表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

705/3506

689.葬儀屋の土産

 「返事は三日後だってよ。これ、土産だ」

 王都ラクリマリスに跳んだ葬儀屋アゴーニが、草の上に大きなリュックサックを下ろす。重荷から解放されたおっさんが肩と首を回すと、草色の髪が揺れた。

 「俺は向こうでご馳走食わせてもらったから、昼メシはいいぞ」

 焚火の前にどっかり腰を下ろして荷解(にほど)きすると、無地の巾着袋が次々出てきた。丸っこくて重い物が入っているらしい。


 「お疲れさまでした。ありがとうございます」

 「お前さんがくれた情報、湖南経済に売って、報酬は後でくれるってよ。俺もゲリラの婆さんのことを話したら、情報料だっつってメシ奢ってもらえて、日持ちする野菜を色々くれたんだ」

 葬儀屋アゴーニは中身を調べながら、国営放送アナウンサーのジョールチに説明した。

 「では、新聞に載るのですね?」

 「多分な。三日後に新聞もらいに行くコトになってる」

 顔が明るくなったジョールチに微笑を向け、アゴーニは巾着袋の中身を出した。


 ……タマネギだ。


 少年兵モーフは、放送局の廃墟でレノ店長が泣きながら切っていたのを思い出した。

 ピナたちが心配だが、首都の様子を見に行ったジョールチとレーフは、さっき戻ったばかりだ。みんなで昼ごはんを食べながら話を聞いていたところに葬儀屋のおっさんが帰ってきた。

 アナウンサーの話が中断してイラついたが、口に出せば隊長に叱られるに決まっているので、我慢する。


 大人たちが生野菜をどう分配するか話し合う声が右から左へ抜けてゆく。


 堅パンと魚の缶詰を食べ終わる頃に話がまとまった。

 アゴーニとメドヴェージが、ニンジン、タマネギ、ジャガイモをひとつずつ巾着袋に入れる。これは葬儀屋が言ってくれたのか、人数分あった。カボチャは大きいからか、三個しかない。国営放送のトラックに二個、FMクレーヴェルのワゴンに一個で、誰からも文句は出なかった。


 「リュックサックはあんたら持っとけ。その野菜やら何やら入れるのに重宝すんだろ」

 「何から何までありがとうございます」

 国営放送のジョールチが礼を言って受け取ると、FMクレーヴェルのDJレーフも深々と頭を下げた。


 「今朝、私とレーフは首都の様子を見て来ました」

 「ほう。どうだった?」

 葬儀屋のおっさんが膝を乗り出す。

 「両軍とも停戦時間を守っていたので、それなりに平穏で、一部の店舗は営業していました」

 「……って言っても、【跳躍】許可地点の近所しか見てないんですけどね」

 DJレーフが悔しそうに付け足した。


 さっき聞いたばかりのモーフは、早く続きを言って欲しかったが、話の腰を折ると叱られてもっと遅くなるので、唇を噛んで国営放送のアナウンサーを見詰める。


 「戦闘区域が拡大して、保育所、幼稚園、小中学校は全て休園、休校。高校と大学は、西地区と南地区の一部のみ授業を再開しています。それも、体育館などが避難所になり、校庭も避難者の車で埋まっているので、体育などはできないようです、教職員も出勤できない者が増え、授業と避難者対応に追われてかなり疲弊していました」

 「そいつら、何でクルマあんのに出てかねぇで学校に居るんだ?」

 少年兵モーフは、思わず口を挟んだ。

 大人たちの目が集まり、身を竦める。

 「燃料が足りないんだよ。渋滞の中でガス欠になったら、後ろの車もそれ以上、進めなくなるからね」


 誰にも叱られず、ジョールチの声も怒っていないので、問いを重ねた。

 「……じゃあ、もし、道でガス欠んなったらどうすんだ?」

 「力ある民が【重力遮断】で駐車場や公園に運ぶんだ」

 「街の中じゃ俺たちがしてもらったみたいにはできないから、何人かで車を持ち上げて、術が切れないように大勢でずっと術を掛け続けて運ぶから、一台ガス欠が出たらなかなか進まなくなるんだよ」

 DJレーフに早口で説明され、少年兵モーフは面食らったが、どうにか状況を想像して頷いた。


 「学校に置いてあんのって、そう言うクルマなんだな?」

 「全部がそうではないと思うけど、それも勿論(もちろん)あるだろうね」

 ジョールチに肯定され、モーフは胸の奥がじりじり焼かれるような痛みに顔を歪めた。

 ソルニャーク隊長がレーチカ港で、戦争のせいで輸入が滞ってカネがあっても燃料が手に入らない、と言っていたのを思い出す。

 あの時、ずっと停泊したままのタンカーを見て、ピナたちを助けに行けないもどかしさに苛立った。

 今は、メドヴェージが燃料不足を言い訳にしてトラックで首都へ助けに行かないだけでなく、ピナたちも首都から出られないと気付き、泣きそうな焦燥感に駆られている。


 ……でも、ピナたちはクルマ持ってねぇ。ローク兄ちゃん、何でピナたちを乗っけてってくんなかったんだよ。


 後ろは空だったのに、と拳を握って(うつむ)く。


 「坊主、歩きの方が却って安全だ」

 「何でだよ?」

 メドヴェージを横目で睨む。運転手のおっさんは、おぉこわ、と肩を竦めたが、すぐ真顔に戻って説明した。

 「車が通れない細い道を通れるし、渋滞してても歩きだったら関係ねぇ」

 納得できず、モーフが黙っていると、ジョールチが申し訳なさそうに言った。

 「報告の続きをするけど……いいね?」


 仕方なく頷いて見せると、国営放送のアナウンサーはラジオと同じ調子で語った。

☆ゲリラの婆さんのこと……「644.葬儀屋の道程」参照

☆俺たちがしてもらった……「660.ワゴンを移動」参照

☆戦争のせいで輸入が滞ってカネがあっても燃料が手に入らない……「606.人影のない港」参照

☆ローク兄ちゃん、何でピナたちを乗っけてってくんなかった……「657.ウーガリ古道」~「659.広場での昼食」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