700.最終チェック
葬儀屋のおっさんは約束の朝、王都ラクリマリスに跳んだ。
すぐウーガリ古道の休憩所に戻ってきたが、何故か湖の民の運び屋も一緒だった。
二人は、呪文がびっしり書かれたガソリン携行缶四つと【無尽袋】を持っている。アミトスチグマの湖南経済新聞と保存食が詰まっていると言う。
葬儀屋アゴーニが、剥き身で腋に挟んでいた外国の新聞をソルニャーク隊長とアナウンサーとDJに渡した。
三人が紙面に目を走らせる間、アゴーニとフィアールカは、呪医セプテントリオーとファーキル、薬師アウェッラーナに会ったことと、アミエーラの消息を話した。
「折角、グロム市の家に帰れたのに、また王都って……」
少年兵モーフは、ファーキルの親戚がロクデナシで一緒に暮らせなかったのだろう、と同情した。
「あの坊主は、平和を実現する為にラクエウス議員たちと一緒に活動するんだってよ」
「私と同じ、情報支援でね。今、難民から聞き取った要望の集計とかしてくれてるわ」
「へ……へぇー……」
モーフは、悪い予想をしてしまったのが何となく気マズくなった。
近所のねーちゃんアミエーラが、せっかく会えた親戚の魔女から離れてアミトスチグマで針子の仕事をするらしいのも、意外だ。
……まぁ、外国は戦争もクーデターもねぇし、仕事があるんなら、その方がいいよな。
それが幸せかどうかわからないが、少なくとも死ぬような目には遭わないだろう、と自分を納得させ、今度は口に出さなかった。
「西門の近くはお店が半分くらい開いてて、お巡りさんが交通整理してるくらい平和だそうよ」
少年兵モーフは少し安心した。政府軍やネミュス解放軍ではなく、地元の警察が仕切っているなら、まだ大丈夫だろう。
……でも、戦闘区域が広がる前にとっとと出てった方がいいに決まってらぁ。
国営放送のジョールチが新聞を畳みながら聞く。
「何部、持って来て下さったのですか?」
「二十部の梱包を五十よ」
「……千部か。配布方法は考えたのか?」
少年兵モーフが計算でまごついていると、ソルニャーク隊長がジョールチに聞いた。隊長からメドヴェージに新聞が渡り、運転手のおっさんも読み耽る。
「避難所と【跳躍】許可地点に一梱包ずつ“ご自由にお持ち帰り下さい”と貼り紙をして放置、個人商店にも、クレーヴェル関係の切り抜きを貼り出してもらおうと思っています」
「協力してくれる店のアテがあるのか?」
隊長の問いに今度はDJレーフが答える。
「知り合いの店に頼みます」
「臨時放送のお知らせも、ついでに……」
ジョールチが言い添えると、フィアールカが食いついてきた。
「いつするの?」
「すぐにでも行きたいのは山々ですが、まずは外部の新聞で軍の動きを見て……危なそうなら、もう少し練り直さなければ……」
「大丈夫そうなら、いつ頃になりそう?」
「都民に周知できてから……そうですね、数日……遅くとも一週間後には必ず」
ジョールチが宙にカレンダーでもあるような目をして言うと、フィアールカはタブレット端末をいじって聞いた。
「臨時放送って、どこからするの?」
「西門付近……防壁の外です。FMのイベント放送なので、届くのは半径二キロ程度……」
……そんなちょっと? ピナたちに届くのかよ?
