694.質問を考える
「来て早々だが、今夜はパーティーだ」
「パーティー? こんな時に?」
呆れるロークに父は厳しい顔で言った。
「こんな時だからこそ……だ。魔法使い共の中に在っても、聖者様の教えを守る我らの結束を固めねばならん」
……参加者は隠れキルクルス教徒か。
情報を得るまたとない機会にロークが姿勢を正す。父は表情を改めた息子を頼もしげに見て頷いた。
「父さんのスーツを貸す。立食パーティーだからと言ってあんまり羽目を外すんじゃないぞ」
「わかってるよ」
「お祖父ちゃんは司祭役として場を仕切ることになっている。しっかり見て勉強しなさい」
「メモ帳とか持って行っていい?」
「おっ、ヤル気満々だな。食事会なんだから、程々にな」
「わかってるよ」
ゼルノー市を襲ったテロと空襲から今日までの間、ロークの身長は少し伸びていた。体格もよくなっている。ソルニャーク隊長たちの指導の下、アクイロー基地襲撃作戦の為に過酷な訓練を受けたお陰だ。
父がクローゼットから出した服は、袖や肩の辺りが少しキツかった。
「しばらく会えない間にすっかり逞しくなって……」
「力仕事が多かったからね。道の瓦礫どけたりとか」
「そうか。苦労したのだな。よく頑張って生き延びてくれた」
神妙な顔で労われ、思わず絆されそうになる。
……いやいや、お前らがアーテルやラニスタと繋がってテロや空襲をさせたからじゃないか。
ロークは父に背を向け、母の為に用意された鏡台の前に立った。
ネクタイを締めると、高校生よりも若い社会人に近い雰囲気になったが、父とよく似た顔はまだ「子供」だ。鏡に思い知らされ、椅子に置いたウェストポーチを手に取る。
「置いとけばいいじゃないか。どうせ終わったら着替えに戻るんだ」
「メモ帳取りに行くついでだから、自分の部屋に片付けとく。あっちで着替えて父さんの服は明日返すよ」
父は、言い出したら聞かないんだから、と苦笑してロークを送り出した。
与えられた部屋に戻り、ウェストポーチから財布を出す。上着の内ポケットに財布、サイドのポケットにコピー用紙を切ってクリップで束ねたメモ帳とペンを入れた。
……あ、そうか。袋を首から吊るすんじゃなくて、拳銃のホルスターみたいにして、袋が腋の下に来るように調整すればいいんだ。
腋がゴリゴリするのが難点だが、重要なのは、みつからないことだ。口紐を長いの二本、短いの一本にするだけだから、アミエーラのように高度な裁縫技術は要らない。
……紐、どうやって手に入れようかな?
来る途中、防壁外の草地にはまだ、夏草が残っていた。ウーガリ山麓の森まで戻らなくても、薬草や香草はあるだろう。
このご時世に手芸屋が未加工の草で交換に応じるか不安だが、母に分けてもらうとなると怪しまれてしまう。
物価が上がって現金の価値は下がる一方だ。ロークの手持ちでも買えるだろうが、イザと言う時の為にとっておきたかった。
リュックの中身を点検する。
ガムテープとコピー用紙の束、僅かな着替えとビニール袋。プラ容器に入った魔法の傷薬が四つと、ドーシチ市で一人分としてもらった銅のマグカップと木皿とスプーン。蔓草と香草の詰まったビニール袋もひとつずつ出てきた。
……あ、外まで取りに行かなくてよかったのか。
手間がひとつ省けて拍子抜けした。
残りは交換品でもらったタオルなど、大した値打ちのないものばかりだ。魔法の品の大部分はレノ店長たちに譲って来た。
机の上には共通語の辞書とロークがベリョーザと共に通う筈だった高校の教科書と新品のノートが積んである。
一番上の抽斗には筆記具と文房具、他は空だ。さっき片付けてみせた傷薬は、そのまま抽斗の奥にあった。
ロークはパーティーの出席者から何を聞き出すか、薬師アウェッラーナのメモを思い出しながら考える。ポケットからメモを出し、上から二枚目に書き出した。
呼称、所属政党、勤務先、住所、父との関係、どんな伝手を持っているか。
……これだけ見たら、俺、身内の知り合いを利用しようとしてるヤな奴だよな。
実際は、平和の為に活動している人々に情報を流そうとしているのだから、もっと酷い。誤魔化す為に好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、犬派か猫派かなど、当たり障りなさそうな項目も付け加えた。
この国をどうしたいのかも知りたいが、流石にいきなりそれを聞くのはどうかと考え、思い留まる。
ノックの音に顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「どう? 似合う?」
戸を開けるとイブニングドレス姿のベリョーザと、ロークとベリョーザの両親が居た。
「これ、おばさまに教えていただいて、私が作ったの」
親同士で勝手に決めた婚約者のアクセサリーは、同じ布で作られた花型の髪飾りとコサージュだ。結い上げた金髪とドレスの胸元で紅い椿が誇らしげに咲く。
……俺の母さんが教えた「裁縫」ってこれ?
ベリョーザの母も裁縫はできるのに、何故わざわざ他人から教わるのかと思ったが、確かにこれは特殊だ。
「ははっ。ベリョーザちゃんがあんまりキレイだから、ロークはびっくりしてるんだよ」
父が余計なことを言う。
……いや、まぁ、びっくりはしたけど。別のベクトルで。
針子のアミエーラは、アーテル兵を誤魔化して無血で北ヴィエートフィ大橋を渡る為に星道旗を作ってくれた。みんなを暑さから守る為に夏服を作ってくれた。クロエーニィエの店で大量の服を作って魔法の品を稼いでくれた。
パン屋の妹ピナティフィダをはじめ、みんなも手伝ったが、アミエーラが居なければ死んでいたかもしれない。
アミエーラの裁縫は、生きる為の裁縫だった。
……こんな時に。
戦争中に趣味で裁縫するのが不謹慎で悪いと言うのではない。生き延びる為に針を動かし続けたアミエーラたちと、着飾る為に針を動かすベリョーザたちとの格差が、ロークの心を凍らせた。
ロークは廊下に出て鍵を掛け、着飾った婚約者に向き直った。
「何て言っていいかわかんないけど……何か、凄いな」
ベリョーザが頬を薔薇色に染めて笑顔を咲かせ、それぞれの両親も微笑んだ。
☆アクイロー基地襲撃作戦の為に過酷な訓練を受けた……「368.装備の仕分け」「388.銃火器の講習」~「390.部隊の再編成」「407.森の歩行訓練」参照
☆魔法の品の大部分はレノ店長たちに譲って来た……「637.俺の最終目標」参照
☆薬師アウェッラーナのメモ……「655.仲間との別れ」参照
☆俺の母さんが教えた「裁縫」……「691.議員のお屋敷」参照
☆アーテル兵を誤魔化して無血で北ヴィエートフィ大橋を渡る為に星道旗を作ってくれた……「307.聖なる星の旗」「308.祈りの言葉を」「312.アーテルの門」「313.南の門番たち」参照
☆みんなを暑さから守る為に夏服を作ってくれた……「323.街へのお使い」「337.使用者の適性」「341.命懸けの職業」参照
☆クロエーニィエの店で大量の服を作って魔法の品を稼いでくれた……「503.待つ間の仕事」「521.エージャ侵攻」「522.魔法で作る物」「532.出発の荷造り」参照




