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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四章 印歴二一九一年二月四日

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0073.なにもない街

 「地下室は日が当たらないので、魔物や雑妖の巣になっているかもしれません。慎重に行きましょう」

 薬師(くすし)が言葉を選んで発した警告に、明るくなった空気が再び(しぼ)んだ。

 だが、他に(あて)はない。

 取敢(とりあ)えず、中を見てから決めることにして、ニェフリート運河沿いの道を歩いた。


 火事場泥棒の一人も居ない。

 街路樹は炭化して幹が折れ、路上には自動車の残骸や瓦礫が散乱する。



 地下室を備えた住宅や商店は、何軒も見つかった。

 どれも床が崩落して使い物にならない。陥没したから、存在がわかったようなものだ。そうでない所は瓦礫が邪魔で、地下室の入口さえわからなかった。


 何度も落胆しながら、運河沿いの遊歩道を行く。

 「この橋、上がってるだけだな。下ろせば渡れるんじゃないか?」

 工員が弾んだ声で言い、橋の(たもと)で立ち止まった。

 橋は大型船を通す為、中央で割って上げてある。


 「操作盤は……」

 辺りを見回し、十人は肩を落とした。

 操作盤の番小屋は、焼け落ちていた。

 名称を記した金属板が焼け焦げ、()じ曲がって冬の風に揺れる。

 小さな溜め息が、白く曇って風に流れた。

 一行は、再び歩みを進める。



 影が短くなる頃、辛うじて支柱にぶら下がる案内板で、鉄鋼公園の近くまで来たことがわかった。

 案内板がなければ、ここがどこか全くわからない。

 街はすっかり変わってしまった。


 「最悪でも、土の地面なら、棒切れで線引いて【簡易結界】は敷ける」

 「じゃあ、公園に行く?」

 工員の言葉に、エプロンの青年が答えた。

 その言葉を待っていたのか、工員は力強く頷いた。

 「あぁ、これだけやられてりゃ、当分、空襲なんてなさそうだよなぁ」

 エプロンの青年と頷き合い、それぞれの妹を見る。女の子三人に反対の理由はなかった。



 誰も何も言わず、とぼとぼ鉄鋼公園へ向かった。

 昨日の午後、出発したばかりの場所に一晩掛けて戻ってしまった。

 「(ひで)ぇ……」

 年配のテロリストが声を上げる。ロークは呆れて中年男性を見た。


 ……自分たちのテロを棚に上げて、何言ってんだよ。


 だが、公園の様子にロークも同じ感想を漏らした。

 青年二人が自分たちの妹を抱き寄せ、視界を(さえぎ)る。

 ここも空襲を受け、酷い有様だ。

 軍用車の残骸と、性別もわからぬ程焼け焦げた遺体が、グラウンドに散らばる。

 遠目には、公園に黒いマネキンが放置されたように見えた。炭化した遺体は魔物も食わないのか、断末魔の苦悶を留める。


 「市民病院に行ってみましょう。中庭は土の地面でしたよ」

 薬師(くすし)が公園に背を向けると、他も黙ってついて行く。



 誰も建物には期待しなかった。

 中央市民病院もやはり破壊し尽くされ、煤に(まみ)れた瓦礫がまだ煙を(くす)らせる。

 生きて動く人の姿はない。

 植込みの木々や花壇も無残に焼け(ただ)れ、見る影もなかった。

 隣の警察署も同様だ。


 「ここは、放棄された後で空襲を受けたようだな」

 テロリストの隊長が、焼け跡を回って戻って来た。

 少年兵がみんなの疑問を代弁する。

 「なんでっスか?」

 「死体がない。我々の作戦による死者は、葬儀屋が灰にするのを見ただろう」

 少年兵は頷いて周囲を見回した。


 焼け落ちた廃墟には、人影はおろか、雑妖も居ない。

 見渡す限り破壊の限りを尽くされ、原形を留めた人工物は何ひとつなかった。

 二月の冷たい風が吹き抜け、灰を吹き上げて散らす。


 ロークはひとつ溜め息を()いて提案した。

 「運河沿いに戻って、さっきの続きをしませんか?」

 「そうだな。住民が避難済みなら、民家の跡地で身を寄せ合えば、少しはマシかもしれん」

 「死体がないなら大丈夫だろ。ここは寒くてかなわん」

 隊長の言葉を受け、年配のテロリストが肩をさすりながら言った。



 少し歩くと、丁度よさそうな商店の跡地が見つかった。

 店舗奥の壁が少し残り、ざっと見たところ雑妖なども居ないようだ。

 「俺、掃除しますんで、薬師(くすし)さん、また、魚、お願いできますか?」

 「えーっと……十人分、ですね」

 運河へ向かう薬師と工員に小学生の女の子もついて行った。少しでも兄と離れるのが不安なのだろう。


 ロークは、これから休息する場所をじっくり見た。

 直角に残った壁は大人の身長くらいの高さで、幅はロークが両手を広げるよりも(わず)かに広い。

 店の隅に商品はなく、瓦礫の隙間から金属製の棚の残骸が(のぞ)く。倉庫だったのかもしれない。


 ここが店だと思ったのは、前の道路に真っ黒になった看板らしき物が落ちているからだ。

 ロークは瓦礫を踏み越え、店の隅に足を踏み入れた。

 人頭大の瓦礫を手に取り、車道に近い所へ移動する。

 それを見たエプロン姿の青年と妹たちが、手近の瓦礫を持ち上げる。テロリストたちも自主的に手伝ってくれた。


 残った壁の横に瓦礫を積み上げ、休息場所を囲む。高さは腰くらいまでにして、全員が身体を伸ばして横になれるように空間を作る。


 三人が戻る頃には、直角の壁でГ字型に挟まれた床から、手で拾える大きさの瓦礫は、ほぼ()けられた。

 床のコンクリートが(あら)わになる。人数に対して狭い気はするが、仕方がない。


 工員が【操水】の術で、床に積もった灰や砂塵を洗い流した。

 「レノ、(かまど)っぽいの作ってくれないか? 術用の奴」

 「いいよ」

 レノと呼ばれたエプロン姿の青年が、気楽な声で応じる。


 ロークは、コンクリートの床に荷物を置いて聞いた。

 「どうするんですか?」

 「寝るとこからはちょっと離して、円形に組むんだ。この辺かな?」

 レノは、先に片付けた場所から十歩離れて、手頃な瓦礫を手に取った。ロークと妹たち、テロリストがそれに(なら)い、調理の為に手早く場所を空ける。


 レノが瓦礫を円形に積むと、工員は即席の(かまど)とその周辺も洗い流した。

 水が生物のように這い回り、埃と灰、煤をその身に取り込んでアスファルトのような色に染まる。

 それだけでかなり消耗したらしい。

 工員は、汚水を道路に捨てると肩で息をした。小さな妹が、心配そうに兄を見上げる。


 工員は、妹を安心させるように頭を撫でて笑顔を見せた。

 「もうすぐ休憩だから、大丈夫だ」


 風は冷たいが、天気がよく、日当たりがいいのは幸いだ。

 だが、この乾燥した空気のせいで被害が大きくなったことを思うと、ロークは複雑な気持ちになった。

☆薬師さん、また、魚……「0045.美味しい焼魚」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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