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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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688.社宅の暮らし

 「ただいま」

 「おかえりなさい!」

 父が入るとアマナが飛びついた。ずっとドアの前で待っていたらしい。エランティスもレノにしがみつく。

 ピナティフィダが少し離れたところで苦笑した。

 「あぁ、ほら、それじゃみんな入れないでしょ。荷物重いんだから、通したげて」


 ダイニングテーブルと椅子四脚、木箱四つだけの殺風景な台所に荷物を置く。ホッとすると同時にどっと疲れが押し寄せた。

 「もう二時過ぎか……おなか空いたろ。先にごはんにしよう」

 「私たちは先に食べたから、スープあっため直すね」


 クルィーロは、声もなくしがみつくアマナを抱きしめ、背中を撫で続けた。

 父が木箱をテーブルの脇に並べて笑う。

 「先週まではおっさん八人で雑魚寝してたんだ」

 「他の人は?」

 「ギアツィントだ」


 ……そう言や、社員の家族だけリャビーナの保養所へ避難させたとか言ってたよな。


 レノがピナティフィダを手伝ってスープを並べ、エランティスがスプーンを置いた。もうすっかりここに馴染んだらしい。

 「お店は朝の停戦時間中だけ開いてて、入荷はお店の人が頑張って【跳躍】で運んでくれてるから、まぁ、なんとかなってる」

 「学校は?」

 「休校だ。転校の手続きはギアツィントでしよう」

 缶スープに魚の(ほぐ)し身を加えたスープが空き腹に染み入る。


 ……ギアツィントか。


 ネモラリス島西端の港町で、ネーニア島の対岸にはトポリ市がある。生き物……生鮮食品は【無尽袋】に入れられないので、大抵の港には大きな食品倉庫が並ぶ。


 ……仕事、みつかるかな?


 先々のことを考えると不安しかなかった。久し振りに家族が顔を合わせられたが、あまり心が弾まないのは、母が居ないからだ。

 父も知っているのか、母のことには一言も触れない。食べ終えるとすぐ、席を立った。

 「じゃ、会社に車返して、夕方まで仕事して来る。いい子で待ってるんだぞ」

 アマナの頭をくしゃくしゃ撫で、慌ただしく出て行った。



 みんなで食卓の上を片付けると、することがなくなってしまった。

 いつ避難の必要に迫られるかわからないので、荷解(にほど)きはできない。


 「あ、そうだ。ちょっと場所を貸してもらっていいですか?」

 「どうしたんですか?」

 アウェッラーナに改まって聞かれたが、家主ではないクルィーロにはいいとも悪いとも言えない。

 「レーチカで油を買ったんで、傷薬を作ろうと思って……」

 「どうぞどうぞ! そんなの断るワケないじゃないですか」

 空のプラ容器はみんなの荷物に分けて入れていた。別れた六人の分はないが、こっちの六人の分だけでもそれなりの数がある。荷物を開け、容器と乾燥させた薬草を出す。


 「そう言や、地図と魔法の本も買ってもらったんだった。俺たちはこれで勉強しようか」

 レノが食卓に本を三冊置いた。クルィーロがもらったのは二種類の大判地図だ。広げられないが一応、出してみる。

 薬師(くすし)アウェッラーナが、手際よく用具と素材を並べて呪文を唱えた。ドーシチ市の屋敷で散々聞いたクルィーロも、呪文だけは覚えてしまったが、細かい操作ができなくて、薬を作るのは無理だった。


 レノが「水晶で使う鳩の術」の本を広げる。

 横から目次を覗くと、第一章は力ある言葉の文字とその発音、魔力の乗せ方のコツなど、基本的なこと、第二章は魔力を蓄えるだけの【魔力の水晶】で、他の術者の手伝いができる術、第三章は作用力を補う上等の【魔力の水晶】があれば、力なき民でも単独で使える術だった。

 第三章のページ数は第二章の半分以下で、目次から目を上げたレノが、何とも言えない顔でクルィーロを見る。


 「えーっと……レノたちも、呪符とクロエーニィエ店長にもらったリボンとか合わせたら、かなりイケるぞ」

 「うん。まぁ、ここに載ってる分だって、ちゃんと使えるようになるのに超頑張んなきゃムリなんだろうし、欲張っちゃダメだよな」

 声を落としたレノの肩を叩き、クルィーロは元気よく言った。

 「俺も下手糞だからコツとかは説明できないけど、魔力の補充だったら幾らでもするから、どんどん練習してくれよ」

 妹たちがくすくす笑って顔を見合わせた。


 力なき民の四人が額を寄せ合って本を読む。

 クルィーロは地図帳を借りて現在地を確認した。港公園のページを開き、帰還難民センターの場所を探す。太い道は標識の地名を見ていたので大体わかったが、細道に入ってからはさっぱりだ。

 諦めて西門から探す。

 さっきの球技場付きの大きな公園はすぐみつかった。西市民公園を目印に、通った道を辿ると父の勤務先の社名がみつかった。近くだと言っていたが、プライバシーに配慮したのか、社宅の名称が入った建物がない。近所のマンションらしき建物にも物件名がなかった。


