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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十七章 混迷

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698.手掛かりの人

 首都クレーヴェルと外部を繋ぐ西門の外は平地だ。よく見ると、北のウーガリ山脈からの続きで、なだらかな傾斜がついていた。


 防壁の周囲は公有地で草が生い茂り、西と北、南の三方向に【魔除け】などの石柱が並んだアスファルトの道が伸びる。北から降りてくる車と西と南へ行く車は多いが、逆の流れは少なかった。

 四車線道路の両脇の歩道を大荷物の人が歩いてゆく。子供の手を引き、ベビーカーを押し、自転車に老いた親を座らせて推して歩く人々は、みんな疲れ切った顔で、言葉もなく西へ流れて行った。


 人と車の列は、畑の間の道を休まず進む。


 薬師(くすし)アウェッラーナはビニール袋一杯分だけ薬草を摘んで、レーチカに【跳躍】した。



 東門付近は、調理師のおばさんに連れて来てもらった時以上に混雑している。人混みを縫って野菜彫刻の広場へ急いだ。


 灌木に囲まれた【跳躍】許可地点の広場で休む人はおらず、次々と呪文を唱えて姿を消す。アウェッラーナは、ロークと約束したベンチに腰掛け、さっき摘んだ薬草を【操水】で水抜きした。座面の裏側に水を這わせて砂埃などを洗い流す。


 ……あッ!


 異質な手応えに思わず周囲を見回した。広場に入った人々は術に集中して、誰もベンチで休む湖の民に注意を向けない。生垣に遮られ、通りからはベンチが見えなかった。

 ホッとして座面の裏に手をやる。ビニールとガムテープの手触りに高鳴る胸を抑えて一気に剥がした。


 封筒に入った手紙ではなく、細く切ったノートだ。アウェッラーナは薬草の袋と一緒に鞄へ押し込み、手紙の束を出した。雨に濡れないよう、ビニールで包んだものをガムテープで貼り付ける。


 ノートの中身は気になるが、今は時間がない。

 地図を広げて漁港の位置を確める。レーチカ港の北西端だ。ここからでは細長い市域をほぼ横断することになる。


 ……一旦、外に出て、防壁沿いに【跳躍】して西門から入り直した方が早いわね。


 レーチカ市の東端から西端まで、着地点がはっきり分かる距離を【跳躍】で繋ぐ。防壁の外側をギアツィントに向かう道も、車が多かった。



 車列を横目に【跳躍】を繰り返し、レーチカ市内の漁港に着いたのは昼時だった。漁師向けの定食屋に入り、カウンターに落ち着く。

 「女の子が一人で、珍しいね」

 おかみさんにジロジロ見られ、居心地の悪さを感じたが、思い切って言う。

 「人を探してるんです。ゼルノー市から避難した漁船の乗組員……」

 「ちょいとーッ!」

 おかみさんはアウェッラーナにみなまで言わせず、ほぼ満席の店内に声を張り上げた。

 「あんたたちの中に、ゼルノー市から来た奴、居るかーいッ?」


 しんと静まり、食事の手を止めた漁師たちの目が集まる。

 大半が湖の民だ。知った顔がないか見回すと奥のテーブル席で手が挙がった。

 立ち上がったのは、赤毛の男だ。

 アウェッラーナも立ち上がった。


 「ピオンさんッ!」

 テーブルの間を小走りに駆け寄る。


 「ラーナちゃん、アビさんたちもこっち来たのか?」

 「いえ……あの、じゃあ、ウチの船は……光福三号はここには居ないんですね」

 アウェッラーナが肩を落とすと、僚船の船長はひとしきり気の毒がった後、同じテーブルの者たちに紹介した。

 「近所のコだ。……時間、大丈夫だろ? ここは奢るから、食べながら話そう」

 八人掛けの席に居た六人は、みんな赤毛で雰囲気が似ている。


 アウェッラーナは、ピオンの言葉に甘えさせてもらうことに決め、自己紹介した。

 「ゼルノー漁協所属、光福三号の船長アビエースの妹、アウェッラーナです。私はあの時、(おか)で仕事してて、ウチの船がどこに行ったのか、全然……」

 涙が滲んで続きが言葉にならない。

 食事を再開した漁師たちが再び手を止め、気の毒そうな目を向けた。


 「親父さんはどうしたね? 確か、市民病院に入院してたろ?」

 「……亡くなりました。姉さんが看病で居ると思ったけど、居なくて……この間、役所で調べてもらったら姉さんもダメで……」

 大粒の涙が落ちる。



 ピオンと親戚たちがお悔やみを言ったところへ、おかみさんが定食を持って来た。

 「ダメじゃないか、あんたたち。女の子泣かして……」

 「い、いえ……違うんです。そう言うんじゃ……」

 アウェッラーナが涙を拭って言うと、おかみさんは肩を軽く叩いて励ました。

 「まぁ、これ食べて元気だしなよ。ひもじいと余計に辛くなるからね」

 別の席に呼ばれ、おかみさんは慌ただしく離れた。


 アウェッラーナが定食に手を付けると、テーブルの空気が緩んだ。半分くらい食べ進めたところで、ピオンが励ましとも慰めともつかないことを言った。

 「ウチは親戚が居るからまっすぐこっち来たんだ。他の連中は、北のマスリーナか、南のノージに行ったみてぇだな」

 「マスリーナは……壊滅してました。街区ひとつ分くらいある大きい魔獣が居て……」

 「えぇッ?」

 「私、トラックに乗せてもらってたんです。運転手さんが上手に逃げてくれたんで助かりましたけど……」


 ピオンの身内の一人が、思い出した、と呟いて明るい顔を向ける。


 「その化け物なら大丈夫だ。軍が新兵器でやっつけたって、随分前に新聞とラジオでやってた」

 「あぁ、あれかぁ。航空写真も載ってたけど、たまげた大きさだったよなぁ」

 「あいつを地上から見たのか。怖かったろうに」


 同情を口にした漁師たちが、今度は明るい可能性を語る。


 「でも、あのでかいのは(おか)に居たからな」

 「船なら、とっとと北か南へ逃げるよな」

 「キパリースか、トポリか……」

 「魔法が使えるんだ。空襲に遭ってねぇ王国領へ逃げる方がいいだろ」

 「陸なら山を越えにゃならんが、船ならすぐそこだ。ノージかどっか居るさ」


 ……じゃあ、王都から船でグロム市に渡って、そこから岸に沿って跳んで……何日も掛かりそうね。


 帰還難民センターの【()かし水鏡(みかがみ)】で兄たちが生きているのはわかっていたが、こうしてゼルノー市の生き残りと会えて、ようやく実感が持てた。

 何度も礼を言って別れ、アウェッラーナは王都ラクリマリスに【跳躍】した。

☆調理師のおばさんに連れて来てもらった時……「640.脱出する車列」参照

☆街区ひとつ分くらいある大きい魔獣……「184. 地図にない街」「185.立塞がるモノ」参照

☆軍が新兵器でやっつけたって、随分前に新聞とラジオでやってた……「220.追憶の琴の音」「221.新しい討伐隊」「227.魔獣の討伐隊」「234.老議員の休日」参照

☆ノージかどっか居るさ……「633.生き残りたち」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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