702.異国での再会
諜報員ラゾールニクに案内されたのは、広い前庭を備えた民家だった。
アミトスチグマの夏の都は、なだらかな丘の街で、ここはその中腹辺りだ。ひっそり佇む住宅街は、同じ白い街並でも、商店で賑う門前の地区とは別世界に見える。
「ここんちは、俺たちの活動に協力してくれてる一般の人。部屋貸してくれて、ごはんも食べさせてくれてるんだ」
「一般の方が……」
見ず知らずの外国人にそこまでしてくれるのか、と呪医セプテントリオーは驚きと感謝で言葉が続かなかった。
「湖の民で、ちょっとしたお金持ちの人。貿易関係のお仕事だから、早いとこ平和になればこの人も助かるし、お互い様だよ」
「そうなんですか」
サロートカが手入れの行き届いた庭を見て頷いた。
「アミトスチグマには他にも大勢、協力者が居て、みんなそれぞれ、自分たちにできることで力を貸してくれてるよ」
「じゃあ、俺たちができること、いっぱい頑張らなきゃ」
ファーキルがタブレット端末を持つ手に力を籠めた。
「こんにちはー」
「お待ちしておりました。主は留守ですが、ラクエウス先生に取り次ぐよう仰せつかっております」
ラゾールニクが玄関先で声を掛けると、使用人らしき年配の男性が出てきた。訪問を承知されていた四人は奥に通される。
「ラクエウス議員はずっとここで匿われていたのですか?」
「んー……ネモラリス島内でしばらく匿われてたらしいよ。気になる?」
呪医セプテントリオーはラゾールニクに聞き返されて返事に詰まった。
リストヴァー自治区在住で、キルクルス教徒だと公言するラクエウス議員が、魔法文明寄りの両輪の国へ亡命したこと自体が意外だ。
この家の主は、彼がキルクルス教徒だと承知の上で保護したのだろうか。
使用人の前でそれを口にすることを躊躇っていると、ラゾールニクは質問を流した。
「他に、両輪の軸党のアサコール党首も居るし、ネモラリス建設業組合やリャビーナ市民楽団、アーテルのアイドルだったコたちも出入りしてるよ」
「“瞬く星っ娘”ですよね?」
ファーキルが複雑な顔をすると、ラゾールニクは少年を肩越しに振り向いて言った。
「今は“平和の花束”だよ」
使用人がノックして来客を告げる。すぐに応えがあり、招じ入れられた。
真っ白な室内に作業用の机といすが並び、十人の男女が紙束を仕分けしている。ラクエウス議員以外は、全く知らない顔ばかりだ。
「こんにちは」
「ラクエウス先生とアミエーラさんに手紙を届けてくれた人と、集計係の人です」
ラゾールニクが雑に紹介すると、人々は手を止めて口々に労いの言葉を掛けた。
「ふむ。では、少し席を外すので、よろしく頼むよ」
老人が声を掛け、廊下に出てきた。
ファーキルが荷物を下ろし、【無尽袋】を取り出す。セプテントリオーも思い出し、預かって来た鞄を下ろした。
「これ、グロム市のアンケート結果です」
「こちらはプラーム市の分です」
数が少ないので【無尽袋】には入れなかったが、手で持つにはやや重い。呪医セプテントリオーは荷物から解放された肩をさすった。手前の席の者が紙束を引き取る。
「お久し振りです。まさか、呪医が姉の手紙を届けて下さるとは思いもよりませんでしたよ。ありがとうございます」
「私も、まさか自治区に招き入れられるとは思わなかったので、驚きました」
話しながら、ラクエウス議員について行く。
「招き入れられた……? どう言うことですかな?」
「私はゼルノー市の様子を見に行った後、ゾーラタ区からクブルム山脈に入って、ノージ市へ抜けようとしていたのです」
「徒歩でかね?」
「知らない場所には術で行けないのですよ。半世紀の内乱が終わってから、今のラクリマリス領には行かなかったので、すっかり様子が変わっているでしょう」
「ふむ……それで、何故、自治区へ降りたのですか?」
ラクエウス議員は仕立屋の店長とそう変わらない老人だが、杖をつかず、しっかりした足取りで純白の廊下を歩いてゆく。
