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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十七章 混迷

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708.臨時ニュース

 「こちらはFMクレーヴェルです」

 選局ダイヤルは確かにFMクレーヴェルを指しているが、流れてきたのは聞き覚えのある声だ。


 「こちらはFMクレーヴェルです。臨時スタジオから、私、国営放送アナウンサーのジョールチが、臨時ニュースをお伝えします」


 ……国営放送の本局も、解放軍に乗っ取られちゃったからか。アナウンサーの人も大変だよな。


 レノは聞き慣れたニュースの声に同情した。

 クルィーロも、スープを食べる手を止めてラジオに耳を傾ける。

 「こんな時間にニュース……」

 朝の停戦時間中なのに何があったのか、と彼の父と曇った顔を見合わせた。妹たちも堅パンを齧りながらラジオに不安な目を向ける。


 「先日、クレーヴェル北東地区の国道八号線で爆発がありました」


 ……噂はホントだったんだな。


 クルィーロの父の同僚が目撃したらしいが、レノにとっては見ず知らずの会社員が語った噂の域を出ず、国の公式発表とは信憑性が比べ物にならない。


 「キルクルス教原理主義団体“星の(しるべ)”ラニスタ本部がインターネットで犯行声明を発表しました。インターネットは科学文明国の先端通信技術です。両輪の国でも導入するところが増えていますが、我が国にはインターネットの設備がありません」


 「どうやって知ったの?」

 「しーッ」

 ティスが首を傾げると、ピナが人差し指を立てて黙らせた。みんな朝食どころではなく、社宅の狭い台所で時が止まったように息を詰めて耳を澄ます。


 「巡礼者向けにインターネットの設備があるラクリマリス王国で、フラクシヌス教団の関係筋から入手した情報によりますと、キルクルス教原理主義団体“星の(しるべ)”がインターネット上で、首都クレーヴェルの爆発事件について、犯行声明を発表しました」


 聞き逃した人の為に同じことを繰り返す。

 国営放送のアナウンサーは、いつものニュースと同じ調子で続けた。


 「先日、朝の停戦時間帯に首都クレーヴェル北東地区の国道八号線で、“星の標”の自爆テロがありました。渋滞の車列で爆弾と多数の釘を積んだ乗用車が爆発、周辺の車輌や通行人が多数巻き込まれ、付近の建物も窓ガラスが割れるなどの被害が発生しました」


 「そんな大きい爆発だったのか……」

 クルィーロの父が呟く。


 「クレーヴェルの警察関係者の話によりますと、死者七十八名、負傷者は軽傷も含め二百十九名に上り、死者には自爆テロの実行犯一名も含まれています」


 ティスが怯えた目でレノを見上げる。

 レノは妹を抱き寄せてニュースに聞き入った。


 「車輌の裏側に取り付けられた爆弾で、道路にも大きな穴が開き、クレーヴェル北東地区の国道八号線は、現在も車輌の通行止めが続いています。復旧の目途は立っていません」


 「ま、まぁ、あっちには行かないから……」

 クルィーロが引き攣った顔で言い、スープを一口啜ろうとしたが、手が震えてスプーンからこぼれてしまう。


 「“星の(しるべ)”本部の犯行声明によりますと、自爆テロ実行犯以外にも“星の標”団員が首都クレーヴェルに潜伏している模様です。現在、政府軍と警察が連携して捜査にあたっています」


 ……えっ? これって、余計に都民の疑心暗鬼を煽るんじゃあ……?


