708.臨時ニュース
「こちらはFMクレーヴェルです」
選局ダイヤルは確かにFMクレーヴェルを指しているが、流れてきたのは聞き覚えのある声だ。
「こちらはFMクレーヴェルです。臨時スタジオから、私、国営放送アナウンサーのジョールチが、臨時ニュースをお伝えします」
……国営放送の本局も、解放軍に乗っ取られちゃったからか。アナウンサーの人も大変だよな。
レノは聞き慣れたニュースの声に同情した。
クルィーロも、スープを食べる手を止めてラジオに耳を傾ける。
「こんな時間にニュース……」
朝の停戦時間中なのに何があったのか、と彼の父と曇った顔を見合わせた。妹たちも堅パンを齧りながらラジオに不安な目を向ける。
「先日、クレーヴェル北東地区の国道八号線で爆発がありました」
……噂はホントだったんだな。
クルィーロの父の同僚が目撃したらしいが、レノにとっては見ず知らずの会社員が語った噂の域を出ず、国の公式発表とは信憑性が比べ物にならない。
「キルクルス教原理主義団体“星の標”ラニスタ本部がインターネットで犯行声明を発表しました。インターネットは科学文明国の先端通信技術です。両輪の国でも導入するところが増えていますが、我が国にはインターネットの設備がありません」
「どうやって知ったの?」
「しーッ」
ティスが首を傾げると、ピナが人差し指を立てて黙らせた。みんな朝食どころではなく、社宅の狭い台所で時が止まったように息を詰めて耳を澄ます。
「巡礼者向けにインターネットの設備があるラクリマリス王国で、フラクシヌス教団の関係筋から入手した情報によりますと、キルクルス教原理主義団体“星の標”がインターネット上で、首都クレーヴェルの爆発事件について、犯行声明を発表しました」
聞き逃した人の為に同じことを繰り返す。
国営放送のアナウンサーは、いつものニュースと同じ調子で続けた。
「先日、朝の停戦時間帯に首都クレーヴェル北東地区の国道八号線で、“星の標”の自爆テロがありました。渋滞の車列で爆弾と多数の釘を積んだ乗用車が爆発、周辺の車輌や通行人が多数巻き込まれ、付近の建物も窓ガラスが割れるなどの被害が発生しました」
「そんな大きい爆発だったのか……」
クルィーロの父が呟く。
「クレーヴェルの警察関係者の話によりますと、死者七十八名、負傷者は軽傷も含め二百十九名に上り、死者には自爆テロの実行犯一名も含まれています」
ティスが怯えた目でレノを見上げる。
レノは妹を抱き寄せてニュースに聞き入った。
「車輌の裏側に取り付けられた爆弾で、道路にも大きな穴が開き、クレーヴェル北東地区の国道八号線は、現在も車輌の通行止めが続いています。復旧の目途は立っていません」
「ま、まぁ、あっちには行かないから……」
クルィーロが引き攣った顔で言い、スープを一口啜ろうとしたが、手が震えてスプーンからこぼれてしまう。
「“星の標”本部の犯行声明によりますと、自爆テロ実行犯以外にも“星の標”団員が首都クレーヴェルに潜伏している模様です。現在、政府軍と警察が連携して捜査にあたっています」
……えっ? これって、余計に都民の疑心暗鬼を煽るんじゃあ……?
レノは不安になったが、発表されてしまったものはどうしようもない。
「都民の皆さんは、不要不急の外出を控え、戸締りをしっかりして建物の防禦を固めて下さい。力なき民の方は、道路に面した窓を家具や段ボールなどで塞いで、ガラスが飛び散らないよう、できる限り対策して下さい」
力なき陸の民にできる対策は限られている。
それよりも、キルクルス教徒だと疑われ、湖の民や力ある陸の民からリンチされることの方が怖い。この状況では、政府軍と警察の捜査もどんなものになるか、知れたものではなかった。
「外出の際は、なるべく車道から離れて歩き、車の中では毛布などを被って伏せるなど、被害を減らす対策をお願いします」
「魔法のリボンがあるから、大丈夫よね?」
アマナが髪に結んだ【耐衝撃】の【護りのリボン】を指でいじる。黄土色のリボンはアマナの金髪によく馴染んでいた。作用力を補う【魔力の水晶】を握ったところで、どの程度の効果があるか確めたことはない。
クルィーロが苦笑した。
「ないよりゃマシだろうけどさ……」
「私のコートやクルィーロさんのマントは、軍服や魔装兵の魔獣駆除業者の【鎧】よりもずっと弱いので……」
薬師アウェッラーナが俯いてスープ皿の中身をかき混ぜる。
「次のニュースです。この程、ラクリマリス王国や、アミトスチグマに逃れたネモラリス人の戦争難民を対象に、大規模なアンケート調査が行われました」
国営放送のアナウンサーが、声の調子をやや明るくして告げる。
「実施したのは難民支援のボランティア団体です。集計が終わり次第、結果を各国政府と国連、フラクシヌス教団、マスコミや他のボランティア団体などに提供し、難民支援の拡充を目指すそうです」
団体名など詳しい話はせず、もう一度、首都クレーヴェルで発生した“星の標”の自爆テロ事件の概要を報じる。
……大事なことだから二回言ったのか。
そして、国内に留まらず、隣国へ逃れた方がいい、と遠回しに促しているのだろう。
レノたちはついこの間、ラクリマリス王国から帰国したばかりだ。
帰還難民センターの身元確認で、避難途中ではぐれた家族の安否はわかったが、母がどこに居るかわからない。少なくとも、ネモラリス島に居ないことだけははっきりしている。
情報は、それだけしか得られなかった。
また国外へ逃れたら、今度はいつ戻れるか想像もつかない。母がアミトスチグマの難民キャンプに居る可能性はあるが、ネーニア島のどこかに居る可能性も捨てきれなかった。
……解放軍が居るの首都だけっぽいし、他所の街に行くだけでいいんじゃないか?
クーデターさえなければ、ネーニア島へ母を探しに行けたのに、と苛立ちが募る。
「臨時政府が樹立されたレーチカ市には、多数の都民が避難しています。避難所として、公民館や体育館、神殿の集会所などが開放されましたが、既に定員超過です。宿泊施設も全て満室、無料の駐車場や公園などで車中泊する人も居り、西のギアツィントやウーガリ山脈北側の都市へ移動する人も出始めました」
「仮設住宅は、ネーニア島の空襲で避難してきた人たちで満員だし、それも用地が足りないらしいからな」
クルィーロの父が溜め息を吐いた。スープの残りを見詰めてじっとニュースに聞き入る。
「政府軍とネミュス解放軍の戦闘、“星の標”のテロなどによって、現在、首都クレーヴェルには車輌の通行ができない道路と門が多数ありますが、徒歩での通行は可能です。防壁の外へ出れば【跳躍】が可能です。ひとつの門に固まらず、なるべく分散して避難して下さい」
臨時放送のアナウンサーは、どの門と道が通れるのか言わなかった。崩落の恐れがあるので攻撃を受けた建物の傍を通らないように、と注意を付け足しただけだ。
集中を避ける為か、情報がないのか。
門を指定すれば、そこを“星の標”が狙うからか。
自前の車を持たないレノたちは、自分の足で歩いてゆく以外になかった。
☆帰還難民センターの身元確認……「596.安否を確める」「597.父母の安否は」参照
☆母がどこに居るかわからない……「623.水鏡への問い」参照




