712.引き離される
「あ、やっぱこっち跳んだんだ。これ、落とし物」
「おう、すまねぇな」
DJレーフの声に葬儀屋アゴーニが軽い調子で応じた。他に気配はない。FMクレーヴェルのDJは、一人で【跳躍】してきたのだ。
……隊長たち、どうしたんだよ? 見捨てやがったのか?
顔を上げ、DJレーフを睨みつける。DJは、段ボールの看板二枚を草の上に放り出して溜め息を吐いた。
「あのさ、こう言うわかりやすい証拠の品、現場におっことさないでくれる? 政府軍に拾われたら、俺らみんな速攻で破滅すんの、わかってる?」
モーフは答えずに睨み上げたが、DJレーフは構わずに続けた。
「政府軍が【鵠しき燭台】を使えば、何もかもバレちまう。貼り紙は信用できる店にしか渡してないし、今日の放送が終わったら焼き捨ててくれって頼んである。ネミュス解放軍に取られたらヤバいからって言ってな」
……嘘吐き野郎。
DJレーフはモーフの傍らにしゃがんで香草を摘んだ。指先で揉み潰し、モーフの鼻の下になすりつける。スースーして堪らず、起き上がって顔をこすった。
「トラックは無事に現場を離脱して、ここよりずっと東の休憩所で様子を見ることになってる」
「ちゃんと見届けたのかよ?」
安全な場所まで行ったにしては早過ぎる。
「食糧を取りに来たんだ」
「坊主がもうちっと落ち着くまで待っててくんねぇか?」
「ん? まぁ、昼ごはん持ってってるし、二人が行かないんなら、その分、晩に回せるし、いいけど。そっちこそ大丈夫なのか?」
DJレーフが、少年兵モーフを差し置いて葬儀屋アゴーニに聞いた。
「一晩頭冷やしゃ何とかなるだろ。すまねぇな」
……何、勝手に謝ってんだよ。
「いいよいいよ。無理言ったのこっちだし。じゃ、明日の朝の分だけ持ってくよ」
DJレーフはリュックに缶詰と堅パンを詰めて【跳躍】した。
「あいつ、ここじゃねぇ休憩所って知ってんのか?」
「そりゃ知ってんだろ。元々あっちの方から来たんだからな」
葬儀屋アゴーニは、少年兵モーフの返事も待たずに草が生い茂った休憩所からウーガリ古道に出る。
「さ、坊主、今夜の薪、集めんぞ」
逆らってもどうにもならないと思い知らされ、少年兵モーフは黙って従った。
……それより今は「落ち着いた」ことにして早くあっちに連れて行かせなきゃな。
反抗を続ければ、明日になっても合流させてくれないに決まっている。
葬儀屋のおっさんは休憩所を出てどんどん西へ行く。
近くの落ち枝は拾い尽くした。だからと言って、術で守られたウーガリ古道を出て森に分け入れば、魔物や魔獣の餌食になり兼ねない。ワゴン車を止めた休憩所から離れてしまうが、ない物は仕方がなかった。
……そう言や、隊長があの魔獣にトドメ刺した剣って、クルィーロ兄ちゃんが持ってんだよな?
ピナたちが武器を持っていたのを思い出し、本当に気持ちが落ち着いてきた。
クルィーロとメドヴェージはあの剣を使っても、蛇みたいな小さい魔獣を相手に命からがら逃げるだけで精いっぱいだったと言っていた。だが、ソルニャーク隊長と薬師アウェッラーナは、牛みたいな大きい魔獣とまともに戦っていた。
あの剣の切れ味は、魔力が強ければ強い程よくなると言っていた。
……薬師のねーちゃんが魔力入れて……誰が戦うのがいいんだ?