 レノは不安になったが、発表されてしまったものはどうしようもない。


 「都民の皆さんは、不要不急の外出を控え、戸締りをしっかりして建物の防禦を固めて下さい。力なき民の方は、道路に面した窓を家具や段ボールなどで塞いで、ガラスが飛び散らないよう、できる限り対策して下さい」


 力なき陸の民にできる対策は限られている。

 それよりも、キルクルス教徒だと疑われ、湖の民や力ある陸の民からリンチされることの方が怖い。この状況では、政府軍と警察の捜査もどんなものになるか、知れたものではなかった。


 「外出の際は、なるべく車道から離れて歩き、車の中では毛布などを被って伏せるなど、被害を減らす対策をお願いします」


 「魔法のリボンがあるから、大丈夫よね?」

 アマナが髪に結んだ【耐衝撃】の【護りのリボン】を指でいじる。黄土色のリボンはアマナの金髪によく馴染んでいた。作用力を補う【魔力の水晶】を握ったところで、どの程度の効果があるか確めたことはない。

 クルィーロが苦笑した。

 「ないよりゃマシだろうけどさ……」

 「私のコートやクルィーロさんのマントは、軍服や魔装兵の魔獣駆除業者の【鎧】よりもずっと弱いので……」

 薬師(くすし)アウェッラーナが(うつむ)いてスープ皿の中身をかき混ぜる。



 「次のニュースです。この程、ラクリマリス王国や、アミトスチグマに逃れたネモラリス人の戦争難民を対象に、大規模なアンケート調査が行われました」


 国営放送のアナウンサーが、声の調子をやや明るくして告げる。


 「実施したのは難民支援のボランティア団体です。集計が終わり次第、結果を各国政府と国連、フラクシヌス教団、マスコミや他のボランティア団体などに提供し、難民支援の拡充を目指すそうです」


 団体名など詳しい話はせず、もう一度、首都クレーヴェルで発生した“星の(しるべ)”の自爆テロ事件の概要を報じる。


 ……大事なことだから二回言ったのか。


 そして、国内に留まらず、隣国へ逃れた方がいい、と遠回しに促しているのだろう。

 レノたちはついこの間、ラクリマリス王国から帰国したばかりだ。


 帰還難民センターの身元確認で、避難途中ではぐれた家族の安否はわかったが、母がどこに居るかわからない。少なくとも、ネモラリス島に居ないことだけははっきりしている。

 情報は、それだけしか得られなかった。

 また国外へ逃れたら、今度はいつ戻れるか想像もつかない。母がアミトスチグマの難民キャンプに居る可能性はあるが、ネーニア島のどこかに居る可能性も捨てきれなかった。


 ……解放軍が居るの首都だけっぽいし、他所の街に行くだけでいいんじゃないか?


 クーデターさえなければ、ネーニア島へ母を探しに行けたのに、と苛立ちが募る。


 「臨時政府が樹立されたレーチカ市には、多数の都民が避難しています。避難所として、公民館や体育館、神殿の集会所などが開放されましたが、既に定員超過です。宿泊施設も全て満室、無料の駐車場や公園などで車中泊する人も居り、西のギアツィントやウーガリ山脈北側の都市へ移動する人も出始めました」


 「仮設住宅は、ネーニア島の空襲で避難してきた人たちで満員だし、それも用地が足りないらしいからな」

 クルィーロの父が溜め息を()いた。スープの残りを見詰めてじっとニュースに聞き入る。


 「政府軍とネミュス解放軍の戦闘、“星の(しるべ)”のテロなどによって、現在、首都クレーヴェルには車輌の通行ができない道路と門が多数ありますが、徒歩での通行は可能です。防壁の外へ出れば【跳躍】が可能です。ひとつの門に固まらず、なるべく分散して避難して下さい」


 臨時放送のアナウンサーは、どの門と道が通れるのか言わなかった。崩落の恐れがあるので攻撃を受けた建物の傍を通らないように、と注意を付け足しただけだ。

 集中を避ける為か、情報がないのか。

 門を指定すれば、そこを“星の標”が狙うからか。


 自前の車を持たないレノたちは、自分の足で歩いてゆく以外になかった。

☆帰還難民センターの身元確認……「596.安否を確める」「597.父母の安否は」参照

☆母がどこに居るかわからない……「623.水鏡への問い」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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