少年兵モーフは不安になったが、あのトラックを首都の奥まで入れるワケにはゆかないことくらいわかる。
この間、隊長が言っていた軍に襲われるヤバさはそのままだ。葬儀屋のおっさんがメドヴェージを連れて上手く逃げられたとしても、トラックは取り上げられるだろう。
拳を握って大人たちの話を聞くしかなかった。
「原稿ができてるんなら、録音させてくれないかしら? インターネットで流せば、国外の難民にも伝えられるんだけど」
「最終チェックがまだなので……二時間程度、お待ちいただけませんか?」
「いいわよ。ねぇ、葬儀屋さん。レーチカに連れてってくれないかしら? 位置を覚えたいんだけど」
アゴーニが新聞から顔を上げ、同族の運び屋フィアールカをまじまじと見た。
「知らねぇのか?」
「ネモラリス島には土地勘がないのよ」
「ふーん……先に新聞一梱包だけ、レーチカに置いて来ていいか?」
「よろしくお願いします」
ジョールチが了解すると、湖の民二人は手を繋いだ。アゴーニの詠唱が終わると同時に二人の姿が消えた。
メドヴェージが新聞を丸めて、二人が立っていた場所をぼんやり眺めるモーフの肩を叩く。
「俺らはガソリンと荷物、片付けようや」
放送局の二人とソルニャーク隊長は原稿の最終チェックとやらで、ジョールチが書いたものを囲んで額を寄せ合う。モーフはメドヴェージと二人で、FMクレーヴェルのワゴン車に給油して荷物を積み込んだ。
……どうすりゃいいんだよ。
計画はひとつ進んだが、これで直接ピナを助けられるワケではないのが歯痒かった。
ソルニャーク隊長が、原稿から目を離して新聞を読み始めたので、隣に腰を下ろして覗いた。新聞の言葉は難しく、モーフにはさっぱりわからない。
「気になるか? どうせなら、新聞の独自情報と総合しようと思ってな」
「何て書いてあるんスか?」
「ラクリマリスとアミトスチグマには、まだネモラリスと敵対する意思はなく、様子見を続けるようだな」
「首都で、軍の奴らが何やってるか見張ってるんスか?」
「そのようだな。どちらの国も外交官を召還……本国に呼び戻していない。アミトスチグマの大使は首都の大使館を出て、レーチカの領事館へ移ったとある」
「ふーん……」
少年兵モーフには、リョージカンが何なのかわからなかったが、どうせピナには関係ないだろうと思い、質問しなかった。
……外国の偉い奴が行くくらいだから、レーチカは大丈夫なんだろうなぁ。
ネミュス解放軍のウヌク・エルハイア将軍は、国会議事堂と議員宿舎と放送局を占拠したが、ラジオで声明を出しただけで、現在どこでどうしているのか載っていない、と隊長が難しい顔をした。
国会議員と役人の一部がレーチカ市に逃れて臨時政府を組織したが、残りの議員や役人が生きているかどうか、何割がウヌク・エルハイア将軍についたのか、何の情報もないらしい。
「政府軍との戦闘で忙しく、まだそこまで手が回らんのだろうがな」
「役人があっちに寝返ったら、ピナたち、どうなるんスか?」
モーフが不安を口にすると、ソルニャーク隊長は新聞を畳んだ。
「今のところ、治安の悪化はそうでもないようだ。戦闘に参加するなど、積極的な敵対行動を取らない限り、すぐにどうこうされることはないだろう」
「でも、流れ弾は当たるかも知んねぇんスよね?」
隊長がモーフの肩に片手を置いて立ち上がった。
「……それが、戦争と言うものだ」
「坊主、ちょっとこっち手伝え」
メドヴェージに呼ばれたが、行く気がしない。
ソルニャーク隊長は、原稿の最終チェックに戻った。
「坊主、今夜の分の薪採りに行くぞ。来い」
おっさんにもう一度呼ばれ、モーフは渋々、広場を後にした。
☆折角グロム市の家に帰ったのに、また王都へ行ったってのか?……「198.親切な人たち」「545.確認と信用と」「643.レーチカ市内」参照(モーフはまだ騙されています)
☆隊長が言っていた軍に襲われるリスク……「663.ない智恵絞る」「690.報道人の使命」参照
☆FMクレーベルのワゴン車に給油……「660.ワゴンを移動」参照




