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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十七章 混迷

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706.研究所の攻防

 視界の端で何かが動く。

 魔装兵ルベルは反射的に顔を向けた。


 人間の男性。湖の民で呪文がびっしり縫い込まれた服を着ている。首から提げた徽章(きしょう)は【急降下する(ワシ)】だ。一人で五十メートルばかり離れた薮の向こうを歩いてゆく。

 ルベルの【索敵】の目には彼がはっきり見えるが、地元の狩人らしき湖の民はこちらに気付かず、前を向いていた。武器らしきものは腰に吊るした山刀一丁で、抜かずにやや中腰で歩く。慎重な足取りは獲物をみつけたからか。


 ……遠いし、こっちに来なきゃ言わなくてもいいよな。


 祈り虚しく現れた狩人を見なかったことにして、行方を目だけで追う。

 「何かみつけたのか?」

 声を掛けられ、衛生兵セカーチに顔を向けた途端、【索敵】が切れる。何も知らない狩人を指して「敵襲」とは言えず、ルベルは誤魔化した。

 「話し掛けられたら、気が散って術が切れちゃうんだ」

 「あ、すまんすまん。こっちで何かみつけるまで黙ってるよ」

 「うん。ありがとう」


 気が散っているのは元からだ。さっきから余計なことばかり考えている。

 旗艦の哨戒任務では、話し掛けられても耳に入らず、肩を掴んで揺さぶられるまで呼ばれたことにも気付かなかった。


 「害意(がいい) 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹(はちくま)(まなこ) 敵を(のが)さぬ蜂角鷹(はちくま)(まなこ) (つまび)らかにせよ」


 ルベルはゆっくり呪文を唱え、狩人をみつけた辺りに【索敵】の目を向ける。

 彼はかなり先に進んでいた。【風の矢】や【光の矢】なら木立を避けて飛ばせる。下手に近付くより遠くから射た方がいい筈だと気付き、獲物が何なのか気になった。

 狩人の進行方向に【索敵】の視線を向ける。彼と似たような格好の湖の民だ。


 ……挟み撃ち?


 見落としたのかと思い、二人の間に視線を飛ばそうとした時、二人目の手で細い物がきらめいた。薮の向こうに焦点を合わせ、男の手の中に目を凝らす。


 ……糸?


 向かい合って歩く二人が合流した。先にみつけた狩人も糸巻を持っている。二人は同じ大木に糸を巻きつけ始めた。

 ルベルの心臓が跳ね上がる。


 ……囲まれた……ッ!


 「て……敵襲ッ! 【流星陣】だ!」

 「どこだッ? 完成したのか?」

 「まだだ。正面、距離、約五十ッ!」

 魔装兵ルベルの報告を衛生兵セカーチが【花の耳】に復唱する。


 「(もろもろ)の力を(つか)ね 光矧(ひかりは)ぎ 弓弦(ゆづる)を鳴らし 魔を(はら)え」


 ルベルは司令本部の命令を待たず、大木に【光の矢】を放った。狙いは銀の糸だ。幹が(えぐ)れ、幾重にも巻かれた銀糸が数本、風に漂ったが、全ては切れなかった。


 先にみつけた狩人がこちらを向く。もう一人が【流星陣】の術者らしく、幹に手を押し当てて詠唱を続けていた。


 ……あの時は狙わなくても切れたのに!


 狩人が山刀を抜いて向かって来る。ルベルは再び【光の矢】を唱えた。不可視の弓を引き絞る手の中で魔力が矢を成す。狙いは術者の手。光が尾を引き、木立を避けて音もなく飛ぶ。

 術者の前に人が現れ、【光の矢】が霧消した。民生品の【鎧】を纏い、旧王国時代の剣を手にした湖の民の男性だ。【跳躍】で次々と人が増え、こちらに向かって来る。

 

 殺意のないルベルの【光の矢】は【鎧】に守られた男に傷ひとつ与えられなかった。



 背後から草を蹴散らす音が近づく。

 「敵の術は完成したのか?」

 「恐らく……」

 シクールス隊長の声に振り向くこともできず、ルベルは剣を抜く。


 「天地(あめつち)の 間隔(あわいへだ)てる 風含む 仮初(かりそ)めの 不可視(みえず)の壁よ 触れるまで (たぎ)真水(さみず)に 姿似て ここに建つ壁」


 こちらは四人、向こうは新手も合わせて六人。扉に沿わせて【真水(さみず)の壁】を建て、数の不利を補う。

 大木の傍の薮がガラス板を押し当てられたようにひしゃげ、真上を飛んでいた鳥が壁に叩きつけられたような格好で落ちた。【流星陣】の術者も壁を建てたらしい。


 ……先に糸を切って【跳躍】?


