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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十七章 混迷

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694.質問を考える

 「来て早々だが、今夜はパーティーだ」

 「パーティー? こんな時に?」

 呆れるロークに父は厳しい顔で言った。

 「こんな時だからこそ……だ。魔法使い共の中に在っても、聖者様の教えを守る我らの結束を固めねばならん」


 ……参加者は隠れキルクルス教徒か。


 情報を得るまたとない機会にロークが姿勢を正す。父は表情を改めた息子を頼もしげに見て頷いた。

 「父さんのスーツを貸す。立食パーティーだからと言ってあんまり羽目を外すんじゃないぞ」

 「わかってるよ」

 「お祖父ちゃんは司祭役として場を仕切ることになっている。しっかり見て勉強しなさい」

 「メモ帳とか持って行っていい?」

 「おっ、ヤル気満々だな。食事会なんだから、程々にな」

 「わかってるよ」



 ゼルノー市を襲ったテロと空襲から今日までの間、ロークの身長は少し伸びていた。体格もよくなっている。ソルニャーク隊長たちの指導の(もと)、アクイロー基地襲撃作戦の為に過酷な訓練を受けたお陰だ。

 父がクローゼットから出した服は、袖や肩の辺りが少しキツかった。


 「しばらく会えない間にすっかり(たくま)しくなって……」

 「力仕事が多かったからね。道の瓦礫どけたりとか」

 「そうか。苦労したのだな。よく頑張って生き延びてくれた」

 神妙な顔で労われ、思わず(ほだ)されそうになる。


 ……いやいや、お前らがアーテルやラニスタと繋がってテロや空襲をさせたからじゃないか。


 ロークは父に背を向け、母の為に用意された鏡台の前に立った。

 ネクタイを締めると、高校生よりも若い社会人に近い雰囲気になったが、父とよく似た顔はまだ「子供」だ。鏡に思い知らされ、椅子に置いたウェストポーチを手に取る。


 「置いとけばいいじゃないか。どうせ終わったら着替えに戻るんだ」

 「メモ帳取りに行くついでだから、自分の部屋に片付けとく。あっちで着替えて父さんの服は明日返すよ」

 父は、言い出したら聞かないんだから、と苦笑してロークを送り出した。



 与えられた部屋に戻り、ウェストポーチから財布を出す。上着の内ポケットに財布、サイドのポケットにコピー用紙を切ってクリップで束ねたメモ帳とペンを入れた。


 ……あ、そうか。袋を首から吊るすんじゃなくて、拳銃のホルスターみたいにして、袋が腋の下に来るように調整すればいいんだ。


 腋がゴリゴリするのが難点だが、重要なのは、みつからないことだ。口紐を長いの二本、短いの一本にするだけだから、アミエーラのように高度な裁縫技術は要らない。


 ……紐、どうやって手に入れようかな?


 来る途中、防壁外の草地にはまだ、夏草が残っていた。ウーガリ山麓の森まで戻らなくても、薬草や香草はあるだろう。

 このご時世に手芸屋が未加工の草で交換に応じるか不安だが、母に分けてもらうとなると怪しまれてしまう。

 物価が上がって現金の価値は下がる一方だ。ロークの手持ちでも買えるだろうが、イザと言う時の為にとっておきたかった。



 リュックの中身を点検する。

 ガムテープとコピー用紙の束、僅かな着替えとビニール袋。プラ容器に入った魔法の傷薬が四つと、ドーシチ市で一人分としてもらった銅のマグカップと木皿とスプーン。蔓草(つるくさ)と香草の詰まったビニール袋もひとつずつ出てきた。


