表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十七章 混迷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

719/3505

702.異国での再会

 諜報員ラゾールニクに案内されたのは、広い前庭を備えた民家だった。

 アミトスチグマの夏の都は、なだらかな丘の街で、ここはその中腹辺りだ。ひっそり佇む住宅街は、同じ白い街並でも、商店で賑う門前の地区とは別世界に見える。


 「ここんちは、俺たちの活動に協力してくれてる一般の人。部屋貸してくれて、ごはんも食べさせてくれてるんだ」

 「一般の方が……」

 見ず知らずの外国人にそこまでしてくれるのか、と呪医セプテントリオーは驚きと感謝で言葉が続かなかった。

 「湖の民で、ちょっとしたお金持ちの人。貿易関係のお仕事だから、早いとこ平和になればこの人も助かるし、お互い様だよ」

 「そうなんですか」

 サロートカが手入れの行き届いた庭を見て頷いた。

 「アミトスチグマには他にも大勢、協力者が居て、みんなそれぞれ、自分たちにできることで力を貸してくれてるよ」

 「じゃあ、俺たちができること、いっぱい頑張らなきゃ」

 ファーキルがタブレット端末を持つ手に力を籠めた。



 「こんにちはー」

 「お待ちしておりました。主は留守ですが、ラクエウス先生に取り次ぐよう仰せつかっております」

 ラゾールニクが玄関先で声を掛けると、使用人らしき年配の男性が出てきた。訪問を承知されていた四人は奥に通される。


 「ラクエウス議員はずっとここで匿われていたのですか?」

 「んー……ネモラリス島内でしばらく匿われてたらしいよ。気になる?」

 呪医セプテントリオーはラゾールニクに聞き返されて返事に詰まった。


 リストヴァー自治区在住で、キルクルス教徒だと公言するラクエウス議員が、魔法文明寄りの両輪の国へ亡命したこと自体が意外だ。

 この家の主は、彼がキルクルス教徒だと承知の上で保護したのだろうか。

 使用人の前でそれを口にすることを躊躇っていると、ラゾールニクは質問を流した。


 「他に、両輪の軸党のアサコール党首も居るし、ネモラリス建設業組合やリャビーナ市民楽団、アーテルのアイドルだったコたちも出入りしてるよ」

 「“(またた)く星っ()”ですよね?」

 ファーキルが複雑な顔をすると、ラゾールニクは少年を肩越しに振り向いて言った。

 「今は“平和の花束”だよ」



 使用人がノックして来客を告げる。すぐに(いら)えがあり、招じ入れられた。

 真っ白な室内に作業用の机といすが並び、十人の男女が紙束を仕分けしている。ラクエウス議員以外は、全く知らない顔ばかりだ。


 「こんにちは」

 「ラクエウス先生とアミエーラさんに手紙を届けてくれた人と、集計係の人です」

 ラゾールニクが雑に紹介すると、人々は手を止めて口々に(ねぎら)いの言葉を掛けた。

 「ふむ。では、少し席を外すので、よろしく頼むよ」

 老人が声を掛け、廊下に出てきた。


 ファーキルが荷物を下ろし、【無尽袋】を取り出す。セプテントリオーも思い出し、預かって来た鞄を下ろした。

 「これ、グロム市のアンケート結果です」

 「こちらはプラーム市の分です」

 数が少ないので【無尽袋】には入れなかったが、手で持つにはやや重い。呪医セプテントリオーは荷物から解放された肩をさすった。手前の席の者が紙束を引き取る。



 「お久し振りです。まさか、呪医(せんせい)が姉の手紙を届けて下さるとは思いもよりませんでしたよ。ありがとうございます」

 「私も、まさか自治区に招き入れられるとは思わなかったので、驚きました」

 話しながら、ラクエウス議員について行く。


 「招き入れられた……? どう言うことですかな?」

 「私はゼルノー市の様子を見に行った後、ゾーラタ区からクブルム山脈に入って、ノージ市へ抜けようとしていたのです」

 「徒歩でかね?」

 「知らない場所には術で行けないのですよ。半世紀の内乱が終わってから、今のラクリマリス領には行かなかったので、すっかり様子が変わっているでしょう」