 いや、無理だ。ルベルの錬度では五十メートル先の糸に【光の矢】を当てられない。仮にできたとしても、敵がこちらに【跳躍】を唱える猶予を与える筈がなかった。


 シクールス隊長が容赦なく【光の槍】を撃ち込む。向こうも同じ術を放ったが、【真水(さみず)の壁】に(はば)まれ、衛生兵セカーチは無事だ。

 青く色を変えた壁は後何発、持ち(こた)えられるだろう。

 ルベルとアシューグ先輩も【光の矢】で応戦するが、相手の【鎧】はかなり強力なのか、大した傷を与えられない。



 セカーチが門扉を半分閉めた瞬間、【真水(さみず)の壁】が五発目の【光の槍】で消えた。


 「接敵せよ!」

 シクールス隊長の号令で、四人は相手を定めて突進した。剣で斬り合いながら術を使える程の手練(てだれ)はそうそう居ない。乱戦になれば、残る二人も遠隔射撃が難しくなる。


 ルベルは最初にみつけた狩人風の男に斬りつけた。山刀で受け流され、体勢を崩す。身体があったところを光の塊が通り、若木が弾け飛んだ。仲間を巻き添えにしても気にしないのか、狙撃に自信があるのか。

 魔装兵ルベルは【索敵】が失効した目で狙いを定めた。湖の民の靴に剣を振るい、林床を転がって距離を取る。

 案の定、靴本体には防禦が掛かっていたが、紐は無防備だった。靴紐が切れた軍靴が緩み、狩人の踏み込みが甘くなる。

 ルベルは剣に意識を集中し、魔力を送り込んだ。突きを(かわ)し様、剣を持つ手首目掛けて振り抜く。手袋の刺繍を断ち、刃が肉に達した。


 ……人を斬るなんて……!


 背中に激しい衝撃を受け、幹に叩きつけられた。

 地に落ちた瞬間、咳込んだが、激痛に息が止まる。それでも咳は止まらない。口許へやった手に血飛沫がこびり付く。狩人が獣のような咆哮を上げ、咳込む魔装兵に斬り掛かる。


 ……浅かったか。


 諦めて目を閉じる。立て続けに三度咳込んだが、敵の刃は届かなかった。


 「剣を拾えッ!」

 シクールス隊長の声に瞼を上げる。狩人は薮に引っ掛かって動かず、山刀とルベルの剣が落ちていた。隊長はそれ以上ルベルに構わず、【光の槍】を唱える湖の民に石を投げて駆け寄る。

 息をするだけで激痛が走るが、咳を(こら)えて剣を拾い、幹を背に立ち上がった。呪文は唱えられそうもない。剣と民生品の【鎧】だけが頼りだ。


 隊長の剣が躊躇なく敵の腕を斬り飛ばし、【光の槍】があらぬ方へ飛び去った。殺気も魔力もルベルとは桁違いだ。

 ルベルは胸を押さえ、ゆっくり見回した。

 湖の民の喉を斬り裂いたアシューグ先輩は【鎧】の手足が所々裂け、血に濡れている。見える範囲にセカーチの姿はないが、甲高い金属音が森に響いていた。

 姿勢を変えるどころか、息をするのも苦しい。


 ……こんなところで死にたくない。


 生き残れば、セカーチが癒してくれる。

 戦えない今、何ができるのか。


 魔装兵ルベルは剣を地に突き立て、幹から背を離した。左手で口を押さえ、錆び臭い息と共に咳を飲み下す。

 残る湖の民は三人とも戦いに気を取られている。

 魔装兵ルベルは剣を支えに一歩ずつ、あの大木へ足を進める。


 銀糸を切らなければ、誰もここを出られない。


 ほんの数十メートルが、今のルベルには途轍もなく遠かった。

☆旗艦の哨戒任務では、話し掛けられても耳に入らず……「274.失われた兵器」参照

☆【流星陣】……「607.魔哮砲を包囲」参照

☆あの時は狙わなくても切れた……「609.膨らむ四眼狼」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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