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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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685.分家の端くれ

 「二人の将軍とわたくし、一族の者でさえ、意見が割れているのです」

 シェラタン当主の声が、幾重(いくえ)にも重なる水音と共にスツラーシの洞窟に反響した。セプテントリオーは、当主と同じ色の瞳に精いっぱいの批難を籠めて言葉を待つ。


 「神政復古と共和制の維持、魔哮砲を容認するか否か、アーテルの……キルクルス教徒の仕打ちを許せるか否か……わたくしのように、ただ、平和を望む者も居ます」


 現当主も長命人種だが、ウヌク・エルハイア将軍とアル・ジャディ将軍の半分以下の若さで、セプテントリオーとも百歳以上離れている。

 彼女が修めた【贄刺(にえさ)百舌(モズ)】学派の術は、他の術者を補佐するものが多く、強大な魔力を持っていてもひとりでは事を成せない。


 ……当主の力を欲する両軍から身を隠す為、フラクシヌス教団に庇護を求めたのか。


 彼女が味方につけば、次の一手で勝敗は決まる。

 神政でも民主制でもいいなら、いっそどちらかに力を貸して内紛に決着をつけさせ、一息にアーテルを叩けばよさそうなものだ。勿論(もちろん)、そんなことをすれば多くの血が流れるが、半世紀の内乱のように長引くより、ずっと少ない犠牲で済む筈だ。



 「ラキュス・ネーニア家の中で、そんなに意見が割れているなどと、私は初めて知りました」

 セプテントリオーは自分の声に生えた棘に驚いたが、言わずにおれなかった。


 「私の一族は血筋が薄く、分家の端くれとは言っても他人同然の扱いではありませんか。何を今更……」

 「いいえ。わたくしは、あなたを他人だなどと思ったことは……」

 「では、何故、私の一族を助けて下さらなかったのですか」

 強い語気が水音を圧して響き渡り、年若い当主は目を伏せた。


 「半世紀の内乱中、西島がキルクルス教徒の空襲に晒されましたが……ウヌク・エルハイア将軍も、アル・ジャディ将軍も、あなたも! ……誰も……誰も守ってくれなかったではありませんか」



 三百歳足らずのシェラタン当主は内乱当時、ラキュス・ネーニア家の当主になったばかりだった。

 共和制移行から百年余りが過ぎ、常命人種……とりわけ、陸の民の心はラキュス・ネーニア家から離れていた。権力の中枢近くに身を置く親戚は多かったが、前当主の言いつけを守り、職権以上の権勢を(ふる)うことを固く(いまし)めていた。

 ラクリマリス王家との共同統治者であった日々を知る長命人種や、湖の女神派の信者以外からは、最早、権威とは看做(みな)されていなかった。



 当時も今も、彼女を責めたところで仕方がないことはわかっている。


 「力ある陸の民が放った魔獣からも! 力なき民の銃や毒ガスからも! ……助けてくれなかったじゃありませんか」



 当時、セプテントリオーは呪医として、ネーニア島の医療産業都市クルブニーカに住んでいた。報せを受けてフナリス群島の西島へ跳んだ時には、神殿は毒ガスで汚染され、近付くことさえできなかった。


 顔見知りたちの断片的な話を繋ぎ合せると、キルクルス教徒の大規模な空襲から逃げ遅れた者は焼かれた。

 火勢が衰えてからは、キルクルス教徒と力ある陸の民、湖の民とフラクシヌス教徒の力なき民たちが、宗派や望む政体の違いなどに分かれて地上戦を繰り広げたらしい。

 焼死した人々の【魔道士の涙】を巡る争いも熾烈を極めた。空襲で灰にされた者、術で召喚された魔獣などに食われた者は、遺体さえ残らない。


 そこまでは、当時ありふれた光景だった。


 セプテントリオーの身内が、どこの誰にどんな殺され方をしたのか、敵が多過ぎてわからない。「女神を(あつ)く信仰する湖の民で神政を望む魔法使い」以外の全てが、ラキュス・ネーニア家とその分家を敵とし、末端の分家である彼の一族も例外ではなかった。

 先代当主が民に権力の座を譲ったことも、ラキュス・ネーニア家の意思や立場も、神政復古を望む人々や、共和制を維持せんとする人々にとって関係のないことだった。


 湖の女神パニセア・ユニ・フローラの血を引く者。

 ただその一点によって、憎悪と崇拝の的になった。


 空襲後、西島のパニセア・ユニ・フローラ神殿には、多数の住民が炎から逃れて身を寄せていた。そこに、毒ガス兵器が使われたのだと言う。

 聖職者も警備兵も、炎や銃からは信者を守れるが、初めての兵器を前に()(すべ)もなく命を落とした。敵の目を()(くぐ)って数日掛かりで除染を終え、ようやく足を踏み入れると、セプテントリオーの身内の半数近くは神殿内で事切れていた。



 「将軍たちも、あなたも……女神の血が薄い私の一族の誰よりも、強い魔力を持っているのに……」


 あの日の光景がまざまざと蘇り、セプテントリオーの頬を滴が伝う。

 とうの昔に涸れ果てたと思った涙が、足下(あしもと)の水とひとつになる。小さな水溜まりを他人事(ひとごと)のように眺め、止まらない涙を不思議に思った。

 

 「あなた方は……権力も、戦う力も、強い魔力も……全部持っているのに……助けてくれなかったじゃありませんか」

 涙も言葉も止まらなかった。

 若い女当主は何も言わない。

 「生き残ったのは、呪医(じゅい)の私一人で……分家の……私の家系はもう終わりです」


 拳を握り、(うつむ)いたまま続ける。

 「私は……本家のあなたや、ウチよりもずっと女神に(ちか)い分家の将軍たちとは、比べ物にならないくらい……弱いんですよ」

 涙は止まらないが、セプテントリオーには自分が何故、今になって涙を流すのかわからなかった。悲しんでいるにしては、己の声は震えもせず、他人事のように静かだ。

 溢れる涙を拭うことさえ思いつかず、青琩(せいぼう)のように滴を落としながら顔を上げ、感情のない声で告げる。



 「私は、あなた方の誰にも(くみ)しません」



 シェラタン当主が小さく息を呑み、言問(ことと)いたげにセプテントリオーを見詰めた。

 傷を癒す呪医の証【青き片翼】の徽章(きしょう)を握り、ひとつ大きく息を吐いて答える。

 「……個人的に手の届く範囲の人を助けるだけです」


 ……女神の御前(ごぜん)でする話ではないな。


 内心、自嘲して俯いたが、堰を切った涙は()()なく溢れる。

 顔を上げると、顎を伝う滴が胸元を濡らした。当主が、セプテントリオーの視線から逃れるように項垂れる。



 「あの日……ラキュス・ネーニアの家名は捨てました。これまでと同じように、放っておいて下さい」



 (おもて)を伏せた当主に背を向け、歩きだす。

 嗚咽混じりに詫びの言葉が聞こえたような気がしたが、水音に紛れて消えた。


挿絵(By みてみん)

☆西島がキルクルス教徒の空襲に晒されました……「611.報道最後の砦」「629.自治区の号外」参照

☆あの日、報せを受けたセプテントリオーがフナリス群島の西島へ跳んだ時……「240.呪医の思い出」「279.悲しい誓いに」「359.歴史の教科書」参照

☆生き残ったのは、呪医の私一人で……分家の……私の家系はもう終わり……「632.ベッドは一台」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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