 「ふむ……それで、何故、自治区へ降りたのですか?」

 ラクエウス議員は仕立屋の店長とそう変わらない老人だが、杖をつかず、しっかりした足取りで純白の廊下を歩いてゆく。


 「クブルム街道で薪拾いの人たちと出会って、怪我人を治して欲しいと頼まれたのです」

 「なんと……! 引き受けて下さったのですか」

 「えぇ。大火の後どうなったのか、情報や古新聞と引き換えに」

 「それで自治区へ……」

 ラクエウス議員は、湖の民が自治区へ侵入したことを(とが)めるどころか、その眼差しには感謝が見えた。


 「いえ、怪我人を街道に運んでもらったのですが、人数が多くて癒し終える頃には日が暮れてしまいました。それで、仕立屋の店長さんが、是非、泊まって欲しい……と」

 「何と申し上げてよいやら……お礼の言葉がみつかりません」

 立ち止まって深々と頭を下げた老議員を促し、どこへ向かっているのか聞くと、縫製に使わせてもらっている部屋だと言う。



 程なく、老議員は木製の扉の前で足を止めてノックしてた。

 「アミエーラさん、ちょっといいかね?」

 「はい、どうぞ」

 中から開かれ、出てきたアミエーラが目を丸くした。

 「呪医(せんせい)! ファーキルさんも……!」

 「おや、知り合いだったのかね?」

 「……えぇ、あの、ここに来る前、しばらく一緒に居たんで……ファーキルさん、親戚と会えなかったんですか?」

 少年は否定も肯定もせず、きっぱり言った。

 「俺、平和を実現する為に働くって決めたんです」



 針子のアミエーラは数呼吸分、少年の瞳を見詰めていたが、頷いて五人を部屋に入れた。散らかっててすみません、と急いで机上に広げた布や型紙を端に寄せる。

 腰を下ろしたところへ、使用人がお茶を持って現れ、静かに出て行った。

 呪医セプテントリオーが先程の件を繰り返し、仕立屋の店長からリストヴァー自治区の詳しい状況を聞いたこと、手紙を(ことづか)ったことを話す。


 アミエーラはお茶に手を付けず、何度も頷きながら耳を傾け、目を潤ませた。

 「よかった……店長さん、お元気なんですね。お手紙は読みましたけど、お話を聞けてよかったです。ありがとうございます」

 「成り行きで引き受けただけですから……紹介が遅れてすみません。こちらはアミエーラさんの後任の方です」

 呪医セプテントリオーが隣のサロートカを掌で示すと、針子見習いの少女は背筋を伸ばして名乗った。

 「サロートカって言います。つい最近、雇われて見習いになったばっかりで、まだ全然あれなんですけど……」

 「私も最初はそうだったから……でも、どうして自治区から出てきたの?」


 仕立屋の店長が手紙に書かなかったのか、本人の口から確かめたいのか。久し振りに会った針子のアミエーラは、後輩にまっすぐな視線を注ぐ。

 サロートカが呪医と先輩を交互に見て、荷物から仕立屋の聖典を取り出した。

☆ゼルノー市の様子を見に行った……「526.この程度の絆」~「530.隔てる高い壁」参照

☆ゾーラタ区からクブルム山脈に入って……「537.ゾーラタ区民」「538.クブルム街道」参照

☆クブルム街道で薪拾いの人たちと出会って、怪我人を治して欲しいと頼まれた……「550.山道の出会い」~「552.古新聞を乞う」参照

☆怪我人を街道に運んでもらった……「553.旧街道の行列」「554.信仰への疑問」参照

☆人数が多くて癒し終えた時には日が暮れてしまいました……「556.治療を終えて」参照

☆仕立屋の店長さんが、是非、泊まって行って欲しい、と……「557.仕立屋の客人」参照

☆ここに来る前、しばらく一緒に居た……ファーキルは「198.親切な人たち」以降、セプテントリオーとアミエーラの出会いは「194.研究所で再会」、共に過ごした日々「316.隠された建物」以降参照

☆ファーキルさん、親戚と会えなかったんですか?……「198.親切な人たち」「545.確認と信用と」参照

☆仕立屋の店長からリストヴァー自治区の詳しい状況を聞いた……「558.自治区での朝」~「562.遠回りな連絡」参照

☆仕立屋の聖典……「559.自治区の秘密」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