 ……あ、外まで取りに行かなくてよかったのか。


 手間がひとつ省けて拍子抜けした。

 残りは交換品でもらったタオルなど、大した値打ちのないものばかりだ。魔法の品の大部分はレノ店長たちに譲って来た。

 机の上には共通語の辞書とロークがベリョーザと共に通う筈だった高校の教科書と新品のノートが積んである。

 一番上の抽斗(ひきだし)には筆記具と文房具、他は空だ。さっき片付けてみせた傷薬は、そのまま抽斗の奥にあった。



 ロークはパーティーの出席者から何を聞き出すか、薬師(くすし)アウェッラーナのメモを思い出しながら考える。ポケットからメモを出し、上から二枚目に書き出した。

 呼称、所属政党、勤務先、住所、父との関係、どんな伝手(つて)を持っているか。


 ……これだけ見たら、俺、身内の知り合いを利用しようとしてるヤな奴だよな。


 実際は、平和の為に活動している人々に情報を流そうとしているのだから、もっと酷い。誤魔化す為に好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、犬派か猫派かなど、当たり(さわ)りなさそうな項目も付け加えた。

 この国をどうしたいのかも知りたいが、流石にいきなりそれを聞くのはどうかと考え、思い留まる。



 ノックの音に顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 「どう? 似合う?」

 戸を開けるとイブニングドレス姿のベリョーザと、ロークとベリョーザの両親が居た。


 「これ、おばさまに教えていただいて、私が作ったの」

 親同士で勝手に決めた婚約者のアクセサリーは、同じ布で作られた花型の髪飾りとコサージュだ。結い上げた金髪とドレスの胸元で紅い椿が誇らしげに咲く。


 ……俺の母さんが教えた「裁縫」ってこれ? 


 ベリョーザの母も裁縫はできるのに、何故わざわざ他人から教わるのかと思ったが、確かにこれは特殊だ。

 「ははっ。ベリョーザちゃんがあんまりキレイだから、ロークはびっくりしてるんだよ」

 父が余計なことを言う。


 ……いや、まぁ、びっくりはしたけど。別のベクトルで。


 針子のアミエーラは、アーテル兵を誤魔化して無血で北ヴィエートフィ大橋を渡る為に星道旗を作ってくれた。みんなを暑さから守る為に夏服を作ってくれた。クロエーニィエの店で大量の服を作って魔法の品を稼いでくれた。

 パン屋の妹ピナティフィダをはじめ、みんなも手伝ったが、アミエーラが居なければ死んでいたかもしれない。


 アミエーラの裁縫は、生きる為の裁縫だった。


 ……こんな時に。


 戦争中に趣味で裁縫するのが不謹慎で悪いと言うのではない。生き延びる為に針を動かし続けたアミエーラたちと、着飾る為に針を動かすベリョーザたちとの格差が、ロークの心を凍らせた。



 ロークは廊下に出て鍵を掛け、着飾った婚約者に向き直った。

 「何て言っていいかわかんないけど……何か、凄いな」


 ベリョーザが頬を薔薇色に染めて笑顔を咲かせ、それぞれの両親も微笑んだ。

☆アクイロー基地襲撃作戦の為に過酷な訓練を受けた……「368.装備の仕分け」「388.銃火器の講習」~「390.部隊の再編成」「407.森の歩行訓練」参照

☆魔法の品の大部分はレノ店長たちに譲って来た……「637.俺の最終目標」参照

☆薬師アウェッラーナのメモ……「655.仲間との別れ」参照

☆俺の母さんが教えた「裁縫」……「691.議員のお屋敷」参照

☆アーテル兵を誤魔化して無血で北ヴィエートフィ大橋を渡る為に星道旗を作ってくれた……「307.聖なる星の旗」「308.祈りの言葉を」「312.アーテルの門」「313.南の門番たち」参照

☆みんなを暑さから守る為に夏服を作ってくれた……「323.街へのお使い」「337.使用者の適性」「341.命懸けの職業」参照

☆クロエーニィエの店で大量の服を作って魔法の品を稼いでくれた……「503.待つ間の仕事」「521.エージャ侵攻」「522.魔法で作る物」「532.出発の荷造り」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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