 ……ま、いっか。


 会社から西門までの道を確認する。

 門に直結する大通りから三本入った二車線道路沿いで、縮尺を計算すると直線距離で七百メートルくらい。実際に歩くなら一キロ弱くらいだろうか。


 ……こんな近いのか。


 最悪の場合、徒歩でも十五分くらいで西門に行けるとわかり、クルィーロは少し気持ちに余裕ができた。

 ついでに付近の様子も頭に入れる。この通りにはオフィスとマンションが並び、一階が店舗になっている物件がポツポツあるようだ。大通りまで行けば、商店街がある。


 ……宝石のままじゃ使い(にく)いよな。


 本屋に行ったアウェッラーナが、レノが預けた小粒のオパールを使わなかったのは、宝石での取引を断られたからかもしれない。小粒でも、本代としては高過ぎる。いや、そもそも目利きできないからと言うことも考えられた。



 夕飯後、首都の大判地図を食卓に広げる。

 「父さん、この近くで宝石を換金してもらえる店って知らない?」

 「宝石?」

 「レノが持ってるんだ」

 クルィーロが話を振ると、レノは頷いて説明を引継いだ。

 「ここに来る途中で、アウェッラーナさんが薬の素材になるキノコをみつけてくれて、それを売ってみんなで山分けしたんだよ。船賃とか生活費で色々使ったけど、まだ残ってて……」

 「俺は分け前みんな【魔力の水晶】でもらったから」

 「わたしもです」


 父はクルィーロと薬師(くすし)アウェッラーナを見てレノに視線を戻した。レノがポケットから小袋を出す。針子のアミエーラが作ってくれた小袋に分けて、服や鞄のあちこちに隠してあった。

 「宝石って言っても、小さいのなんだけど……」

 小さなオパールを五粒、(てのひら)に出して見せる。レノたちパン屋兄姉妹(きょうだい)の取り分の五十分の一足らずの量だ。一度に大量の宝石を換金するのは、色々な意味でキケン過ぎる。


 「宝石か……うーん……呪符屋さんか【編む葦切(ヨシキリ)】学派の職人さんが居る店なら引き取ってくれるかも知れんが……こんなにたくさん、一度にはムリだろうな」


 ……ヤベェ! 俺ら金銭感覚おかしくなってる?


 クルィーロが思わずレノと顔を見合わせる。幼馴染も同感なのか(まなじり)を下げた。

 「えっと、そりゃまぁ……全部いっぺんにって言うのは俺たちも困るから、一個だけでいいけど、呪符屋さんって……?」

 「あっちの大通りに何軒かある。おじさんは取引したことがないから、どの店がいいかまではわからないんだ。ごめんよ」

 「い、いえ、そんな。今こんなだし、取引してもらえるだけでもありがたいんで……」


 父は申し訳なさそうにしながら地図を指差した。

 「社宅がここで、商店街は大通り沿いにずっとある。急がないんなら、明日、商店街のパンフレットをもらってくるから、それでお店を調べて、明後日行くといいんじゃないかな?」

 妹たちが心配顔でレノを見る。クルィーロも多分、同じ顔をしているのだろう。レノは頭を掻いて苦笑した。

 「そんな急がないから、大丈夫。この地図、お店の種類は載ってないんで助かります」

 改まった口調で礼を言われ、父も表情を引き締めて応えた。


 「私は明日、レーチカに行きますね」

 薬師(くすし)アウェッラーナが言うと、父は驚いたようだが、何も言わなかった。

 「一緒に旅してこの間別れた仲間と、手紙を渡す約束をしてるんです。……みんなも伝えたいことがあったら、今夜中に書いてくれたら、一緒に届けますよ」

 「ここから避難なさらないんですか?」

 アウェッラーナが車内と同じ説明を繰り返した。

 「手紙を届けて、港で身内の船を捜して……あ、実家はゼルノー市で漁師をしてるんで、もしかしたらこっちに来てるかもって……えっと、みつかってもみつからなくても、明日の夕方にはここに戻って来てもいいですか?」

 「勿論(もちろん)です。こちらこそ、むさ苦しい所ですが……」

 「いえ、そんな。私の方こそ、クルィーロさんたちにはたくさん助けていただいて……」



 ゼルノー市からここに到るまで、どう過ごしてきたか、六人が口々に話す。

 流石にソルニャーク隊長たちをテロリストの一味だとは言えず、自治区の大火から逃れてきた人たちだと言って誤魔化した。ランテルナ島で武闘派ゲリラの手伝いをしたことも言えない。

 示し合せたワケではないが、みんな何となくその辺はぼかして語った。



 アマナが眠そうに目をこすり、エランティスが欠伸を噛み殺して涙目になる。父が腕時計を見て話を打ち切った。

 「あ、もう十時か。学校はないけど、もう寝なさい」

 「お手紙書く時間、なくなっちゃったね」

 アマナがエランティスに言うと、アウェッラーナが微笑を浮かべた。

 「じゃあ、レーチカに行くのは明後日にして、明日はクレーヴェルの近くの漁村を回ってみるね」

 「いいの?」

 「船を繋げる場所には限りがあるからね。ネーニア島に近いとこがいっぱいで、こっち来たかもしれないし……」

 「おねえちゃんのおうちの人、早くみつかりますように」

 アマナが手を組んで湖の女神パニセア・ユニ・フローラに祈る。他のみんなもそれに倣った。



 挿絵(By みてみん)

☆社員の家族だけリャビーナの保養所へ避難させた……「639.一時のお別れ」参照

☆母が居ない……「597.父母の安否は」「598.この先の生活」参照

☆細かい操作ができなくて、薬を作るのは無理……「337.使用者の適性」参照

☆魔力を蓄えるだけの【魔力の水晶】で、他の術者の手伝いができる術……「068.即席魔法使い」「069.心掛けの護り」参照

☆本屋に行ったアウェッラーナ……「641.地図を買いに」参照

☆宝石での取引……「643.レーチカ市内」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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