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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
7/3405

0007.陸の民の後輩

 このネモラリス共和国には、湖の民……魔法使いの方が多い。


 ……テロリストがどんな武器を持ってるか知らないけど、軍隊が出たんなら、すぐに鎮圧されるわ。

 

 治安部隊、自治区民の双方に死傷者がでることは、避けられないだろう。

 これは戦争ではないから、鎮圧作戦が完了すれば、負傷者は分け隔てなく治療される。


 ゼルノー市内の病院では、中央市民病院に【青き片翼】の呪医がいるだけで、他は全て近代科学の医師だ。

 魔法使いの薬師(くすし)は、アウェッラーナを含め、十八人いる。

 ゼルノー市の全十地区の民間病院に各一人ずつ。市内四カ所にある国立・市立の公立病院で二人ずつ勤務する。


 薬師(くすし)が作る魔法薬は、医療系の魔法には及ばないが、普通の薬よりも遥かに強力だ。科学的に合成した劇薬とは、仕組みが根本的に異なる。

 例えば、【思考する(フクロウ)】の術で作る【傷薬】は、浅い傷なら朝早くに塗れば、昼には痕も残さず治る。重傷者を助けるには、必需品だった。


 ……家は、大丈夫。自治区から遠いし、お兄ちゃんたちも居るし。


 自宅と中央市民病院があるジェリェーゾ区は、リストヴァー自治区から少し距離がある。自治区とジェリェーゾ区との間には、スカラー区とグリャージ区が挟まっていた。

 (おい)っ子たちも、もう子供ではない。


 なるべく余計なことを考えないように、目の前の作業に集中する。

 用意した壺が全て緑色の軟膏で満ちると、横から声を掛けられた。

 「あ、あの、先輩……ふ、蓋……僕がします」

 薬科大を卒業したばかりの青年が、おずおずと言った。

 フラクシヌス教徒の力なき民。不安もあるが、同族として肩身が狭いのだろう。


 完全に、作業と考えごとに没入していた。力なき民の後輩が、いつの間に調剤室へ入って来たのか、全く気付かなかった。

 「ありがとう。じゃあ、お願いするね」

 アウェッラーナは意識的に、いつも通りの口調で言った。


 後輩は元気よく頷き、手際良く、小さな素焼きの壺に油紙で封をする作業に取り掛かった。

 その間、アウェッラーナは空になった薬草の包みを捨て、次の包みを開封する。

 自分では、落ち着いているつもりだったが、手が震えてなかなか新品を開けられない。何とか、中身をこぼさないように開けられたのは、壺の封が半分以上済んだ頃だった。


 調剤室の静けさが、(かえ)って不安を呼ぶのかと思い、後輩に話し掛ける。

 「ねぇ、他のみんなは帰っちゃったの?」

 「そうみたいですね」


 ……この病院、グリャージ区の人って、そんなに多かったっけ?


 会話が続かない。

 後輩も気マズいのか、何も言わない。

 油がなくなるまで、黙々と作業をした。

 アウェッラーナの予測通り、壺三十七個分の傷薬ができた。壺ひとつ分に標準的な使用量十回分入る。

 壁の時計を見ると、二時間近く経っていた。


 後片付けを後輩に任せ、アウェッラーナは事務室へ行った。

 相変わらず、ラジオは臨時ニュースを繰り返している。鎮圧はまだ、完了していないらしい。

 事務室には、係長の他に若い事務員も一人、戻っていた。

 待合室は無人だ。

 「終わったか。ご苦労さん。入院患者で、動ける人には帰宅してもらった。住人は内陸の地区へ避難している」

 「あ、あの……テロリストって、まだ……」

 「傷薬は幾つできた?」

 「壺三十七個分です。あの……」

 「ありがとう。君たちも一度、帰宅した方がいい。明日の朝、出勤できそうなら来てくれ。無理なら、何とかして電話だけよろしく」

 係長は有無を言わせぬ口調で言い、自分の作業に戻った。

 一方的な言葉に戸惑ったが、アウェッラーナは、ここに居てはいけないのではないか、と気付き、ロッカーからコートと鞄を出して、職場を後にした。


 ……何……これ……?


 病院から通りに出て、アウェッラーナは息を呑んだ。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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