工員クルィーロかレノ店長。
クルィーロは魔法使いだから、剣に魔力を補充しながら戦えるが、戦闘の訓練を受けたことがない。
レノ店長はパン生地を捏ねるから腕力はクルィーロより強いが、事あるごとにボコられていた。戦いのセンスは皆無だ。手榴弾の見分け方や拳銃の使い方などは少年兵モーフが仕込んだが、手に入らなければどうにもならない。
クルィーロの父も一緒らしいが、モーフは会ったことがなく、戦力になるかどうかわからない。
……拠点で格闘術とかも教えときゃよかった。
ついさっき、葬儀屋のおっさんにあっさり負けたのを思い出し、少年兵モーフは悔しさと情けなさに歯ぎしりした。
「……なぁ、おっさん」
「ん? 何だ、坊主?」
「何でそんな強ぇんだよ?」
……どんくさい魔法使いだと思ってたのに。
自称五百年以上生きている湖の民は、振り向かずに答えた。
「葬儀屋だからな」
「だから、何でだよ?」
アゴーニは足を止め、石畳に落ちていた枯れ枝を拾い始める。少年兵モーフが苛立って質問を繰り返すと、手を止めずに聞き返した。
「知ってどうすんだ?」
「強くなりてぇんだ」
「弟子はとってねぇ。……葬儀屋だからな」
葬儀屋アゴーニが、石柱に絡む蔓草を引き抜いて薪の束を縛る。
何もしないのはマズいと気付き、モーフも古道の反対側の端で落ち枝を拾い始めた。手早く一束作って聞く。
「何で葬儀屋だったらそんな強ぇんだよ」
「遺体に魔物が憑いたり、遺体から魔物が涌いたりする前に処理せにゃならん」
「それで何で……」
「間に合わなきゃ、そいつらから身を守らにゃならん。【急降下する鷲】やら何やらの戦う術は魔力の練り方が違うから、弱いのをちっとしか使えんが……」
さっき魔法で攻撃されていたら……と今更、肝が冷えたが、モーフはおっさんの方を見ないで薪を拾いながら、同じ問いを重ねた。
魔物や魔獣にあんな格闘術が通用するとは思えない。
……ありゃ人間用じゃねぇか。
葬儀屋のおっさんもモーフの視界の端で薪を拾いながら答える。
「半世紀の内乱中は【魔道士の涙】を他の奴らから守って遺族に渡さにゃならんかったからな。一家全滅でも、戦いに使われねぇように神殿に預けたり……」
「あっ……」
二人はそれっきり何も言わず、薪の束をふたつずつ作って休憩所に戻った。
いつの間にか日が高くなっている。
アゴーニが術で薪に火を点けた。二人きりで堅パンを齧り、スープの缶詰を分けあう。
「運び屋の姐ちゃんが、薬師の嬢ちゃんにイザとなったら王都かここへ来いっつってくれたらしいからな。今はジタバタしねぇでどっしり構えて待て」
「でも……」
「あの子らだって全く無力ってワケじゃねぇ。魔法使いが二人も居るし、パン屋の嬢ちゃんはしっかり者だ」
「でも……」
ピナは力なき民の女の子だ。
戦いの訓練は何ひとつ受けていない。
運河では気丈に振る舞って負傷者の手当てを手伝っていたが、身を守る力は持っていないのだ。
「信じてやれよ。生き延びて必ず会えるってな」
葬儀屋の無責任な物言いに腹が立ったが、モーフにはピナを助けるどころか、ここから首都クレーヴェルまで無事に辿り着くことさえできない。
悔しさと共に堅パンを噛みしめた。
☆放送が終わったら焼き捨ててくれって頼んである……「710.西地区の轟音」参照
☆蛇みたいな小さい魔獣を相手に命からがら逃げるだけで精いっぱいだった……「444.森に舞う魔獣」「447.元騎士の身体」参照
☆牛みたいな大きい魔獣とまともに戦っていた……「478.戦うしかない」「479.千年茸の価値」参照
☆事あるごとにボコられて……「083.敵となるもの」~「085.女を巡る争い」、「470.食堂での争い」~「472.居られぬ場所」参照
☆手榴弾の見分け方や拳銃の使い方などは少年兵モーフが仕込んだ……「368.装備の仕分け」「388.銃火器の講習」参照
☆運河では気丈に振る舞って負傷者の手当てを手伝っていた……「061.仲間内の縛鎖」「062.輪の外の視線」参照
☆身を守る力は持っていない……「470.食堂での争い」~「472.居られぬ場所」参照




