「そんなにですか?」


 それだけ時間があれば、どうにかして王都へ行けそうな気がした。


 ……アウェッラーナさんが無理でも、漁村で宝石払って船を出してもらえたら、何とかなるかも?


 「魔力が強けりゃその分、魔物や何かを引き寄せる力も強くなるからな。【立入禁止】をブチ破られたりすんだよ」

 「……知りませんでした」


 レノは、力なき民であることを「よかった」と思える日が来るとは夢にも思わなかった。


 「葬儀屋の【導く白蝶】学派にゃ【(とむら)禿鷲(ハゲワシ)】よりずっと強力な術があるけどよ、俺らの術じゃ人間……特に魔力ある奴だと色々アレなんだ」

 「で、でも、頑張って下さってありがとうございます。無理言ってすみませんでした!」

 レノが再び頭を下げると、肉屋は道具を前掛けのポケットに片付けて言った。

 「俺ぁ守りを掛けただけだ。きっちり治るとこまで責任持てねぇぞ」

 「いえ、これで希望が持てます。ホントにありがとうございました」


 頭を下げると、安堵と嬉しさに込み上げた涙が石床に落ちた。



 薬師(くすし)アウェッラーナに呼ばれ、肉屋の亭主が娘の枕辺に戻る。

 娘は包帯を(ほど)かれ、無残な傷を晒していた。レノは、痛みを感じなくて済むなら、意識がない方がマシかもしれないと思った。

 娘婿の方は、まだ何もしていない。


 「娘さんの方が重傷なので先にこちらを……肺の刺し傷、肋骨と鎖骨、それから頭。感染症を防ぐ為に二人の体表の傷を癒して今日は一旦、終わります」

 「えっ……」

 隣のベッドから(かす)かに驚きのが届いた。


 薬師アウェッラーナが振り向いて肉屋の娘婿に言う。

 「あなたは足の火傷が酷くて、それを癒すだけであなたの体力が消耗してしまうんです。滋養のあるものを食べて、二、三日待って様子を見てから次の治療に移ります」

 「あ……あいつは?」

 (かす)れた声が妻を案じる。


 「奥さんは気道に軽い熱傷があるだけなので、今日、色々治せるんです。でも、手足の骨折と骨盤は、体力の回復を少し待ってからになりますね」

 肉屋の目が娘と薬師(くすし)を往復する。

 「ウチの子の方が重傷なんじゃねぇのか?」

 「頭の傷は、治療を急いだ方がいいので」

 薬師の態度は落ち着いているが、レノは肉屋の親子が気の毒になった。


 ……もしかして、娘さん……相当ヤバい?


 レノは、自分が後回しにされた理由がわかったが、今夜眠れるか不安になった。

 折れた腕が熱を持ってさっきから全身がだるい。鼓動に合わせて右腕の深い部分がズキズキ痛んだ。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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