682.知りたいこと
「あら、まだここに居たの?」
運び屋フィアールカは、告発動画が終わる前に戻ってきた。湖の民の運び屋に続いて、葬儀屋とワゴンを押す給仕が豪奢なティーサロンの個室に入って来る。
ファーキルは意外な顔に声も出ない。動画を止めて成り行きを見守る。
葬儀屋アゴーニは屈託なく笑って、空いた席に腰を降ろした。
「よぉ、お二人さん、久し振り。元気そうでなによりだ」
「……何故、ここに?」
呪医セプテントリオーがどうにか質問を絞り出す。
給仕は手際よく卓上を片付け、改めて並べた五人分の茶器に紅茶を注ぐ。おかわり用のティーポットを残し、一礼すると静かに退室した。優雅な動作で、全く急いでいるようには見えなかったが、あっという間だ。
ファーキルは音もなく閉まった扉から、湖の民の葬儀屋に視線を戻した。
「この嬢ちゃんは?」
「リストヴァー自治区の縫製職人見習い……アミエーラさんの後輩です」
呪医セプテントリオーが紹介すると、葬儀屋アゴーニはサロートカを値踏みするような目で見た。針子の少女が身を縮める。
「サロートカさんにも聞いてもらって大丈夫ですよ」
「そうかい」
呪医に頷いて、アゴーニは紅茶を一口啜った。
「運び屋の姐ちゃん宛の手紙を預かって来たんだ」
「差出人、誰だと思う?」
フィアールカが分厚い大型封筒を卓上に置いて、呪医セプテントリオーとファーキルに悪戯っぽい笑みを向ける。呪医が首を傾げ、ファーキルが頭を振ると、フィアールカはつまらなそうに笑みを消して封筒の口紐を解いた。
「隊長さんよ。クレーヴェルのクーデター後の情報」
「えぇッ?」
アゴーニが、驚く二人にひらひら手を振って言う。
「情報源は俺や隊長さんじゃなくて、国営放送のアナウンサーだ」
「どう言うことですか?」
ファーキルが思わず聞く。他の三人の目もアゴーニに集まった。
「話せば長くなるんだが、いいか?」
「私は構わないわ。呪医、これって別に急がないんでしょ?」
フィアールカが、卓上に重ねたラクエウス議員とアミエーラ宛の手紙をつつく。呪医セプテントリオーが頷くと、葬儀屋アゴーニは少し考えて話を始めた。
「俺はあの後、拠点を出た。婆さんが何やってんのか調べる為にな」
「何か掴めたんですか? それと隊長さんたちとどう言う……?」
続きをせっつく呪医に手を振り、葬儀屋アゴーニは続けた。
「まぁ、順番に言うから……まず、ランテルナ島の街と、バスで行けるアーテル本土の街、ネーニア島の知ってる街と王都、船でアミトスチグマの難民キャンプにも行って、それからネモラリス島に渡って、レーチカ市で星の道義勇軍の三人に会った」
「他のみなさんはどうなさったのですか?」
「まぁ、聞きなよ、呪医……他の七人は首都の帰還難民センターに居るってよ。工員の兄妹は親父さんが首都に居るっつってたしな」
話の腰を折るな、と言われたばかりだが、ファーキルも聞かずにいられなかった。
「アゴーニさんは、首都でみんなと会わなかったんですか?」
「あの子らが首都に居るなんざ知らなかったからよ。それに、センターの場所を知らねぇとくらぁ。……坊主もまぁ、気になんのはわかるが、聞いてくれ」
質問を重ねようとしたファーキルは、仕方なく黙って紅茶を飲んだ。
葬儀屋アゴーニがひとつ咳払いして運び屋に顔を向けた。
「結論から言やぁ、婆さんの活動はもう、婆さん本人がくたばっても止めらんねぇとこまで行ってる。必要なら、俺も紙に書いて渡すが、どうだ?」
「そうね。今は少しでも多く情報が欲しいから、お願いしていいかしら? そのお婆さんが何者かはわかってるの?」
「ランテルナ島でゲリラが拠点にしてる別荘の持ち主の親戚だ」
「先程お話ししたスニェーグさんの親戚の方で、呼称はシルヴァさんと言います」
呪医が言い添えると、フィアールカは頷いて端末に指を走らせた。
「わかったわ。後でスニェーグさんにも伝えて、主立った人たちと情報を共有するわ」
「あ、先に断っとくが、俺ぁ文章書くの下手だからな。その辺は勘弁してくれ」
「いつ、どこで、誰が、何を、どうしたのか。それだけ満たしてれば大丈夫よ」
葬儀屋が、上着のポケットから表紙がよれた安物の手帳を取り出し、運び屋の前に置く。
「メモでよけりゃ、帳面につけてるぞ」
フィアールカはパラパラめくって頷いた。
「……随分、調べてくれたのね。ご協力ありがとうございます。急がないなら、お昼もご一緒にどう? 勿論、奢りよ」
「それより日持ちする生野菜がありがてぇな。カボチャとかよ」
「野菜も別に付けるわ」
アゴーニがカップに伸ばしかけた手を止め、フィアールカを見た。
「いいのか?」
「後でアナウンサーの情報を精査して、追加の報酬も出せるくらいよ」
