689.葬儀屋の土産
「返事は三日後だってよ。これ、土産だ」
王都ラクリマリスに跳んだ葬儀屋アゴーニが、草の上に大きなリュックサックを下ろす。重荷から解放されたおっさんが肩と首を回すと、草色の髪が揺れた。
「俺は向こうでご馳走食わせてもらったから、昼メシはいいぞ」
焚火の前にどっかり腰を下ろして荷解きすると、無地の巾着袋が次々出てきた。丸っこくて重い物が入っているらしい。
「お疲れさまでした。ありがとうございます」
「お前さんがくれた情報、湖南経済に売って、報酬は後でくれるってよ。俺もゲリラの婆さんのことを話したら、情報料だっつってメシ奢ってもらえて、日持ちする野菜を色々くれたんだ」
葬儀屋アゴーニは中身を調べながら、国営放送アナウンサーのジョールチに説明した。
「では、新聞に載るのですね?」
「多分な。三日後に新聞もらいに行くコトになってる」
顔が明るくなったジョールチに微笑を向け、アゴーニは巾着袋の中身を出した。
……タマネギだ。
少年兵モーフは、放送局の廃墟でレノ店長が泣きながら切っていたのを思い出した。
ピナたちが心配だが、首都の様子を見に行ったジョールチとレーフは、さっき戻ったばかりだ。みんなで昼ごはんを食べながら話を聞いていたところに葬儀屋のおっさんが帰ってきた。
アナウンサーの話が中断してイラついたが、口に出せば隊長に叱られるに決まっているので、我慢する。
大人たちが生野菜をどう分配するか話し合う声が右から左へ抜けてゆく。
堅パンと魚の缶詰を食べ終わる頃に話がまとまった。
アゴーニとメドヴェージが、ニンジン、タマネギ、ジャガイモをひとつずつ巾着袋に入れる。これは葬儀屋が言ってくれたのか、人数分あった。カボチャは大きいからか、三個しかない。国営放送のトラックに二個、FMクレーヴェルのワゴンに一個で、誰からも文句は出なかった。
「リュックサックはあんたら持っとけ。その野菜やら何やら入れるのに重宝すんだろ」
「何から何までありがとうございます」
国営放送のジョールチが礼を言って受け取ると、FMクレーヴェルのDJレーフも深々と頭を下げた。
「今朝、私とレーフは首都の様子を見て来ました」
「ほう。どうだった?」
葬儀屋のおっさんが膝を乗り出す。
「両軍とも停戦時間を守っていたので、それなりに平穏で、一部の店舗は営業していました」
「……って言っても、【跳躍】許可地点の近所しか見てないんですけどね」
DJレーフが悔しそうに付け足した。
さっき聞いたばかりのモーフは、早く続きを言って欲しかったが、話の腰を折ると叱られてもっと遅くなるので、唇を噛んで国営放送のアナウンサーを見詰める。
「戦闘区域が拡大して、保育所、幼稚園、小中学校は全て休園、休校。高校と大学は、西地区と南地区の一部のみ授業を再開しています。それも、体育館などが避難所になり、校庭も避難者の車で埋まっているので、体育などはできないようです、教職員も出勤できない者が増え、授業と避難者対応に追われてかなり疲弊していました」
「そいつら、何でクルマあんのに出てかねぇで学校に居るんだ?」
少年兵モーフは、思わず口を挟んだ。
大人たちの目が集まり、身を竦める。
「燃料が足りないんだよ。渋滞の中でガス欠になったら、後ろの車もそれ以上、進めなくなるからね」
誰にも叱られず、ジョールチの声も怒っていないので、問いを重ねた。
「……じゃあ、もし、道でガス欠んなったらどうすんだ?」
「力ある民が【重力遮断】で駐車場や公園に運ぶんだ」
「街の中じゃ俺たちがしてもらったみたいにはできないから、何人かで車を持ち上げて、術が切れないように大勢でずっと術を掛け続けて運ぶから、一台ガス欠が出たらなかなか進まなくなるんだよ」
DJレーフに早口で説明され、少年兵モーフは面食らったが、どうにか状況を想像して頷いた。
「学校に置いてあんのって、そう言うクルマなんだな?」
「全部がそうではないと思うけど、それも勿論あるだろうね」
ジョールチに肯定され、モーフは胸の奥がじりじり焼かれるような痛みに顔を歪めた。
ソルニャーク隊長がレーチカ港で、戦争のせいで輸入が滞ってカネがあっても燃料が手に入らない、と言っていたのを思い出す。
あの時、ずっと停泊したままのタンカーを見て、ピナたちを助けに行けないもどかしさに苛立った。
今は、メドヴェージが燃料不足を言い訳にしてトラックで首都へ助けに行かないだけでなく、ピナたちも首都から出られないと気付き、泣きそうな焦燥感に駆られている。
……でも、ピナたちはクルマ持ってねぇ。ローク兄ちゃん、何でピナたちを乗っけてってくんなかったんだよ。
後ろは空だったのに、と拳を握って俯く。
「坊主、歩きの方が却って安全だ」
「何でだよ?」
メドヴェージを横目で睨む。運転手のおっさんは、おぉこわ、と肩を竦めたが、すぐ真顔に戻って説明した。
「車が通れない細い道を通れるし、渋滞してても歩きだったら関係ねぇ」
納得できず、モーフが黙っていると、ジョールチが申し訳なさそうに言った。
「報告の続きをするけど……いいね?」
仕方なく頷いて見せると、国営放送のアナウンサーはラジオと同じ調子で語った。
☆ゲリラの婆さんのこと……「644.葬儀屋の道程」参照
☆俺たちがしてもらった……「660.ワゴンを移動」参照
☆戦争のせいで輸入が滞ってカネがあっても燃料が手に入らない……「606.人影のない港」参照
☆ローク兄ちゃん、何でピナたちを乗っけてってくんなかった……「657.ウーガリ古道」~「659.広場での昼食」参照