「クブルム街道で薪拾いの人たちと出会って、怪我人を治して欲しいと頼まれたのです」
「なんと……! 引き受けて下さったのですか」
「えぇ。大火の後どうなったのか、情報や古新聞と引き換えに」
「それで自治区へ……」
ラクエウス議員は、湖の民が自治区へ侵入したことを咎めるどころか、その眼差しには感謝が見えた。
「いえ、怪我人を街道に運んでもらったのですが、人数が多くて癒し終える頃には日が暮れてしまいました。それで、仕立屋の店長さんが、是非、泊まって欲しい……と」
「何と申し上げてよいやら……お礼の言葉がみつかりません」
立ち止まって深々と頭を下げた老議員を促し、どこへ向かっているのか聞くと、縫製に使わせてもらっている部屋だと言う。
程なく、老議員は木製の扉の前で足を止めてノックしてた。
「アミエーラさん、ちょっといいかね?」
「はい、どうぞ」
中から開かれ、出てきたアミエーラが目を丸くした。
「呪医! ファーキルさんも……!」
「おや、知り合いだったのかね?」
「……えぇ、あの、ここに来る前、しばらく一緒に居たんで……ファーキルさん、親戚と会えなかったんですか?」
少年は否定も肯定もせず、きっぱり言った。
「俺、平和を実現する為に働くって決めたんです」
針子のアミエーラは数呼吸分、少年の瞳を見詰めていたが、頷いて五人を部屋に入れた。散らかっててすみません、と急いで机上に広げた布や型紙を端に寄せる。
腰を下ろしたところへ、使用人がお茶を持って現れ、静かに出て行った。
呪医セプテントリオーが先程の件を繰り返し、仕立屋の店長からリストヴァー自治区の詳しい状況を聞いたこと、手紙を託ったことを話す。
アミエーラはお茶に手を付けず、何度も頷きながら耳を傾け、目を潤ませた。
「よかった……店長さん、お元気なんですね。お手紙は読みましたけど、お話を聞けてよかったです。ありがとうございます」
「成り行きで引き受けただけですから……紹介が遅れてすみません。こちらはアミエーラさんの後任の方です」
呪医セプテントリオーが隣のサロートカを掌で示すと、針子見習いの少女は背筋を伸ばして名乗った。
「サロートカって言います。つい最近、雇われて見習いになったばっかりで、まだ全然あれなんですけど……」
「私も最初はそうだったから……でも、どうして自治区から出てきたの?」
仕立屋の店長が手紙に書かなかったのか、本人の口から確かめたいのか。久し振りに会った針子のアミエーラは、後輩にまっすぐな視線を注ぐ。
サロートカが呪医と先輩を交互に見て、荷物から仕立屋の聖典を取り出した。
☆ゼルノー市の様子を見に行った……「526.この程度の絆」~「530.隔てる高い壁」参照
☆ゾーラタ区からクブルム山脈に入って……「537.ゾーラタ区民」「538.クブルム街道」参照
☆クブルム街道で薪拾いの人たちと出会って、怪我人を治して欲しいと頼まれた……「550.山道の出会い」~「552.古新聞を乞う」参照
☆怪我人を街道に運んでもらった……「553.旧街道の行列」「554.信仰への疑問」参照
☆人数が多くて癒し終えた時には日が暮れてしまいました……「556.治療を終えて」参照
☆仕立屋の店長さんが、是非、泊まって行って欲しい、と……「557.仕立屋の客人」参照
☆ここに来る前、しばらく一緒に居た……ファーキルは「198.親切な人たち」以降、セプテントリオーとアミエーラの出会いは「194.研究所で再会」、共に過ごした日々「316.隠された建物」以降参照
☆ファーキルさん、親戚と会えなかったんですか?……「198.親切な人たち」「545.確認と信用と」参照
☆仕立屋の店長からリストヴァー自治区の詳しい状況を聞いた……「558.自治区での朝」~「562.遠回りな連絡」参照
☆仕立屋の聖典……「559.自治区の秘密」参照