アゴーニは頭を掻いた。
「その情報……隊長さんの手紙にも書いてあると思うが、アミトスチグマの新聞社に売って、載った日の新聞をネモラリスで配りてぇんだが……」
「ラジオが使い物にならないものね」
運び屋がさらりと言う。
アゴーニだけでなく、呪医セプテントリオーも息を呑んだ。
フィアールカに目配せされ、ファーキルが説明する。
「俺たちも、ラジオを直接聞いて知ってるんです」
「ネモラリス島に行ったのか?」
葬儀屋が目を丸くする。
「いえ、国営放送と民放の一部は、ラクリマリスでも受信できるんで……首都の本局がみんなネミュス解放軍に押さえられて、ニュースとかの情報が殆どないんです」
「ネモラリス島民の協力者……さっきのスニェーグさんたちとか、首都以外の街の住民もそう言ってるの」
運び屋フィアールカが言うと、呪医セプテントリオーがスニェーグの名にやや身を乗り出した。
ファーキルは、リャビーナ市在住のピアノ奏者スニェーグが、今どこでどうしているか知らない。呪医の反応を見なかったことにして情報収集の話を続ける。
「それと、ラクリマリスの新聞社だけじゃなくて、アミトスチグマの湖南経済や外国の通信社とかも、記者がラジオや島民から情報を拾ってて……えーっと……」
「ネモラリス島内のクーデターの影響がない街で、ね。だから、首都の一次情報は、みんな喉から手が出るくらい欲しいのよ」
葬儀屋アゴーニが俯きがちに首を振る。
「流石に、首都ん中で取材ってなぁもうムリか」
「そうね。初日に命からがら逃げ出したルポが載ってたし、この情報、とっても貴重なのよ。アナウンサーさんはどうしたの?」
アゴーニが焼き菓子をひとつ摘まみ、手の中で弄ぶ。
「隊長さんたちと一緒にウーガリ古道の休憩所に居る。……坊主に持って帰っていいか?」
「包んだのを別に用意してもらうから、それはここで食べてちょうだい。後で私をそこに連れてってくれないかしら?」
「アナウンサーから直に聞くのか? じゃあ、戻るついでに……」
フィアールカは、葬儀屋が腰を浮かせ掛けるのを手振りで座らせ、首を横に振った。
「今日は用があるから……そうね、湖南経済の印刷が上がるまで……四、五日……いえ、三日後に来てもらっていいかしら?」
アゴーニが苦笑する。
「おいおい、記者連中に聞かねぇで決めちまっていいのかい?」
「情報は鮮度が命なのよ。三日後、時間はなるべく朝の方がいいんだけど……」
卓上のタブレット端末が震え、みんなの目がフィアールカの手許に集まる。運び屋は端末に素早く指を走らせ、頷いて顔を上げた。
「呪医、お昼ご飯の後、スニェーグさんが迎えに来るから、一緒に行ってくれないかしら?」
「どこへですか?」
「勿論、お手伝い先よ。『先日は行き先などをお伝えできなくてすみません』ですって。……あ、このコはここで待っててもいいし、坊やと街を見物に行ってくれてもいいけど」
どうする? と話を振られたサロートカが、背筋を伸ばして湖の民の呪医と運び屋を交互に見る。呪医が頷くのを見て、ファーキルも頷いた。
サロートカは何か言いたそうだが、上手い言葉がみつからないのか、困った顔で呪医を見詰める。
「折角ここまで来たのですから、フラクシヌス教の中心地がどんなところか見学してゆくとよいでしょう」
サロートカは、呪医の落ち着いた声に頷いてファーキルを見た。向けられた顔には不安がたっぷり残っている。
……まぁ、外国の知らない街で、初対面の俺と二人きりなんて信用ならないだろうし、微妙にデートっぽいのもイヤだろうしなぁ。
しかも、ここはほぼ魔法文明国と言って差し支えないラクリマリスの王都だ。リストヴァー自治区出身のキルクルス教徒にとっては、敵地にも等しい。不安になるなと言うのが無理な話だ。
「あ、あの、じゃあ、もし、ご迷惑でなければ、お願いしてもいいですか?」
断られると思っていたファーキルは、意表を突かれて返事が遅れた。
サロートカが睫毛を伏せる。
「だっ大丈夫ですッ! 俺も何日か時間できたっぽいんで、大丈夫です」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
サロートカが深々と頭を下げると、フィアールカが立ち上がった。
「私はこれから出掛けるけど、みんなは食堂でご飯たべてて。その間にアゴーニさんたちの報酬を用意するから」
端末の時計は十二時の少し前だ。
それで話が終わり、荷物を持ってティーサロンを後にした。
☆婆さんの活動……「644.葬儀屋の道程」参照
☆隊長さんたちと一緒にウーガリ古道の休憩所……「660.ワゴンを移動」~「663.ない智恵絞る」参照




